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「魔力逆流装填!」
適当な呪文を唱えつつ、聖なる魔力で包んだ純粋な魔力を元の心臓側から流し込んで行きます。
ダンプラルドは物凄い怪獣のような咆哮を上げて前脚を振り上げますが、そのままの状態でプルプルと身体を震わせています。
それを横目にしつつ続けますよ。
呪いの効果で外部からの干渉を弾く構造だったようですが、コーティングしていた聖なる魔力で呪いを弾いている間に、流し込んだ魔力で元の心臓を満たして、もう一つの心臓側に魔力を逆流させて行きます。
これを仮にコーティングではなく丸ごと聖なる魔力に変換して注ぐとすると呪詛と反発し合って、もう一つの心臓との間を繋ぐ呪いの管を通すのにはかなりの魔力が必要になりそうです。
ですがこれが純粋な魔力ならば抵抗なく通っていくので、この方法での逆流ならかなりの省エネ効果があるんじゃないでしょうか。
呪いの管の先の黒い方の心臓も強制的にこちらの魔力で満たして、何処からか飛んできて注がれる黒い魔力を心臓の外に弾き出してやると、ダンプラルドは漸くするりと前脚を下ろしてその場に膝を折って座り込みました。
「メェ〜」
何か気の抜けるような声で鳴いたかと思うと、そのままパッタリと横倒しに倒れてしまいました。
途切れたように掻き消えた呪詛のジョイントが消えたことで、繋がっていた黒い心臓が腐れ落ちるように崩れていき、弱々しい律動を繰り返していた本当の心臓の動きもしばらくしてから止まってしまったようです。
「・・・山の美味しい草、もっと食べたかったよね。酷いね、なんかこう、やり切れないっていうか。動物保護団体が黙ってないからね。覚悟しとけマッドサイエンティストども〜。」
ボソボソと溢していると、唐突にゴスっと頭に衝撃が来ました。
「君ね、何サクッと一撃でダンプラルド倒してるの? 他人目気にしなさいって言ったはずだよね?」
クイズナー隊長の怒りを堪えた引きつった顔が、シルヴェイン王子に被る気がしました。
「この山羊も、実験体だったんですよ。身体の中身弄られてて、エグいことになってました。だから、それに手を加えて強制的に崩しただけです。」
「・・・死んだの?」
コルステアくんのストレートな問いに、口元が引きつってしまいます。
「魔力流したら呪詛が解けて、心臓は止まっちゃったね。」
「えーと、この距離で心臓止まったとか分かるんですか?」
斥候班員が目を瞬かせながら突っ込んで来ます。
「えー、第七斥候班の諸君、ご苦労様だったね。君達がうっかり見付かって襲われたダンプラルドは、通りすがりの特別任務中の第二騎士団の者が倒した。はい、以上! 行って良いよ?」
クイズナー隊長のにっこり笑顔に、斥候班長さんと班員さんがギョッとした顔をしています。
「え? いや、幾ら何でも、こちらも報告義務がありますし。」
「何? 命の恩人だよね? 我々。」
「あ、あーまあ、そうですが。いやしかし、後始末もありますし。」
捩じ伏せようとするクイズナー隊長とゴニョゴニョ言いつつ何とか躱そうとする班長さん。
弱肉強食の世界はまあ放っておくとして、倒れたダンプラルドに近付いて行きます。
途端にパタパタと羽ばたきの音をさせて戻ってきたヒヨコちゃんがお父さんの側に降り立ちます。
そこからこちらをチラッとみながらトテトテと寄ってくるヒヨコちゃん。
そこは、お父さんをもう少し心配してあげても良いと思います。
そんなヒヨコちゃんを他所目に、お父さんは折り曲げていた足を伸ばしてせっせと毛繕いを始めたようです。
倒れ伏したダンプラルドは、口から赤い血の混じった泡を吹き出していましたが、血走っていた目は閉じた瞼で隠されていて、表情も何処か穏やかなように見えます。
「おにー様の魔力で満たされた心臓が、結晶化し始めてる。」
着いて来た様子のコルステアくんに言われて目を凝らしてみると、確かに止まった心臓が固まって縮んでいくように見えます。
「魔物の心臓って、死ぬと結晶化するの?」
素朴な疑問を口にすると、コルステアくんが久々に呆れたような溜息をふうと漏らしました。
「魔物だろうが人間だろうが植物だろうが、その命を終えると、命の源だったところが結晶化するの。それが、魔石。」
成る程と納得しかけたところで、ん?と目を瞬かせてしまいました。
「ん? 人間も? 心臓が魔石になるの?」
と、コルステアくんに咎めるような目を向けられました。
「そう。でも、死んだ人間から魔石を取り出すのは禁忌とされてる。だから、人は亡くなると必ず火葬されるんだ。その時燃え上がる炎が魔石を燃やすとその人の魔力の色に染まるって言われてる。」
その時だけは、魔力を見る能力のない人にも魔力の色が見えるんですね。
「クイズナーさん。この魔石、ヤバいかも。」
これまたいつの間にか側まで来ていたクイズナー隊長がダンプラルドを渋い顔で覗き込みました。
「だろうね。いっそ今の内に燃やしてしまおうか。」
「賛成。ほんと碌なことしないよね。」
と、コルステアくんに半眼で睨まれる意味は分かりませんでしたが、クイズナー隊長は気にすることなく手の平をダンプラルドに向けました。
「命終えたるこの者に冥福を、燃え盛れ浄化の業火よ!」
クイズナー隊長が死者を燃やすお決まりの呪文でしょうか、それを朗々と唱え終えたところで、手の平から溢れ出す魔力が炎に変わる残像が浮かびましたが、炎は一瞬後にはふっと打ち消されて、ダンプラルドの周りに黒い呪詛の帯が絡み付いていきます。
「なんだ?」
クイズナー隊長が顰めっ面になって首を傾げていますが、そういえば呪詛は見えないんでしたね。
「クイズナー隊長、呪詛」
言いかけたところで、後方からドカンと魔法爆発の音が聞こえて来ました。
「後方から敵襲!」
一斉に皆で振り返った先で、こちらの護衛の皆さんと戦い始めた集団が目に入りました。
すかさず加勢に入ったオンサーさんとケインズさん、入れ替わるようにアルティミアさんとその護衛さん達がこちらに下がって来ます。
「ナッキンズ班長。一先ず色々置いとくとして、アイツらなるべく殺さず確保するから手伝って。」
クイズナー隊長か斥候班長さんにそう声を掛けてから前方に合流するようです。
「あ、レイナードくんは大人しく待機ね。」
チラッと振り返りながらの一言、どれだけ信用がないんでしょうか?
「フォーラス殿とコルステアくんはダンプラルドの様子を見ていて貰えるかな?」
アルティミアさんと一緒にこちらに合流していたフォーラスさんは既に呪詛に取り巻かれたダンプラルドを難しい顔をして見守っています。
コルステアくんも言われる間でもなくダンプラルドの心臓の魔石化を見守っているようです。
襲撃者はそれ程数は多くないようで直ぐに片付きそう、ということで、こちらもダンプラルドの様子を見ていることにしようと思います。
取り巻いた呪詛に目を凝らすと、外からの干渉を弾き、取り巻いた内部の腐敗を促す文言が読み取れます。
ということは、その内物凄い腐敗臭が漂ってくることになるのでは?
ということで、ずりっと後退ってみると、フォーラスさんとコルステアくん、こちらを見ていた様子のアルティミアさんに注目されたようです。
「レイナード殿?」
訝しげに問い掛けて来たフォーラスさんに引きつった笑みを返します。
「急速腐敗の呪詛がかかってるんですよ、遠からず臭って来ますよ?」
隠さず明かしてみると、3人は目を瞬かせたようです。
「それは、証拠隠滅を計りつつ、魔石の結晶化を早める為でしょうかね?」
フォーラスさんの分析に、嫌ぁな気持ちになってしまいました。
「あれ?っていうことは、あの人達まさかの回収班なんじゃ?」
「多分ね。生け捕りに出来れば良いけど。」
コルステアくんの言葉に従って皆んなの視線が前方の戦闘区域に向きました。




