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魔石を用いた秘匿契約魔法というのは、契約を取り交わす際、両名の魔力を少量用いるそうですが、破られた時のペナルティをその魔力の持ち主に課すという仕組みのようです。
今回の秘匿契約は、王家とアルティミアさん、王家とヴァイレンさんが交わすことになるのだそうで、王家側の魔力を塔の魔法使いが代理で魔石に込めてあるそうです。
この契約をアルティミアさんやヴァイレンさん側が破った場合のペナルティは、2人の魔力が凍結される。
つまり、使用に大幅制限が掛かることになるそうです。
王家側が秘匿の必要性を失った場合、魔石を壊す事によって契約は解除されるようです。
そんな訳で、コルステアくん主導で始まった秘匿契約魔法ですが、特に何の問題もなく一瞬で終了したようでした。
良く目を凝らして見てみると、魔石の中に契約の担保という意味合いの呪文の文字が浮かび上がって、その文字の内側に2人の魔力が少量閉じ込められているのが見えました。
「ふうん。面白い仕組みだよね。」
そんな言葉を溢しつつその魔石を覗き込んでいると、コルステアくんに嫌そうな顔をされました。
「何が見えるわけ?」
半ば諦めたような問い掛けに、しまったと思いましたが徐にニコニコしながら寄って来たタイナーさんと呆れ顔のクイズナー隊長に、こちらも開き直ることにしました。
「えっとですね。魔石の中に刻まれた呪文に囲まれるみたいに、アルティミアさんの透き通ったオレンジ色寄りな薄紅色?の魔力とヴァイレンさんの透明と黄緑色のマーブルみたいな魔力?が閉じ込められてるんですよ。綺麗ですよ?」
「へぇ〜。」
タイナーさんがジッとコルステアくんの手元を覗き込んで目を凝らしていますが、暫くすると小首を傾げるような仕草をしました。
「うーん。頑張っても俺には見えないけどな。あんただけが持ってる特殊能力の一種なんだろうな。」
「だから、そういうこと垂れ流さないって言ってるでしょ?」
コルステアくんからすかさずお叱りが来ました。
「はあい。でも不思議なんだけど、アルティミアさん自身を見ても、アルティミアさんが持ってる魔力は見えないんだよね。」
「はあ、成る程。何らかの干渉があってその人自身から離れた魔力や魔法変換されて使われた魔力を見えるってことなのかもしれないな。」
タイナーさんの解説にそんなこともあるのかと納得してしまいました。
「ま、要は。あんたがかなり規格外な存在になってるってことだな。元のより。」
オリジナルレイナードよりってことでしょうか。
良いような悪いような微妙な気分になりますね。
「さて、契約は間違いなく働いているようだから、話しを進めようか。」
クイズナー隊長が微妙な顔付きをしつつも、その話題に一区切り付けることにしたようです。
「まずは自己紹介から行こう。私は第二騎士団の隊長を務めるクイズナーだ。」
そういえば、クイズナー隊長がフルネームを名乗るところを聞いたことがありません。
苗字を持っているのは貴族だけとか決まってるんでしょうか。
「我々は王都を出て大神殿へ向かっていますが、途中でこの街へ寄ったのはタイナーに会う為ですね。私は一時期彼の元で魔法を学んだことがあって、旅の途中で持ち上がった問題に対する助言を貰う為でした。」
丁寧に濁しまくりつつ説明を始めたクイズナー隊長に、アルティミアさんは少しだけ眉を寄せたようでした。
「クイズナー、そんな怒らなくてもいいだろう? ちょっと弟子のつもりはなかったって言っただけじゃないか。そもそもクイズナーのことは従弟だと思ってたし、俺の部屋で勝手に魔法書読んで勉強してるからちょっと躓いてるところだけ片手間に教えてやったこととかあるけど、基本お前独学で魔法習得してただろう?」
それはそれでクイズナー隊長凄いってお話しですね。
「そういうのが世間一般では師弟関係って言うんだと思いますけどね。まあ、貴方に世間一般感覚を当てはめようとした私が間違ってましたね。」
冷たい言葉で遮ったクイズナー隊長、話しを元に戻すようです。
「このところ、王都で密かに怪しげな魔法実験が行われているようで、その被害者と思しき者を見つけたので、それに対する助言を貰うつもりだったのです。」
それを聞いたアルティミアさんの表情が改まって真面目な懸念の滲むようなものに変わりました。
「やはり、王都でもそのような事が。」
「逆に、王都以外でも何事か起こっているということですね?」
すかさず問い返したクイズナー隊長に、アルティミアさんが神妙な顔で頷き返しました。
「おかしな動きをする魔物が出ていますの。本来の生活圏ではない場所で人を襲うようになったり、まるで操られているような動きをするものがいたりと、この秋口もいつもの年とは様子が違って。だから、いつもよりも少しだけ早い時期に第二騎士団が出てシルヴェイン王子殿下が現場に向かわれたのだと思っていました。」
途端に僅かに顔を顰めたクイズナー隊長、そんな裏話を知っていたのでしょうか。
「殿下がそこまで把握された上での討伐隊の派遣だったのかは分かりませんが、確かに王都近郊で暫く前に討伐した魔物も少々動きがおかしかったですね。」
言ってチラッと後ろに控えるケインズさんに目を向けたクイズナー隊長。
ケインズさんが瀕死の重傷を負った時討伐した魔物のことでしょうか。
「魔物を操る、か。なあ坊ちゃん、あんたはどう思う?」
と、タイナーさんがいきなりこちらに話しを振ってきたのには驚きです。
「え? それは、モラルとか取っ払うなら、カランジュを見る限り使える完成品が出来上がってても不思議じゃないなとは思いますけど。」
「だが、あれを見る限り、相当な供給源がなきゃ実現しないんじゃないのか?」
「ああ、それね〜。」
タイナーさんと会話を続けつつ、物凄く嫌な気分になって来ました。
「それはね、強制的に人から魔力を取り出す実験も繰り返してるみたいじゃないですか。やっぱ答えはそこに戻るんですよね。この際、はっきり言っときますけど、黒幕さんが当初目論んでた魔力の供給源って間違いなく私だと思うんですよ。」
この告白には、部屋中の空気が凍り付きました。
「キュウッ」
抱っこ紐から顔を覗かせたコルちゃんがつぶらな瞳を少しだけ潤ませつつ横頭を擦り寄せて来ます。
慰めてくれているのかもしれません。
「レ、レイカくん。そろそろ隠してることを全部話してくれるよね?」
クイズナー隊長のそれは苦々しい要求が入って、乾いた笑いを返してしまいました。
「全部、話せるのはシルヴェイン王子に対してだけにした方が良いと思ってたんですよ。話しの行き着く先が先だけに。」
「本当に、怖いよ君は。」
このクイズナー隊長の苦い呟きにはこちらも苦い顔になります。
「だから、最初から言ってるじゃないですか、この身体に入ることになってから、私には監視誘導役がいるんだって。それは何処から派遣されて来てると思うんですか? やろうと思えば世界の崩壊も目指せるような魔力を蓄積出来るこの身体は、それだけでトラブルの元なんですって。」
どう続けるか迷って言葉を切ったところで、アルティミアさんが向かいの席から小さく手を上げました。
「ところで、わたくし貴方のことを伺っても宜しいのかしら?」
ここまで来て話さない訳にもいかないでしょう、と言う訳でクイズナー隊長に目を向けると、渋々というように頷き返されました。
取り敢えずということで、フードに手を掛けてフワリと後ろに落とします。
と、当然アルティミアさんがご存知の無駄にイケメンなレイナードの顔が見えることになる訳で、目を大きくしてから戸惑うように泳がせるアルティミアさんにはさっさと事情説明をすることにしました。
「初めましてアルティミアさん。レイナード・セリダインさんと禁呪によって中身の入れ替えをされた異世界人のレイカです。今はランバスティス伯爵家と王家から許可されて、レイカルディナ・セリダインと名乗ってその戸籍も用意して貰っています。どうぞ宜しくお見知り置き下さいませ。」
混乱の極みという様子のアルティミアさんとヴァイレンさんに気の毒そうな目を向けているのはフォーラスさんとオンサーさんでした。




