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タイナーさんが応接室に連れて入ったのは、アルティミアさんと護衛の人が1人でした。
この護衛さん、道端で出会った時もアルティミアさんの側で色々常識的に突っ込んでた人ですね。
「改めて自己紹介させて頂きますわ。わたくしキースカルク侯爵家のアルティミア・マスカルドと申します。この度は、大魔法使いタイナー様に最近巷で起こっている様々な怪事件について、ご意見を伺う為に訪ねて参りました。」
丁寧に繰り返された自己紹介と訪問目的について、タイナーさんを窺ってみますが、特に顔付きや顔色が変わる訳でもなく、淡々と聞いているようです。
「ふうん? 怪事件か。魔力見のアルティミア姫がわざわざ秋口にラフィツリタへやって来る程の?」
タイナーさんが面白がるような声音で返しています。
曲者感が半端ないですが、長く生きてるだけあって、そういう人を食った性格なのでしょう。
「ええ。領地でもおかしな事が起こり始めていますし。第一、ここへタイナー様を訪ねて来られたのはわたくしだけじゃないのですもの。」
そう言って、アルティミアさんが早速こちらに視線を寄越してきました。
それにはクイズナー隊長が少しだけ身を乗り出して、アルティミアさんからの視線を遮ってくれます。
「アルティミア嬢。これから少々込み入った話しをすることになりそうだから、護衛の彼は部屋の外で待機してもらえないだろうか? そして貴女には魔法契約を結んで秘匿事項の遵守に努めて貰いたい。」
タイナーさんと同じく、アルティミアさんには色々隠し切れないんじゃないかとは思いますが、中々に厳しい要求ですね。
途端にアルティミアさんの後ろに控えていた護衛さんが険しい顔で前に出ました。
「それは余りに酷い要求ではないか? 私は旦那様よりお嬢様の側を離れず何を置いてもお守りするように言われている。お側を離れる訳にはいかない。」
硬い口調の護衛さんは、お嬢様の家に仕える騎士さんでしょうか。
「では、アルティミア姫にはこのままお帰り願おうか。」
クイズナー隊長は取り付く島もない返しをしています。
「待って、ヴァイレン。」
アルティミアさんが護衛さんに声を掛けてから、改めてクイズナー隊長に目を向けました。
「それ程の秘匿事項が隠れているということですのね? 貴方はシルヴェイン王子殿下の密命で動いていらっしゃる。つまり、後ろには王家が絡んでいるのね。それなら、そのくらいの要求はされても仕方ないのかもしれませんわね。ただ、これでもわたくしシルヴェイン王子殿下の婚約者候補の1人でもありますし、わたくし自身魔力見の力でこの国に貢献してきた身ですもの。少しは信用して頂きたかったわ。」
その発言に、ふとこの旅に出る前シルヴェイン王子の宮に間借りしていた時に、ランフォードさんから見せられたシルヴェイン王子の婚約者候補一覧が頭に浮かびました。
言われてみると、確かにアルティミア・マスカルドさんの名前を目にしたような気がします。
王家にとってイレギュラー出現のレイカのような存在が出て来なければ、確かに魔力見の姫と呼ばれるアルティミアさんは王子の嫁に相応しい人物だったのでしょう。
微妙な気分になっていると、クイズナー隊長がこちらを気にするようにチラッと視線を向けて来ました。
「貴女は元はと言えばアーティフォート王太子殿下の婚約者候補でもあったお方だ。王太子殿下にマユリ様が決まってから、ではシルヴェイン王子殿下とというお話しに流れたのではありませんでしたか?」
これにも納得ですね。
「あら、わたくしが元は王太子殿下の婚約者候補だったから、シルヴェイン王子殿下の直属の部下の貴方としては、わたくしが信用出来ないとおっしゃるのかしら?」
これは、かなり微妙な話しなのではないでしょうか。
そういえば、王宮では王太子派とシルヴェイン王子派で派閥があるような話しを聞いた気がします。
貴族家の関係図が分からないので、口を挟めないお話しですね。
「信用出来る出来ないの話しではなく、貴女の仰る通り王家の秘匿事項に触れるなら、ただの婚約者候補がそれを盾にそういう要求をすることは出来ないと申し上げているのですよ。」
話しを纏めたクイズナー隊長に、アルティミアさんは考えるような顔になりました。
そして後ろに立つ護衛のヴァイレンさんは苦い顔です。
「クイズナー隊長。アルティミアさんとは情報交換した方が良いと思います。そちらのヴァイレンさんにも秘匿の魔法契約して貰えば良いじゃないですか。」
敢えて隊長と呼び掛けてそう話しを振ってみると、これまた物凄く苦い顔で睨み返されました。
「黙っていなさいと言った筈ですが? どうして君は絶妙のタイミングで要らないことを言えるんですか?」
クイズナー隊長からそれは苦々しい口調で当てこすられますが、負けませんよ?
「だってこのままじゃ話しが進まないでしょう? 今は一瞬たりとも時間を無駄にしたくない状況じゃないですか。」
そう真っ向から返してみると、チラッと覗いたタイナーさんが面白そうな顔になっています。
「クイズナー殿、残念ながらこれは一理あるお話しですよ。アルティミア姫には秘匿契約を結んで頂いてから、協力を願った方が良いのでは?」
フォーラスさんが味方してくれたのは意外でしたが、これにはクイズナー隊長が渋々反論を控えたようです。
「では、その条件ならばそちらは飲まれるか?」
仕方なく採用する方向で話し始めたクイズナー隊長でしたが、その話しを向けられたアルティミアさんとヴァイレンさんは驚いたような顔でこちらを見ています。
その視線に落ち着かなくて身動ぎすると、はっと我に返った様子のアルティミアさんがクイズナー隊長に目を向けました。
「驚きましたわ。第二騎士団の隊長をお務めでいらっしゃいますのね? 秘匿契約を交わせば、彼の被り物の下の顔も、正体もお名前も教えて頂けるのかしら?」
アルティミアさんの関心が何故またこちらに向いたのかはわかりませんが、これは明かすしかないですよね?
「そこまで気になりますか?」
苦い口調で返すクイズナー隊長ですが、秘匿契約を交わすなら明かしても問題ないのではないでしょうか。
ただ、包み隠さず話すとなると、実はシルヴェイン王子の婚約者候補のアルティミアさんを複雑な気分にさせてしまうかもしれません。
「それはそうだわ。彼の有り得ない程多い魔力量、以前お見掛けしたことがあるとあるお方に匹敵します。でもその方はまだ魔力を魔法に変換出来ていなくて。でも明らかに魔力の質が違って、彼の魔力は見た事もない程本当に綺麗なんです。」
熱弁してくれたアルティミアさんに、思わず顔が引きつってしまいました。
と、隣に座っていたコルステアくんが荷物から魔石を一つ取り出しました。
「隠し切れないよ。この人、僕やクイズナー殿よりも正確に魔力を見てるみたいだから。」
そう口を挟んだコルステアくんに、アルティミアさんがまた驚いた顔になりました。
「まあ。先程は彼やクイズナー様の魔力に気を取られていて気付かなかったけれど、貴方ランバスティス伯爵家のコルステア様ではございませんの?」
王太子やシルヴェイン王子の婚約者候補だったということは、コルステアくんや元のレイナードに会ったことがあっても不思議ではありません。
「ではあの方、レイナード様の弟君でいらっしゃいますのね?」
「そうですね。」
不本意そうに言葉少なに答えたコルステアくんは、こちらにチラリと視線を投げました。
「さて、アルティミア姫、どうなさいますか?」
話しづらい方向に話題が向かって来たところで、クイズナー隊長が結論を促す言葉を口にしました。
アルティミアさんとヴァイレンさんが顔を見交わしてから、クイズナー隊長に向き直ったアルティミアさんが頷き返しました。
「やむを得ませんわ。ヴァイレンと共に秘匿契約魔法を交わします。わたくしにもシルヴェイン王子殿下のお手伝いをさせて下さいませ。」
真っ直ぐに返して来たアルティミアさんの言葉の中身にはやはり複雑な気持ちになってしまいましたが、漸く話しは決まりました。




