245
「うわぁ。これはちょっと反則じゃない?」
ジリアさんがそう大絶賛してくれますが、他人にどう見えるか自分では分からない身としては、非常に複雑な気分です。
「そうですか? ジリアさんの方が可愛いですよ? ロリ趣味のおじさんにうっかり誘拐されないように気を付けて下さいよ? そもそも、基本露出多いんですよこの服。ヘソだしとかお腹冷えないのかな?」
用意されたのがアラビアンな踊り子ルックなのは、本当にどうかと思います。
誰の趣味でしょうか、全く。
「上から羽織ってるから他人からは見えないってば。目の前で脱ぐような関係だったら見せても問題ない訳だし。逆に盛り上がるかも。」
言いながらにやにやし出すジリアさん、外身とギャップ凄いですが、元年齢はお互い実は近かったですね。
「残念ながら、見せたい相手、居ないですけどねぇ。」
「は? あんたねぇ、枯れるにはまだ早いでしょ! 隣の男どもに見せに行くわよ! 新しい世界の扉開いちゃう奴とか」
「是非やめて下さい。開きかけたら頭掴んで氷水に沈めた上で、キッチリ閉した扉に鋼鉄の鎖と錠前付けさせますから。」
冷たい口調で拳を握って主張してみますが、ジリアさんは目を瞬かせて首を傾げました。
「何々? その辺もトラウマかなんかある訳? 後でお姉さん聞いたげるから、とにかく行くわよ。」
という訳で本当に仕方なく隣の部屋に繋がる扉に向かいました。
扉を開けてジリアさんに押し出されるようにして一歩踏み込んだ室内で一斉に向けられる視線が、痛いです。
「これは。」
「うわ、見えるわ。」
「おねー様、ちょっと露出。」
「えええ? ごめん、疑ってたわ。マジで女の子だったのな? その色気ある仕草はヤローには出せんわ。」
色気ある仕草?
そんなものは出した覚えありませんが?
「うんうん、でしょ? 呪いで見た目男子に見えてたにしても、この子本当に上手に男装してたのよ。」
「言葉遣いがバカ丁寧なのか妙な話し口調の時があったけど、仕草は良いとこの坊ちゃんそのものだったからなぁ。」
この分析にも居た堪れない気持ちになります。
「済みませんね、仕草粗野で。物凄く楽に振る舞ってるとあんな感じなんです。」
少しだけむすっとして返してみると、コルステアくんに頭ポンポンされました。
「別に良いんじゃないの? おねー様の素を受け入れられる男以外側に置かなくても。」
この弟の思考回路はいつか矯正しといた方が良い気がしてきました。
「まあそういう訳で、これなら背の高い女性でしっかり通りそうでしょ? あと強いて言うなら、前ストンなのがねぇ。いっそ詰め物でもしとく?」
「やめて下さい。これでも一応慎ましく普通に存在するんで。」
この見た目の齟齬がどうしても他人様とは分かり合えないところですね。
それとも、元から慎まし過ぎるんでしょうか?
「・・・いや、レイカさんは意外とあると思う。」
と、顔を赤くして目を逸らしながらのケインズさんの一言に、皆さんの視線がそちらに行きます。
「ちょっ! ケインズさん、バスタブに氷水張りますから、10秒くらい沈んで来ましょうか?」
「あらあらぁ。女性の着衣後胸囲なんて盛りたい放題なのよ? 実際のお胸は分からないわよぉ?」
ジリアさん、幼女の見た目でやめましょうかそれ。
「そうじゃなくて! その、レイナードから女性化した直後。いや、見るつもりじゃ! じゃなくて直接は見てないけど、肩が余るくらい服がブカブカになったのに前は押し上げてたから。」
「あー! ケインズ落ち着け! ちょっと頭冷やしてこようか!」
絶句するこちらを置いて、オンサーさんがケインズさんの背中を押して部屋を出て行きます。
「ああ、あの子、お嬢様に本気で惚れてるのねぇ。ちょっと別の世界に目覚めた人かと思ってたけど、ちょっと外見変わったくらいでは揺るがなかったってことね。」
そのジリアさんの解説も、今は全く欲しくありませんでした。
「クイズナー隊長! やっぱり男装じゃダメですか?」
食い気味にクイズナー隊長に詰め寄ってみると、ふっと生温かい笑みを向けられました。
「レイカくん、君ね、良い加減その容姿に慣れなさい、色んな意味でね。」
「はい?」
意味が分からずに首を傾げていると、先程よりも強い圧のある笑みを返されました。
「だからね、目立つんだよ君の容姿は。顔立ちも色彩も、何処に行ってもパッと人目を引く。追跡するにも狙うにも間違い様がない程瞬時に個体識別出来る対象って、守る側としては物凄く大変だってこと、分かるかな?」
そう言われてしまうと反論出来ませんが、それが男装女装に関わりがあるとは思えません。
「これまでも男装のほうで上手く顔隠してやってきたじゃないですか?」
「そうだねぇ。顔隠してるのに物凄く目立ってきたよね? 顔隠してる気やすさで、君かなり好き放題してたし。こちらも過剰に他との接触を排除するほうが目立つかと放置してきたからね。」
それが何故今の話しに繋がるのか分からなくて、更に首を傾げてしまいます。
「だから、スーラビダンの女性の服装が持ってこいなんだよ? ジリアくんが言った通り、君が本当に男の子だったら、その格好はそこまでハマらないはずだからね。疑いも抱かれ難いし、何よりスーラビダンのお嬢さんなら、過剰に守られるのも他人からの接触を護衛に遮られるのもおかしく見えない。逆に目立たなくなる筈だ。」
そう言われると、これにも一律ある気がしてきます。
「これが逆に、男の癖に顔を隠してる者が居たら、目立つし勘繰りたくなる者も出て来る。人の記憶にも残り易いよね? そろそろ、本当に危なくなってくるし、目立つ看板を降ろしてくれないかなと思ってる訳だよ。」
一分の隙もない理責めにこれは黙るしかありません。
「まあ、頑張って男の子を演じなくて良いんだから、周りから傅かれて少しのんびりしてなさい。」
最後の一言は、嫌味なのか気遣いなのか、紙一重で分かりませんでした。
そんな訳で、護衛の皆さんにも呪詛で見た目の性別を誤認識されている、実は19歳の女性だと明かしたのですが、大神殿に解呪の為に来たこと以外の細かい事情はやはり明かさずに通すことになるようです。
護衛の皆さんとしても、他にも色々秘密があることには気付いていて、敢えて追求しない方針を貫くようですね。
「あれ? 私とジリアさんって、これまで通り馬に乗るんですよね? それじゃ、風を受けて上着が翻ったりとか、普通にあるんじゃ・・・。いや、無理無理無理、他人におへそ見せる趣味とかないですよ?」
大慌てでジリアさんの姿を探すと、護衛さん達の方からチラッと振り返って、可愛らしくチラッと舌を見せていました。
「・・・レ、レイカさんのおへそって、やばい鼻血出る。」
いつの間にか部屋の入り口に戻っていたケインズさんが赤い顔を覆ってプルプル震えていました。
「あーん? でもそれってあくまで我々にはレイナード殿のへそに見えるんじゃね?」
これまたいつの間にか参加していたナッキンズさんの冷静な突っ込みが入っていました。
「あら斥候班長さん、分かってないわね。悩める若者にはそこじゃないのよ。ハリのある腹筋鍛えた若様のお腹も、きめ細かで滑らか触れば柔らかいお嬢様のへそ周りに脳内変換して見えちゃうのよ?」
途端に、ブッと音が立ったんじゃないかという勢いで、ケインズさんの顔を覆った手の隙間から鮮血が吹き出していました。
「あのなぁ。お姉さん手加減してやってくれよ。これでもコイツ大分我慢してるんだからさ。」
オンサーさんがそんな溜息混じりの言葉を残してまたケインズさんと部屋を出て行きました。




