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スーラビダンの街の宿で一夜明けた翌早朝、腹巻き布装備完了してから出発した街道は、カラッと晴れた良い天気でした。
上空には巨大鶏が2匹仲良さげに絡みながらアクロバティックに飛び回り、休憩となれば降りて来た親子を撫でる時間です。
「って、ヒヨコちゃん親子と一緒のとこ見られたら即バレじゃないですか? やっぱり女装する意味って有りました?」
はたと我に返ってクイズナー隊長に聞いてみると、意味深に微笑まれました。
「だから、色んな意味で、君は自分の容姿を受け入れなさいって言ったでしょ?」
またもや誤魔化されそうな空気感に、ぴくりと眉を上げて睨んでみます。
「ほら、大神殿でサクッと解呪出来ちゃったとするでしょ? そうしたら、いきなり目の前に絶世の美少女が現れる訳だよ。周りを見渡してご覧? 若い男子がこれだけいて、もう何かある予感しかしないと思わないかい? 第二騎士団での騒ぎを思い出すとね、僕も慎重になってみたよ。」
悪びれずに言い出したクイズナー隊長に、じっとりした目を向けてやりました。
「これで、今この場で参戦出来なかった者は篩い落とせる訳だろう? 殿下の為に、ケインズだけ牽制しておけば良いとはっきりした訳だ。非常に合理的な方法だと思わないかい?」
あまつさえこちらに同意さえ求めたクイズナー隊長には、鬼畜レッテルをべったり重ね付けしておくとして、いよいよ大神殿が迫ってくるんですね。
感慨深いような気持ちで、午前中一杯を走り切り、スーラビダン王国からファデラート大神殿の領内に入りました。
昼休憩で馬を止めたのは、村外れに旅行者向けの休憩所として広場を解放しているランバンという村です。
村の外れ寄りの場所には露天で軽食の販売が行われていたり、ちょっとした雑貨を売る露天商が居たりと旅行者向けの商売が細々と営まれているようですね。
朝出た街で買って来た昼用の軽食はあるのですが、追加で何か購入しようかと護衛の皆さんが話しているのを聞いて、好奇心が持ち上がって来ます。
「お嬢様は、こちらに座って待機ですからね?」
途端にクイズナー隊長から掛かる言葉は、こちらの心の声でも漏れているのでしょうか。
「おねー様も何か欲しいの? 見て来てあげるから大人しく待ってて。」
コルステアくんからも何か宥めるようにそんな台詞を貰って、納得出来ない気分になりつつ、広場の片隅で敷物の上に座っていることになりました。
「ねぇ、少しだけ話しても良い?」
と、丁度側に誰も居なくなったところを見計らうように、躊躇いがちに声を掛けてきたのはシーラックくんでした。
そういえば、タイナーさんのお宅で色々と話しを聞いて以来、個人的には何も話さずにここまで来たんでしたね。
「どうぞ。」
隣を指して勧めると、頷き返したシーラックくんが隣に座りました。
そして、その肩からパタパタとカランジュも降りて来て人化しています。
「タイナーさんのところ以来だね。何だか騒がしくて話しそびれちゃって。その後2人(?)はどう?」
話し始めを躊躇っている風なシーラックくんを見て、こちらから話しを振ってみることにします。
「ああ、うん。カランジュとは相変わらずだよ? タイナーさんとはあの後個人的に少しだけ話したんだ。それで、一度きちんと医師も交えて見て貰った方がいいって言われて。ただ、医師に知り合いがいる訳でもないし、みてもらったとしてもその費用を払えないしさ。」
なるほど、確かに呪いの気配がしないシーラックくん等のケースの場合、魔法を使った外科手術を施された可能性もあり、それは医師と魔法使い双方にみて貰う必要があるのかもしれません。
「それで、タイナーさんに提案されたのが、貴女にみて貰うのはどうかってことだったんだ。貴女は、普通の魔法使いとは違う視点を持つ人だし、何か他にも気付くことがあるんじゃないかって。」
これにはちょっと考えてしまいますね。
「そっか。でも、私お医者さんじゃないから、自信ないよ? それに、シーラックくんっていうより、カランジュの方が色々されてそうだし。」
ちょっと言いづらかったですが、これは濁しても仕方のない話しでしょう。
「うん。カランジュのことはタイナーさんにも言われた。調べようと思ったらそれこそカランジュに何かした人に聞くか、カランジュを解剖でもしないと詳しくは分からないだろうって。」
魔物や動物になら非合法な実験も外科手術もそれ程ハードルが高くないので、その辺の研究所で何か行われていたとしても検挙の対象にはならないのかもしれません。
「そっか。だから、シーラックくんの方から何をされたのか調べた方が後に繋がるってことだよね?」
言ってはみたものの、やはり自信はありませんね。
「ごめんね。見てみることは出来ると思うんだけど、例えば魔法の痕跡が残ってたとして、そこから使われた魔法が分かるかどうかってくらいだと思うよ?」
「・・・うん。それで良いよ。前にも言ったけど、僕とカランジュは2人で生きて行くから。何も変わらなくて良いし。」
そう言い切ったシーラックくんは無意識に拳を握っていて、カランジュがそんなシーラックくんに眉を下げた複雑そうな顔になっていました。
『綺麗な人、シーラックを助けて?』
カランジュがそっとこちらの耳元に口を寄せて囁いた言葉に、気付いたシーラックくんが咎めるような目を向けています。
「うーん。やっぱり私じゃそこまで力になれないと思うんだけど、一回真面目に2人をみてみようか。それから考えよう?」
それでも解決策がないなら、生きながらえる補助的な何かを施すことを検討して、やはりタイナーさんに改めて相談してみるのが一番でしょう。
シルヴェイン王子が行方不明になったことや、アルティミアさんのことがあって、シーラックくん等のことが正直おざなりになっていたのは本当に申し訳なかったです。
「じゃ、そういう方針で。」
2人が頷き返してくれたのを見て締めくくりましたが、シーラックくんがまた何か躊躇うような顔になったのを見て首を傾げてみせました。
「あの、ね。貴女は僕達よりずっと色々持ってて強い人で、それでも呪いを掛けられた訳でしょう? もしもね、その呪いが解けたら、貴女はその呪った相手をどうするの? 復讐、するんだよね?」
思い切ったように言い募るシーラックくんは、少し前のめりな様子でした。
そこには何か必死な縋るような様子が見て取れて、言葉に詰まってしまいました。
こちらの都合などお構いなしに理不尽にもたらされたもの。
それは、レイカに掛けられた呪いであり、シーラックくんにとってはカランジュとの中身を知らされなかった契約だったとして。
シーラックくんとしては、契約をなかったことにしたい訳ではないけれど、どうしようもなく割り切れない気持ちがあるのでしょう。
「復讐っていうのは、相手を恨んでるからやり返してやるってことでしょう? それなら、私がしたいのは復讐じゃないかな。」
真っ直ぐ見つめ返して言うと、シーラックくんは少しだけ眉を寄せたようでした。
「復讐じゃなくて、どちらかって言うと、ざまあ、かな。」
そう笑顔で溢してみせると、シーラックくんは首を傾げたようです。
「復讐っていうのは、お前を恨んでるぞっていう相手と同じ温度でやり返すことで。ざまあっていうのは、あくまでもこちらはカラッと明るく勝ち気に、でもされた相手は悔しくって歯噛みするような?」
「・・・何が違うの?」
微妙に疑わしそうな顔のシーラックくんに追求されて、こちらも苦笑いです。
「それは、こちらの気持ちの持ち様、かな? ざまあはした後にこちら側には気持ちの上での遺憾を残さない。その為には相手方への仕返しの方法も一工夫が必要だよね? 世間様に許されないような非道な方法は避ける。相手方に付け入る隙は与えずに相手のプライドやら矜持やらを叩き潰すんだよ?」
「・・・一瞬、何甘いこと言ってるんだろうって思い掛けたけど。実は、しっかり根に持ってる? 結果、叩き潰すんだね。」
少し複雑そうな顔になったシーラックくんに、少年の健全な心の育成に悪影響だったかもとちょっと思ったりもしましたが、復讐という言葉を口にしたシーラックくんの暗い心に光を当ててあげたくなったんです。
「えーそれじゃ、今夜の宿で。」
そんな話しをしていたところで、コルステアくんが露天販売していた串焼きのようなものを持って帰って来ました。
「何してるの?」
そうシーラックくんに問い掛けるコルステアくんの言葉が尖っています。
「ん? カランジュとのこと、ちょっと喋ってただけ。今夜の宿でもう一回しっかり見せて貰おうかなって。」
「・・・また、何かやらかすつもり?」
シーラックくんにしっかり睨みを入れてから、こちらには信用のない冷たい言葉が来ました。
「ちょ、何もしないでしょ? 見せて貰うだけだよ? そもそもシーラックくん達のは呪詛絡みじゃないから私にどうこう出来る事ってないと思うし。」
それでも疑わしそうな目を向けるコルステアくん、ちょっと酷いですよ?
「ふうん? それ、僕とクイズナーさんも同席ね。」
ぶすっとした顔で続けたコルステアくんはシーラックくんに物凄い睨みをくれながらシッシと追い払うような仕草をしました。
「ちょっとコルステアくん? 感じ悪いよ?」
「おねー様は黙ってて、ほんと警戒心のカケラもないくせに。」
そういう話しでは、と言いかけましたが、何を言っても黙れと言われそうです。
こっそりコルステアくんの後ろで手を合わせてシーラックくんに謝っておくと、ふっと小さく微笑み返されました。




