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改めて注目したお陰で気付きましたが、襲撃してきたのは先程追い抜いて来た休憩場所でもご一緒した人達じゃないでしょうか?
「あの人達、始めからダンプラルドの戦闘データ取りか魔石回収の為に私達を餌食にするつもりで見繕ってたんじゃないかな?」
「多分ね。」
すかさず返して来たコルステアくんも彼等の事に気付いたようです。
「ホント身勝手な人達だよね? 他人のことも魔物のことも、何とも思ってないんだろうね。まあ、だからあんな非人道的なこと企んでるんだよね。」
つい黙っていられずに漏らした一言に、聞こえていた人達が眉を寄せたようでしたが、気付かなかったことにしようと思います。
とはいえ、向こうは奇襲が上手く行かなかった上に人数は6人、どうやっても劣勢になっていきます。
どう決着がつくか見守っていましたが、そこで爆弾よろしくこちらに投げ込まれたのはなんと何処かで見覚えのあるような毛糸玉です。
「触っちゃダメですよ!」
声を大にして叫んでから、手を前に突き出します。
「キュウっ!」
顔を覗かせていたコルちゃんも掛け声と共に聖なる魔力を放出してくれます。
それに今回は重ね掛けで魔力を混ぜ合わせて毛糸玉にぶつけます。
解けて呪詛の帯を周りに拡散しようとしていた毛糸玉の先端を力技で吹き飛ばしてから、注ぎ続けている魔力を聖なる魔法に変換します。
「文字列素数分解! 起点凍結停止!」
ようは文字数カウントで素数に当たるものだけをマダラに分解する指令を出しました。
これで呪詛は意味を成さなくなるはずで、前回のたぬき戦法よりも分解数が減って負担が少ない筈です。
それから、前回の解呪方が対策されていることも考えてのあちらには直ぐに法則が分からないようにという解呪でした。
それから、口を酸っぱくして呪文をと言われるので、呪詛の根元にかける時限停止魔法の呪文を唱えてみました。
それでもコルちゃんと1人と1匹がかりでもかなりの疲労を感じます。
聖なる魔法の燃費が他の魔法よりも相当悪いってことなんでしょう。
「レイナード様、もう大丈夫ですね?」
フォーラスさんの確認が来て、他の皆さんがこちらに注目していたことに気付きました。
「うん。取り敢えずの解呪は終わったけど。」
驚きで手の止まった様子の襲撃者さん達に目をやると、何処か追い詰められたような目になっていました。
そのままチラッとダンプラルドに目を移すと、腐敗臭が漂ったり虫がわく暇もない内に、肉だった塵が白骨から滑り落ち、残ったのは骨と胸骨に大事に覆われるように囲まれた心臓の魔石化したものだけでした。
呪詛のほうも骨と魔石だけになった途端に役目を終えて消え去ったようです。
ダイヤモンドか水晶のような透明に僅かにピンクのような水色のような光の加減で極淡い色を映す魔石は、成り立ちを知らなければ綺麗だと思える代物だったのでしょう。
ですが、魔物とはいえ一つの命を弄んだ結果の産物かと思うと、怒りのような気持ちが湧いて来ます。
「舐めてるよねぇ、本当。この魔石回収に来たんだか、データ取りだか、証拠隠滅工作だか知らないけど、あんた達逃がさないからね!」
そのままキッと襲撃者さん達を睨みながら宣告しつつ、魔力を振り上げた手に添わせていきます。
「6名様収納、鋼鉄の檻! 魔法・呪詛・魔力不透過付与!」
これにもかなりごっそりと魔力を持って行かれたようで、一瞬身体がふらついたような気がします。
「おにー様! ちょっと何してるの? 無茶苦茶し過ぎ!」
途端にコルステアくんからお怒りの言葉が来ました。
「え、そう?」
疲労から億劫になりつつも返すと、コルステアくんには呆れたような溜息を吐かれました。
「クイズナーさん、マズいのは魔石じゃなくてこの人本体だった。」
苦い口調で前方のクイズナー隊長とコンタクトを取るコルステアくんに、クイズナー隊長も何故か同意するように顔を引き攣らせつつ頷き返して来ます。
「ああ、そうだね。分かってたけどね。コルステアくんは魔石回収宜しく。私は彼等と話して来るから。」
クイズナー隊長の向かう先に目を向けると、注文通りの鉄の檻の中に、青白い顔で震えている襲撃者さん達が6名、これまた注文通りに収まっています。
「ま、相手が悪かったと諦めてもらおうか。無自覚で短距離とはいえ人の転移魔法使っといて、魔力切れ起こしてないとか、最早普通の人間の枠を踏み外してるんだけど、本人はあくまで無自覚だからね。」
檻の前に辿り着いたクイズナー隊長がボソボソと溢した台詞が耳に入って、あれ?と動きを止めてしまいました。
「え?転移魔法? やっちゃってました?」
こちらも顔が引きつりつつ返すと、振り返ったクイズナー隊長にぎんと睨まれました。
「やっちゃってました?じゃないよ? 一番遠くても10歩以内、この短距離だから魔力消費に耐えられたんだろうけど。もう2度とやらないように。本当に魔力枯渇で死ぬからね?」
それは厳しい真面目な顔でお叱りを受けて、流石にしゅんと肩を落としてしまいました。
「はい、ごめんなさい。済みませんでした。」
ここは素直に謝っておくことにしようと思います。
魔石回収の為に胸骨を取り除く作業を始めたコルステアくんを眺めていると、オンサーさんやケインズさんが手伝いに来たようです。
アルティミアさんとその護衛さん達はボソボソと今の出来事を受けての話しをしているようで、ウチの護衛の皆さんは言いたいことを押し殺して強張った無の表情になりつつ、檻の側のクイズナー隊長の方に寄っていっているので、隙あらば詰問でもしようとしているのかもしれません。
そして、事態に全く着いていけなくなっているのが斥候班の皆さんです。
襲撃者さん達の尋問を見に行きたいけど、もうこちらが気になって仕方なくて、でも状況が上手く飲み込めなくて、という可哀想な困惑顔になっています。
早く班長さんに国家機密っていう魔法の言葉を誰か囁いてあげて欲しいところです。
「レイナード、大丈夫?」
不意にケインズさんの案じるような声が聞こえて振り返ると、途端にふわりと地面が揺れて、気付けばケインズさんにがっしりと後ろから抱き止められていたようです。
「あ、れ? 済みません。」
こちらとしても驚きつつ反射のように謝っていると、こちらを覗き込んでいたケインズさんに更に心配そうな顔をされました。
「魔力切れ! 起こしかけてるの! 直ぐに休める環境じゃないのにそこまで魔力注ぎ込むのは、魔法使いとして一番ダメな失態だからね!」
コルステアくんからの苛立ったようなお説教が来ます。
「うん、ごめん。」
色々言い訳する気力も湧かず、重い口を開いて返したところで、ふわりと身体が浮き上がりました。
反射的に側にあったケインズさんの腕にしがみついてしまうと、ケインズさんに横抱きに持ち上げられていることに気付きました。
「街道傍で少し休もう。まだ直ぐには動けないだろうし。」
眉下がりの心配顔で優しくそう言われて、少し胸がキュンとしかけましたが、よく良く今の絵面を思い出して慌ててしまいました。
「ケ、ケインズさん! レイナードお姫様抱っこはマズいですよ!」
小声で訴えてみますが、小さな溜息が返って来ただけで、下ろされる気配はありません。
「もう、周りから見た目どう思われようと関係ないから。好きに見れば良いと思う。それよりも俺はレイカさんが大事だから。」
「え?」
嬉しいような照れくさいような気もしつつ、ですがあからさまにそういうのは、本当にマズい気がします。
「こんな無茶するレイカさんが悪い。だから、俺はもう遠慮しないから。」
「はい?」
疑問符に答えて貰う余地もなく、ケインズさんの移動が始まりました。
無の表情の斥候班長さん達に見守られつつ、ダンプラルドから離れて街道傍に運ばれていきますが、その後ろを何故かヒヨコちゃんがトコトコと付いてきます。
それを目撃した斥候班長さんが遠い目になっていた気がしますが、怠いので忘れることにします。
「ケインズ、俺の馬に敷物積まれてるからな。」
「あ、それじゃ降ろして使いますね。」
オンサーさんとケインズさんの当たり前のようなやり取りにも何か釈然としない気持ちになりますが、大人しくしている内に、街道の本当に直ぐ傍に敷いた敷物の上に下ろされて、ちょこんと座っていることになりました。




