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 国境の街での朝の目覚めは、中々に騒がしかったです。


「おにー様! 起きて!」


「え〜、う〜んちょっと待って〜。」


 そんな台詞を返してしまった後で、ふと気付いて飛び起きました。


 途端にベッドサイドで腕組み仁王立ちのコルステアくんの冷たい目が見下ろしていました。


「ちょっと、どれだけ待ってると思ってるの? 外から呼んでる人達入らせずに待たせるの大変なんだけど?」


「あ、ごめんなさい。ちょっとなんか滅茶苦茶眠くて。」


 同じくスッキリ目覚めを迎えられなかった様子の眠そうなコルちゃんの頭を撫でつつ言い訳してみると、溜息を溢されました。


「だから、あんな大技バンバン使うから。」


「あ、そうか。魔力切れ掛けてたから、回復の為に睡眠が必要だったんだよね?」


 魔力は睡眠やら休息でしか回復出来ないんでしたね。


 この様子をみると、コルちゃんにも昨日は無理をさせてしまっていたようです。


「まあ、寝たのも深夜回ってたから、全回復には程遠いだろうね。今日は魔法の使用は禁止ね。」


 ここは素直に従っておこうと思います。


「それから枕元のそれ、早く確認して。」


 言われて目を落とした枕元に、折り畳まれた紙が二つ転がっています。


 伝紙鳥が飛んできて目覚める前に役目を果たしたと判断して紙に戻ったのでしょう。


 明らかな上質紙の一つ目には力強い筆致ながら几帳面なこちらの文字で、二つ目には少し丸い可愛らしい字の日本語で文字が綴られています。


 一つ目から目を通すと、こちらは何と王弟殿下からのお手紙でした。


 父を通り越していきなり来た手紙には、周りの情報に振り回されずに始めの目的を達成すること、と書かれていました。


 コルステアくんからお父さんに宛てて貰った手紙には、旅は順調だが旅の途中で何か不穏な出来事が起こっているのではないかと心配になるような事案に出会したこと、盤石なものが崩れる不安を抱いていることを書いて貰いました。


 王都にも当然シルヴェイン王子行方不明の一報は入っている筈です。


 それを受けても王弟殿下としては心配せず大神殿で解呪することだけを考えろと、そういうことみたいですね。


 らしいと言えばらしい指示書ですが、ちょっとがっかりしてしまいました。


 気を取り直してもう一つのマユリさんからの初めてのお手紙に目を通していくことにします。


 “レイカさんへ。旅のほうは順調でしょうか? 実は最近、元の世界のことや乙女ゲームの中身をもっと思い出せなくなってきているようなんです。怖くなってきたので、日本語で書いてレイカさんに読んでおいて貰おうと思ってお手紙書きました。”


 これには、やっぱりと胸がずんと重くなるような気がしました。


 “アーティフォート王太子ルート以外ははっきりと思い出せないと前にもチラッとお話ししたと思うんですが、最近はその王太子ルートのエンディングが掠れたように思い出せなくなっています。それと、魔王化したレイナード様とのやり取りや、王太子と解決していく事件の一つ一つの背景と事件解決への繋がりが曖昧になって来ている気がします。”


 これは、もしかしたらレイナードが魔王化しなかったことと、レイカとして呪詛の解呪をしたり調査を頼んだからかもしれません。


 “このままアーティと幸せに暮らすことになるエンドが崩れてきているのかもしれなくて、凄く不安になるんです。”


 感情の揺れを表すように少しだけ乱れかけた字に、マユリさんの不安が読み取れます。


 実際どういう意味なのか考えてみますが、マユリさんをこちらに招いた目的は何が何でも果たされるように強制力が働く気がします。


 だからこそ、そのシナリオが崩れないように関係者から記憶が消されていっているのではないでしょうか?


 つまり、マユリさんが忘れ掛けている最後のあの事件はどんな形であれ起こって、それを解決するのはマユリさんの聖なる魔法でなければならない筈なんです。


 ただし、その結果訪れるシナリオで語られなかった未来は、途中で手を入れておいて軌道をずらすことが出来ると信じています。


 世界運営上、マユリさんがあれを聖なる魔法で守ることが重要なのでしょう。


 黒幕さん側も、あれを消失されたままにしたい訳ではない筈です。


 ですが、マユリさんが守るかもしれないことを加味した上で、何かしら自分達に都合の良いその後の独自シナリオを用意しているのではないでしょうか。


 その更に裏をかくことがこちらの課題になりそうです。


「あーもう。頑張れ私。平穏に暮らせる私の未来の為に。世界の平和とか大それたことは考えないけど、自分の暮らす場所の整地くらいは頑張るから。」


 ボソボソと呟いていると、コルステアくんがすっとこちらを覗き込んできました。


「本当、ある意味侮れない人なんだよね?おねー様は。秘密主義者だし。けどまあ、本質は真性の小心者でもあるみたいだから、仕方ないから手伝ってあげるよ。おねー様の整地事業?」


 そんなことを言い出すコルステアくんに色々言いたいことがないでもないですが、ここは取り敢えず感謝を表しておこうと思います。


「うん、ありがと。」


 とそこへ、外から扉を叩く音が聞こえて来ました。


「それじゃ、先に出てるから直ぐに来てよ?」


「はーい!」


 身支度を整える時間をくれた様子のコルステアくんに感謝しつつ、服の寝じわを伸ばしたり髪を整えたりとザッと身支度して、忘れずに前ポケにコルちゃんを収納してから慌てて扉に向かいました。


 扉外でクイズナー隊長と話し込んでいたコルステアくんと合流すると、直ぐに昨晩と同じ会議室に通されました。


「おはよう、諸君。」


 いきなり始まった挨拶は、第五騎士団側の上座にいらっしゃる上背のあるガッシリ体格のおじ様からでした。


「昨晩は不在にしていたので改めて挨拶させて頂こう。第五騎士団団長のブライン・フォークだ。」


 それを受けて前に出たのはクイズナー隊長でしたが、ブライン団長の視線は真っ直ぐこちらに向いています。


第二騎士団ナイザリーク隊長のクイズナーと申します。昨晩は第五騎士団営所に泊めていただき大変助かりました。ブライン団長には感謝致します。」


 ブライン団長はそれに鷹揚に頷き返しています。


「ふむ。しかし、その前にこちらの斥候班がお世話になったそうだな。」


 中々高圧的に来る団長様ですが、この人貴族のそれなりの身分も持つ人なんでしょう。


 今日も嫌々な表情のナッキンズ斥候班長さんがあちら側の片隅の席で仕方なしというようにうんうん頷いていますね。


「そちらの彼には名乗って貰えないのかな?」


 ブライン団長が今度こそ直球で問い掛けて来たのを受けて、クイズナー隊長に目を向けます。


「クイズナー隊長。何処まで話しときますか?」


 ここはもう開き直って堂々とその場で作戦会議を始めてみると、クイズナー隊長には深々と溜息を吐かれました。


「殿下とも色々と想定して対策を考えて来ている。こちらの団長閣下が出て来られたら、こちらをお見せして聞かれた事には答えて良いと言われているよ。」


 クイズナー隊長が言うなり、シルヴェイン王子直筆の書簡らしきものをあちら側に押しやりました。


 途端に、向こうの団長様以外の面々が緊張の面持ちになって、昨日の隊長さんが恭しく書簡を受け取って団長様に手渡しました。


 それを開いて表情を変えることなく読み進める団長様、只者じゃありませんね。


「成る程、ランバスティス伯爵家のレイナード・セリダインと名乗って旅をする者がこの書簡を提示した場合は、一切の事情を斟酌せずに要求通りに彼の目的を優先するように、と。それでも看過出来ない疑問が生じ説明が必要な場合は問い合わせ先として第二王子殿下を名指しとする許可も出ている。つまり、君の旅の目的が国家機密に類する秘匿すべき事だというのは理解出来た。」


 それはどうもと返すところでしょうか?


「だが、我々も独自の情報網を持っている。今この時にこの書簡では信頼性が落ちていることは分かっているか?」


 それは第五騎士団長様ですから、シルヴェイン王子が消息不明に陥っているという状況は把握しているでしょう。


「うん。傍から失礼致します。閣下、私はレイナードの弟のコルステア・セリダインと申します。その件につきましては昨日我が父を通して王弟殿下より代わりの身元保証を頂いております。」


 言うなり伝紙鳥で送られてきた様子の紙を差し出すコルステアくん、流石です。


 先程と同じく隊長さんの1人が受け取って団長様の手に渡ります。


「そうか。ウチの追求を躱す為だけの口先だけの言い逃れではなかったようだな。あの王弟殿下が認めるのだ、無条件に追求せず通してやるしかないようだな。」


 アッサリと折れてくれたブライン団長様ですが、言い方に含みというか嫌味が多分に滲み出ていますね。


 こういうタイプは敵に回さない方が良い気がします。


 こちらも可能な範囲で折れるところを作っておく方が良いでしょう。


 という訳で、部屋に入った時から目についていた会議室の壁に掛かった姿見に目を向けました。

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