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「いーやーだ〜。」
心の声をつい外に出してしまった様子の斥候班長ナッキンズさん、しっかり皆んなに聞こえていますよ?
「諦めろナッキンズ。絶対覆らない団長命令だから。」
直属の上司に当たる隊長さんからの冷たい一言に、ナッキンズさんが涙目になっていました。
「また、旅仲間が増えるのか?」
ナッキンズさんをチラッと見てから少しだけ嫌そうに呟いたのは護衛のピードさんです。
「どんどん大所帯になる若様護衛隊、本人様は恐らく色々気にしなかったら実は最強なんじゃないのか?」
ライアットさんも色々説明なしで押し切ってる所為か、皮肉っぽい当て擦りをして来たようです。
「一般常識と制御ってものが全く備わってないけどね。」
クイズナー隊長が寄って来て話しに入って来ます。
「それじゃ出発するから。あ、ナッキンズくん、街を出たら多分昨日も遭遇したハザインバースの親子が上空から合流するから。」
「あのな、何でハザインバースがついて来るんだ?」
ナッキンズさんが昨日はとても聞けなかったその話題を出して来たようです。
「レイナードくんがあの親子の子供の方を託児した縁で、恐らく群れのボス認定されてる。」
無難に説明してくれたクイズナー隊長に感謝しつつ、ナシーダちゃんの手綱を引きます。
「・・・ハザインバースは、手形なんて持ってないよな? どうやって国境を越えさせるつもりなんだ?」
「それは、上空から? 誰も止められないだろうし。勝手について来るだけで意思疎通が出来る訳でもなさそうだからねぇ。」
ナッキンズさんとクイズナー隊長の不毛な会話を他の皆が乾いた笑みと共に見守っています。
とそこへ、何処か思い詰めた風なアルティミアさんが近付いて来ます。
「あの、レイナード様? 実は越境する前に、一緒に来て欲しい場所があって。」
緊張を馴染ませたその顔が真剣で、断れるような雰囲気ではありませんでした。
「アルティミアさん? どうかした?」
問い返してみると、アルティミアさんが思い切ったように顔を上げました。
「この間話した呪いのハンカチを使ってしまった人、この街にいるの。この国境を統べる領主様のご子息なのよ。」
「え? ご領主様の子息って、バンフィードさんのことか? しばらく前から具合が悪くて臥せってるって聞いてるぞ?」
ナッキンズさんがそう挟んだ言葉にアルティミアさんが何処か思い詰めた顔で頷き返しています。
「ごめんなさい。わたくし、レイナード様があんなに凄い能力者だとは思っていなくて。お願い、バンフィードの様子を一目で良いから見て欲しいの。」
「・・・アルティミアさんは、本当はこの街に来るのが目的だった?」
慎重に問い掛けてみると、アルティミアさんが少し気不味そうな顔になりました。
「えっと、大神殿に行って相談してみたいのは本当の気持ちよ? でも、もしもお父様の追手が掛かっても、この街までならば最低でも辿り着けるはずだと思っていたの。あれから、バンフィードに会いに行くことは禁じられていて。」
成る程と色々納得してしまいました。
「ふうん。それじゃ、そのバンフィードさんのお見舞いに行ってみましょうか。」
「え?」
「は?」
意外そうな声がアルティミアさんとクイズナー隊長から上がりました。
「え? 行って欲しいんじゃなかったんですか?」
クイズナー隊長から反対されるのは分かっていたので取り敢えず放っておくとして、アルティミアさんは頷くとは思っていなかったんでしょうか?
「それは。でも、てっきり物凄く泣き落としくらいの説得が要ると思っていましたわ。」
「うーん。実は気になってることがあって。それを確かめる為、かな。」
クイズナー隊長を説得する意味も込めてそう答えると、目を瞬かせるアルティミアさんと深い溜息を吐くクイズナー隊長。
これは押し切れるでしょうか?
「今日中に国境向こうの街に入りたいんだけど?」
青筋の浮かぶ顔を近付けて来るクイズナー隊長に、こちらもにっこり笑顔で圧を返してみます。
「多分、物凄く大事な確認になると思うので! 魔力見の姫に貸し作っておいて後で協力して貰えるように根回ししときましょ?」
しばらくの睨み合いの末、クイズナー隊長が溜息と共に折れてくれたようです。
「子供の頃の殿下以上にお守りが大変なのは何故だろうねぇ。」
そのワードにはピクリと触手が動きました。
「子供の頃の殿下? もしかして、結構ヤンチャでした? ちょっとクイズナー隊長、後でその辺り詳しくお願いします!」
これは、俺様殿下に一矢報いる切り札に出来るのでは?
というか、普通に可愛くてヤンチャだった殿下のお話し聞きたいですしね!
不純な動機も交えつつキラキラした目を向けてみると、クイズナー隊長にはふんとソッポを向かれました。
「君ねぇ。人の言うこと聞かないし、問題起こすか面倒ごとに突っ込んで行くかしか出来ない子の要求なんか聞ける訳ないでしょ?」
クイズナー隊長、足下見てきましたね。
「このお見舞い済んだらしばらく大人しくしてますから! 機嫌直して下さいよ!」
そんな訳で、街の中央に位置する領主様の屋敷に向かうことになりました。
地元民のナッキンズさんの案内で無駄なく辿り着いた領主屋敷の門ではアルティミアさんが名乗るだけで簡単に入れて貰えました。
庭を通り抜けた屋敷の玄関には立派な馬車が停まっています。
その隣を通り過ぎる時、馬車の横に付いた紋章を見た途端にアルティミアさんの顔が強張ったように見えました。
それに首を傾げつつ玄関前まで来ると、待っていたかのように扉が内側から開いて、身なりの良い男性が1人と遅れて執事さんのような人が出て来ました。
「アルティミア。来てはならないと言った筈だ。」
「お父様! どうしてこちらに?」
「お前が家出したと聞いて、行き先はここだろうと思っていたよ。」
「それなら、お見舞いくらいさせて頂戴!」
そんなアルティミアさんと待ち伏せていた様子のお父さんのやり取りを見守っている内に、執事さんが近寄って来ました。
「アルティミアお嬢様、坊ちゃまはもう、数日前から意識がございません。今、旦那様や奥様、ご兄弟の皆様とお医者様が最後の時を待っておられます。」
震える声で言った執事さんの言葉に、アルティミアさんがはっと息を飲んでいます。
と、ふと玄関の中に目をやった途端、こちらもハッと息を飲みました。
黒い影のような人影が、滑るように奥の階段を登って行くのが見えました。
「やっぱり、居た!」
そう口にしてからアルティミアさんとお父さんの隣を回り込みます。
「済みません! ちょっとお邪魔しますね!」
執事さんに断って玄関に踏み込みます。
「ちょっと! レイナードくん!」
クイズナー隊長の声が追い掛けて来ますが止まる余裕はありません。
「フォーラスさんも来て貰って下さい!」
叫び返してから淀んだ空気を感じる2階への階段を駆け上がります。
2階にははっきりと呪詛のトグロを巻く帯がはみ出して蠢いていました。
それを手で払いながら進んで、その大元が詰まった部屋の前まで来ると、中から人の啜り泣く声が途切れ途切れに聞こえて来ます。
「なんですかあなたは?」
そこで使用人に呼び止められましたが、無視して部屋の扉を開けて飛び込みます。
緩慢な動きながら一斉に振り返った複数の視線を気にせず、部屋の奥のベッドに近付きます。
「何だ君は?」
「誰だ?出て行ってくれ!」
そんな声が聞こえますが、こちらもそれどころではありません。
「嘘でしょ。」
思わず漏らしてしまった言葉に、ベッドから引き離そうと近付いていた人が動きを止めました。
「こういう対策って。いやでもやるしかないでしょ。バンフィードさん、ちょっと頑張りましょうか! アルティミアさんがお見舞いに来たんですよ? 頑張って良いとこ見せましょうね!」
「君は何者だ! 息子から離れなさい!」
「黙って下がってて! 必ず助けますから!手遅れになる!」
叫び返してからバンフィードさんの腕に触れます。
が、その手をお父さんらしき人に弾かれました。
「何をするつもりだ!」
「旦那様! そちらの方は、王家から派遣された特別な治療師の方だそうです!任せて欲しいと王都からおいでの神官様と軍の隊長殿が!」
その言葉に気を取られているお父さんの傍らからもう一度手を伸ばします。
呪詛は3つの命を絡めながらゆっくりと織り込まれていますが、もう少しで最後の発射指令が出るのは間違いありません。
抱っこ紐の中から飛び出したコルちゃんの角から伸びて来た魔力をこちらも絡めながら、呪詛の帯の流出場所の左手の甲に排出だけを止める半透過の魔法を掛けます。
それから、呪詛の帯の先を握り込んでいる魔人に目を向けました。




