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「しかし、ではあの3通の白紙の手紙は?」
噛み締めた歯の合間から絞り出すように問うクイズナー隊長にこちらも更に苦い顔になりつつ、チラッとこちらを気遣わしげに見上げるコルちゃんに視線を落としました。
「シルヴェイン王子が自分の意志で送って来たものじゃなかったんだと思います。コルちゃんは、私宛に飛んで来たアレに何か絡み付いてることに気付いて、それを還元魔法で解除したんじゃないかと思うんです。」
だから、部屋に入った途端目にしたコルちゃんが険しい目付きで紙を踏み締めていたんじゃないでしょうか。
「憶測で良い。何の呪詛が掛けられていたんだと思う?」
クイズナー隊長の問いに、荷物を引き寄せて紙を6枚取り出しました。
「ここからは本当に憶測ですよ? この紙には全て、元の持ち主のサヴィスティン王子の魔力が少しだけ残ってるんですよ。」
6枚を広げて見せた途端に、タイナーさんとアルティミアさんがはっと息を飲みました。
「成る程な、上手く出来てる。6枚揃うと捕まえたいあんたの居場所を知らせる狼煙を上げるか、もしくは魔力消費をあんた持ちに設定しておいて発動する転移魔法を組み込んだか。いずれにしろ、その聖獣様が綺麗に解除してしまった所為で事なきを得たが、何だったのかも分からなくなったな。」
そこは少しだけ残念ですが、発動していた場合のリスクを考えると、コルちゃんの行動には大絶賛ですね。
コルちゃんの頭を優しく撫でてあげました。
「転移魔法って、実現不可能なんじゃ?」
オンサーさんの呟きが思いの外大きく室内に通りました。
「魔法大国と言われるエダンミールなら、この国よりも魔法研究が進んでいる筈だわ。実用化されていないのが魔力消費の問題なら、レイカ様にその負担を担って貰えれば実用出来ると判断したのかもしれないわ。」
そう何処か悔しそうな口調で言うアルティミアさんに、クイズナー隊長とタイナーさんも頷いています。
「しかし、エダンミールのサヴィスティン王子が本当にそんなことをしていたとしたら、国際問題ですよ?」
眉を寄せたフォーラスさんが言う通り、そこなんですよね。
「あのですね。タイナーさん、この世界で国同士の戦争、国境紛争とか領土争いって、当然魔物や魔獣もいる世界で、どんな風に行われるものなんですか?」
ここは敢えてのタイナーさんに話しを振ってみると、タイナーさんはこちらを窺うようにじっとりと見つめ返してから口を開きました。
「なあ、異世界人っていうのは、皆んなあんたみたいに油断ならない人間ばっかりなのか?」
何故か全く関係ない話しを返して来るタイナーさんに目を瞬かせてしまいます。
「タイナー、王太子殿下の婚約者殿はごく普通の女の子だ。どうみても、レイカくんが特別仕様だと思うね。」
「・・・ひど。」
ボソッと涙目で呟いてやりましたが、お陰でかなり深刻な話しに痛んでいた胃の引き攣れが心無しマシになったかもしれません。
「この広い世界の中で人が安心して住めるのは、魔物よけ守護領域内だけだ。つまり、領土争いをするなら取りたい土地の守護の要を手堅く押さえた方の勝ちだということだな。」
タイナーさんが言いたくなさそうに口にした言葉に、やはりと苦い気持ちになりました。
「エダンミールが侵略戦争を始めようとしているということかしら?」
アルティミアさんが心配そうにそう口にしましたが、他の面々はうーんと唸って同意を見送ったようです。
「侵略戦争っていうのは、今の時代余り現実的とは言えないんだよ。昔々の人が住む場所が整備されていなかった時代ならまだしも、今は各所に街や村や集落があって、それ毎に守護の要が用意されている。しかも、その守りは厳重だ。となると、安全領域ではない場所を進軍して魔物や魔獣を討伐しつつ、守護領域で守られた無傷の敵と戦うことになる。それだけでも侵略者側は不利な上、守護の要を即行で探して押さえる必要がある。」
クイズナー隊長の説明に、タイナーさんが同意するように頷いています。
「そこまでして侵略出来たとしても、住民は元敵国の者達だ。自ら戦う技能を持つか護衛を雇う金のある者以外は生まれた土地を離れる事がないとしたら、守護領域が決まっている以上、集落にしろ街にしろ、大幅に住民を増やして規模を拡大出来る訳じゃないんだよ。」
その辺りは、この世界の固有ルールの一つなのでしょう。
「つまり、侵略した土地に纏まった人数の自国民を招き入れて元の住民を自国寄りに思想改革したりと言った水面下の活動もさせることが出来ない。という訳で、侵略したところで後が面倒になるばかりで旨みがない。だから、自国の民に犠牲を出してまでする価値はないという結論になる筈だよ? 少なくとも国単位での侵略が行われるとは考え難い。いくら強引なところがあるエダンミールでもね。」
というクイズナー隊長の話しを聞いて、何となく固まって来たような気がしました。
「そうですか。」
「つまり、エダンミールが君を欲しがっているのは間違いないだろうけど、王都で暗躍している恐らく魔王信者達は、それとは別口なんじゃないかと思うよ?」
クイズナー隊長の分析は確かに一理あるように見えますが、マユリさんから聞いたゲームのシナリオと照らし合わせてみると、どう考えても繋がっていそうな気がします。
が、やはり根拠については話せないので、ここは黙って引き下がろうと思います。
「でも、それではシルヴェイン王子殿下は、どちらに囚われていらっしゃるのかしら?」
困惑したようなアルティミアさんの言葉に、皆が難しい顔になりました。
「それは今のところは全力で捜索を続けてくれている筈の第二騎士団の者達に任せるしかないだろうね。」
冷静そうに言ったクイズナー隊長ですが、膝の上に真っ白に成る程握り込まれた拳が本当の気持ちを表しているようでした。
話しに一応の区切りが付いたところで、ヴァイレンさんがアルティミアさんに何か耳打ちしているようです。
「困ったわね。」
これからどうしようかというような相談事のようです。
そこから目を逸らしてこちらもクイズナー隊長に目を向けました。
「クイズナー隊長、今のところの状況確認がこれで終わったとして。私は何にしろ大神殿に行かなきゃいけないみたいです。けど、クイズナー隊長がどうするかは考え直して貰っても良いと思います。」
途端にクイズナー隊長が深々と溜息を吐いてから半眼になりました。
「レイカくん、君ね、当初どうして私が着いて行く事になったか覚えているのかな? 君がこの国にも殿下にとっても大事で絶対に守るべき存在だからだよね? それに、余りにも世間知らず過ぎるからだということを忘れたのかな?」
それを言われると痛いですが、何よりシルヴェイン王子が大事なクイズナー隊長に義務感だけでこちらに着いてもらうのは悪い気がしてしまいます。
「そうですけど。道案内はフォーラスさんがしてくれるし、護衛の皆さんやケインズさんとオンサーさんもいるし、魔法となればコルステアくんが何とかしてくれるだろうし。本当はシルヴェイン王子のことが心配で駆け付けたいんでしょう?」
これまた深い溜息が返って来ました。
「だから、殿下のことは今から駆け付けてもどの道手遅れだ。新たな報告が入るまでは出来ることはない。それに、何度も言うけど、私は殿下から特別にと任された使命を投げ出すつもりはない。」
はっきりと言い切られた言葉に、それでも口を尖らせてしまいます。
「でも、殿下の側には殿下だけに忠実な信用出来る人がちゃんと付いてたんですか? 今の捜索にもその人ちゃんと加わってますか?」
「・・・君は本当に、時々困った子だね。平穏に長生きしたいなら、気付いた事を何でも口にするのは止めるようにしなさい。」
これでも発言のタイミングと居合わせたメンバーには気を付けてるつもりなんですが、クイズナー隊長には危うく見えるようですね。
「はあい。そですね。てことは、今日一杯待って事態に進展がなければ予定通り出発ってことで良いですか?」
仕方なく纏めた言葉に、旅仲間の皆が頷き返しました。




