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ふかふかベッドで目を覚ました翌早朝、ヒルデン伯爵の屋敷の玄関外では、人によっては予想外の出会いと別れがありました。
「そっか、アルティミアさんはお父さんと領地に帰る事になったんだ。安全の為にもその方が良いよね。気を付けてね。」
何となく予想は付いていましたが、アルティミアさんとは国境を越える前にお別れになるようです。
当然、アルティミアさんの護衛さんも着いて来ないことになります。
アルティミアさんとヴァイレンさんのやり取り、見てて面白かったのでちょっと残念ですが、アルティミアさんには来るべき時までご自愛頂いたほうが良さそうです。
「その代わりと言ってはなんですが、私がお供させて頂きますよ。これと一緒に。」
にっこり笑顔で前に出て来たのは、昨日まで瀕死だったバンフィードさんですが、その手にアルティミアさんが持っていた呪いの毛糸玉の入った小箱を持っています。
「あのね、貴方昨日ご家族とお医者様に看取られそうになってたんですよ? もう少し素直に病み上がりの人してられないんですか?」
「あはは。心配性ですね。残念ながらこんなにピンピンしてますからねぇ、退屈で退屈で。それに、キースカルク侯爵ともお話しして、私があなたの解呪を受けて完全回復したことは広めない方が良いということになりまして、その為にはこの街を出てあなたにお供して付いて行くのが一番だと。」
確かに、キースカルク侯爵の話しにも一律ある気はしますが。
「それと、アルティミアから譲り受けたこの毛糸玉と私自身に残る呪詛の跡を大神殿で見て貰うことで事態に進展があるかもしれませんし。」
これも、確かに最適なサンプルではあります。
それでも、アルティミアさんをチラ見して躊躇ってしまうのは、健康状態が心配なばかりではありませんよ?
「アルティミアさんはそれで良いんですか? この人、正しく病み上がりなんですよ?」
「・・・ええ。でも、彼とお父様で昨日取り決められましたの。」
そこでチラリと目を見交わして赤い顔になる2人。
「侯爵と、あなたの護衛を立派に務め上げたらと。」
「・・・それは、婉曲な婿イビリではなく?」
思わず漏らしてしまうと、ポンと肩を叩かれました。
チラッと振り返った先にはキースカルク侯爵が。
「ははは。相変わらず遠慮なく言いますな、あなたは。まあ、これから先のことはあなたが無事でなければ何事も成りませんからな。此奴を盾に何としても生きてお帰り頂きたい。」
「あは。そうですか〜。それじゃ仕方ないですねぇ。バンフィードさん、しっかり私の盾の役割を果たして貰いつつ、何としても生き延びてアルティミアさんの元に戻ってきましょうね!」
最後は明後日の方を見ながら明るい口調で言い切ってみせました。
事情の半分くらいしか知らない護衛の皆さんがあからさまに呆れ返った顔になっていましたが、まあ旅に支障はきっとありません。
心臓にワサワサ毛を生やして強く生きて行こうと思います。
という訳で今度こそ真っ直ぐ向かった国境側の門で列に並んでいると、上空をピュルルピーと元気なお父さんとヒヨコちゃんの鳴き声が聞こえて来ます。
平和な越境を予感させる吉兆の鳥の声だと思い込むことにしようと思います。
「良いお天気ですねぇ。上空の鳥さんも元気そうな声だし。うん、良い旅立ちになりそうですね。」
前後に並ぶ旅人さん達と国境警備隊の皆さんや手形確認のお役人さん達がザワザワしているのは、きっと気の所為です。
「そんな呑気なこと言ってる場合? あれ、何か始まりそうだけど?」
言われて見上げた上空、スーラビダン王国側に複数の絡み合って飛び交わす鳥影が見えますが、そこから数羽が離れてヒヨコちゃん達親子目指して近付いて来ます。
見守る内に、いつもより上空に上って行ってその数羽と絡み合うように飛び交わし始めました。
と、途中からその間に赤い光が走り始めて、風の魔法が発動された余波で吹き飛ばされる個体が出始めました。
「何だあれ? 仲間割れか?」
「随分派手にやり合い始めたみたいだな。」
「上空で完結してくれれば良いけど、あれ、落ちて来ないよな?」
そんな声がざわざわと聞こえて来て、ギクリとします。
「昨日の今日であの大立ち回り、お父さん大丈夫かな?」
思わず隣のコルステアくんに溢してしまうと、肩を竦められました。
「喧嘩っ早過ぎるんだよ。昨日のも結局そういうことでしょ? でもアイツの行動って、おにー様が通る前に危険を排除しようっていう行動だと思うんだよね? だとしたら、おにー様の所為でもあるんじゃない?」
中々に耳に痛いコルステアくんの解説が来て、どうしたものかと思ってしまいます。
「だから、連れ歩くならそろそろきちんと躾けとかないと。」
コルステアくんの言葉にも、今回ばかりは説得力があります。
「あ! こっちから飛んでった奴ら、強いな! 撃退しやがったぞ!」
そんな言葉が聞こえてまた上空に視線を戻すと、確かにお父さんとヒヨコちゃんが無事にスーラビダン側に飛んで行ったようです。
「そして、おにー様の所為で無駄に強いんだから。」
これにもちょっと居た堪れなくなります。
「そーですねぇ。ライアットさんと何か良い躾け方がないか相談してみまーす。」
そう答えたところで、国境検問の順番が来たようです。
「はい、次。ん? その前に抱えてるのはペットか? いや、サーク・・・」
コルちゃんの元種族名を口にしそうになったお役人さんですが、すかさずクイズナー隊長から手に握り込める程の何かを提示されて、黙りました。
「はい、通ってよし。」
何事もなかったように通されて逆に怖くなりました。
国家権力フリーパス、怖いですねぇ。
そんなこんなで入国したスーラビダン王国ですが、白っぽい石造りの建物が並ぶ、あちらで言うとちょっと中東からアフリカ辺りに近いような服装や街の雰囲気でした。
ちょっと緊張しつつキョロキョロしながら馬を引いて歩いた街を抜けると、直ぐに乾いた白っぽい土の道を騎馬で辿ることになりました。
またもや、街をぶらぶらショッピングのお時間は取って貰えませんでしたね。
ここからの隊列は、クイズナー隊長とコルステアくんが両脇を固めてくれて、前にオンサーさんとバンフィードさんが、後ろにはフォーラスさんとケインズさんが並んでいます。
その前後を護衛の皆さんが入れ替わりながら挟んでくれている他、ナッキンズさんは時折バンフィードさんの隣に並んだり、離れて少し先や少し後ろも見に行ってくれているようです。
これまでそういう役割の人は特別に設けていなかったので、護衛の皆さんが重宝がっています。
流石はブライン団長、痒いところに手が届く素晴らしい采配ですね。
「レイナードくん。今夜の宿で、リックくん達に今回の旅の本当の目的を話そうと思ってるから。」
クイズナー隊長がそっと馬を寄せながらそんな話しを振ってきました。
「えっと、それはどうしてこのタイミングなんですか? 国を出たから?」
そう問い掛けると、クイズナー隊長が少し困ったような笑みを浮かべました。
「そうだね。国を出たから、そして今日の宿が前後通して一番安全じゃないかと思えるからだね。」
「そうなんですか?」
これにはピンと来なくて首を傾げてしまいました。
「敵はこちらの目的地が分かっている。だから、国内では寄る場所もある程度絞り込めるし、人の配置も難しくない。ファデラート大神殿のマドーラとメルビアス公国の街も予め配備しておく事が出来る。だが、これから進むスーラビダン王国は余所者が訳もなく長滞在するのが難しい国だ。それに、宿を取るのに良さそうな街が3つもあって、実際今も何処にするか決めてない。この一泊を特定して待ち伏せるのは恐らく不可能だからだよ。」
成る程という説明が来ましたが、そこまでして話さなきゃいけないような重い話し、だったでしょうか?
話すのは、あくまで呪いのことと、解呪に向かってることだけですよね?
「その街から君、女装するから。」
「じょそ? え、女装??」
「うん、その見た目で完全女装。でも、僕達もみんな、スーラビダンの服装に着替えるから、女性は頭と顔の半分は隠れるでしょ? ちょっと大女なだけで、仕草で女性出してたら、案外ハマると思うんだよね?」
そんな手を考えていたとは。
追跡者や待ち伏せの目を誤魔化すには有効な手段でしょうね。
「あはは、畏まり〜。」
ここはもう適当に流しておこうと思います。




