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「太陽光を受けて魔力を放出する植物を品種改良してその魔力を魔法発動の動力源にする研究。それじゃこれに決まりな。」
タイナーさんとの話し合いの結果、お手伝いする研究のテーマが決まりました。
「しっかしこれは、結果が出るまで長いこと掛かるぞ? 長命種じゃないお前の身体じゃ実用が見れるようになるまで生きてられるか分からないけど、それでも良いのか?」
「良いですよ? そもそも私はタイナーさんの研究のお手伝いするだけですし。これを理由に、私は一生タイナーさんの弟子って名乗って良いんですよね?」
そもそもこちらとしては、大魔法使いタイナーさんを一生味方にしておける特典の方が重要ですから。
ネームバリュー活用させて貰って、保身の為に役立てる、完璧な計画ですね!
「んーなんかお前って、良い子ちゃんでお人好しなとこもあるけど、偶にこっそり企んでて腹黒いよな?」
「大丈夫です。タイナーさん程じゃないですから。人として生きる為に最低限確保しておきたい尊厳を守る為ですよ。」
贅沢したいとかイケメン侍らせて左うちわで暮らしたいとか、そんなことは考えてませんが、理不尽に踏み躙られるような人生は歩みたくありませんからね。
「はあ、そうかよ。まあそれは良いとして、王子様に今回のことで負い目を感じて一緒になろうっていうのはやめとけよ?」
唐突に変わった話題にえ?と驚きの目を向けてしまいます。
「俺の見立てでは、お前が王子様を憎からず思ってるのは間違いないと思うんだけどな。それこそあの魔力見のお嬢様が婚約者って聞いた時のお前の反応からもそれは間違いないんだろうな。」
そう分析してみせてから、タイナーさんはこちらに読みにくい視線をピタッと向けて来ました。
「でも、迷ってるんだろ? 後ろに立ってた同僚の男、王子との話しになった途端にお前相手に必死な顔し過ぎ、お前もお前で気にしてただろ?」
そんな細かいとこまで悟られていたとは、タイナーさん伊達に長く生きてないですね。
でも、そこは恥ずかしいので気付かなかったふりしてて欲しかったです。
「分からないんですよ。殿下だって私との話しの入り口は異世界人としても規格外の私を国として確保するのが目的の政略結婚の相手としてだったし。でも、今も完全にそれしかないのかっていうと、違うみたいだとは思うんですよ。ただ、何がどのくらいって聞いて確かめられるものでもないだろうし。でも、いざ何かがあった時に、何を優先してどういう結論をぶつけられるかの分からないっていうのは正直怖くて。」
上手く説明出来ないのですが、何処の立場にも属していないタイナーさんになら溢してもいい愚痴なんじゃないでしょうか。
「難しく考えてんなぁ。お前くらいの歳なら好きか嫌いかでつっ走って、色んなすれ違いは走りながら乗り越えて行けるもんじゃないのか?」
そう言われると言葉に詰まってしまいますね。
「そういうのは、10代までてすよ。まあレイナードさんはまだ19歳みたいですけど。本当の私は28だし。流石に10代の感覚では突っ走れないですよ。」
「ふうん? 俺にとっちゃどっちも変わらなく思えるけどな。まあ、良いんじゃないか? 元王子の恋人でも王子をフッて騎士と駆け落ちした挙句別れたんでも、俺のところに逃げ込んで来たら大魔法使いの弟子ってことで匿ってやるよ。」
無責任なくせに微妙に優しいお師匠様に、口元を苦くしました。
「どっちも失敗する前提って酷くないですか? 上手くいって忙しくて師匠のことは構ってあげられなくなるかもしれませんよ?」
「おう任せとけ、そんな薄情者には容赦なく借金の取り立てに行ってやるから安心しろ。大魔法使い様を舐めるなよ?」
とんでも発言を始めるタイナーさんには、それなのに心が温かくなってきます。
「あーあ。なんだか不本意だけど解ってきた気がします。殿下もそうなんですよね。ダメレイナードだった頃にも、任せろ何とかしてやるって言ってくれたんですよ。私、絶対そういうのに弱いんだと思います。前の私は、周りにそんなこと言ってくれる人はいなくて、私自身がしっかり頑張って、周りも面倒見て守らなきゃいけないんだと思ってたんです。」
そういうとこが可愛げがないとか思われてたんでしょうね。
「ん? 何だ俺に惚れたのか? それは困るぞ? 俺には歴とした内縁の奥さんがいるんだからな。」
「はい? 貴方には惚れてませんけど? それより良く嫁の来手がありましたよね?」
こちらも遠慮なくえぐっていくことにします。
「そう思うか? ホント良い女なんだ。エイミア一筋なんだよ俺は。」
そう奥さんの名前を呼んだタイナーさんに、え?と固まります。
タイナーさん確か、家政婦っぽいお婆さんをその名前で呼んでた気がします。
「あ、そうか。タイナーさん長命種でしたね。」
「そうそう。正式に結婚しようって何度も口説いたんだけどな、生きる時間が違うから俺を縛りたくないって頷いてくれなくてな。だから、俺もエイミアに捨てられないように彼女が生涯を閉じるまで今の外見年齢を保つべく努力中なんだ。」
そのドヤった宣言には、軽く身が引けてしまいます。
「えっと、何だろその間違った方向の努力って。」
「は?何言ってるんだ? 腹が出て禿げ散らかしたオヤジの姿なんか見せられないだろ? エイミアはこんな俺に一生を捧げてくれたんだ、だからせめて出会った頃のままの俺に惚れたまま一生を終えて欲しいんだ。」
それも愛の形の一つなんでしょうか?
ちょっとエイミアさんのご意見も聞いてみたいような気もしますが、まあそこはそおっとしておこうと思います。
「分かりました。殿下のことはちょっと良いなって思ってます。これは認めます。だから、大神殿で解呪してやるべき事をしてきてから、大手を振って殿下を探して助け出します。それから2人で話して、一緒に走り出しても良いか決めます。」
「ん、まあ頑張れな。」
どうにも無責任な相槌で返して来たタイナーさんと連れ立って、塔の階段を降りることになりました。
応接室の扉が見えるところまで降りたところで、少しだけ扉が開いていたようで中の声が漏れ聞こえて来ました。
「それじゃもしもの場合は、俺がレイカさんを連れて逃げますからね。」
「あくまでも、殿下が本当にダメだった時だけだ。」
「でも、本当にそこまでするような過激派が王太子殿下派閥にいるんですかね? 殿下がレイカちゃんを手に入れたら力の天秤が傾くって。あちらもマユリ様がいらっしゃる訳だし、それでレイカちゃんまで望むのは、欲張り過ぎじゃないですかね。」
ケインズさんクイズナー隊長、オンサーさんの会話が耳に入りましたが、どうも中身が不穏ですね。
「レイカさんは権力者にとっての便利な道具じゃない。」
更に昂った声で続くケインズさんの声に、思わず立ち止まってしまいました。
「こんな環境にいきなり落とされて、それなのに泣き言も言わずに第二騎士団に馴染もうと頑張って。本当は嫌なんだろう押し付けられた政略結婚にもちゃんと考えて結論を出そうとしてる。」
嬉しいやら恥ずかしいやらで俯けた顔を、隣からタイナーさんが覗き込んで来ます。
「女の子があんな呪詛を掛けられたのに、前向きに解呪することを考えて。魔物の出る街道を馬で旅するような危険で不快的な旅も頑張ってる。今だって、殿下が行方不明で物凄く不安な筈なのに、冷静に今するべき事を見極めようとしてる。」
ケインズさんの持ち上げ過ぎな評価には心苦しくなります。
「そうですね。確かに、そういうところはうら若い女性だとは思えない程の落ち着き振りだと思います。レイナード殿ではないレイカ殿がどういった人物だったのか大いに気になるところですが。今はそのお陰で助かっているのは事実です。」
フォーラスさんからはそんな慎重な評価が来て、逆にホッとしてしまいました。
「後は、レイカ殿がまだ隠していることがあるような気がするところでしょうか。」
これには口元が苦くなります。
「そして、それを隠している理由だね。裏切られると思っている訳ではないけど、この状況でも隠している理由を深読みしてしまいそうだからね。」
溜息混じりに続いたクイズナー隊長の言葉には、こちらも溜息が出そうになります。
「殿下から口止めされているからか、それとももう少し大きく王家がなのか。それとも、レイカくん自身が別の世界から来た人間だから、敢えて明かさずにいることの類なのか。」
これは、答えられない問いなので、聞かなかった事にした方が良さそうです。
くるりと踵を返したところで、タイナーさんがこちらを窺うような目でじっと見つめているのに気付きました。
それには知らん顔を決め込むことにして、階段を数歩静かに上がったところで、大きく息を吸い込みます。
「タイナーさん、そこまで惚気るなら、エイミアさん紹介して下さいよ! 昨日の至福のお茶も是非もう一杯頂きたいところですし!」
興奮している風を装ってそう大声で言い切ると、タイナーさんの呆れ顔が目に入りました。
「はあ? 何で俺がお前みたいな俺より顔の良い男をエイミアに紹介しなきゃいけないんだよ。絶対嫌だからな!」
そこはノリノリで話しを合わせてくれたタイナーさんに感謝です。
「それこそこの姿は呪詛の所為なんですから問題ないじゃないですか。」
言いながら扉を開けると、何とも残念そうなクイズナー隊長の視線が突き刺さるような気がしました。
「貴方がた2人でする研究でしたか?心配になって来ましたよ。くだらない方向に捻じ曲がっていきそうで。軌道修正役が必要そうですね。」
これには、物凄く不本意な顔をタイナーさんと見合わせることになりましたが、仕方ないのでこの誤解はそのまま流しておくことにしようと思います。




