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タイナーさんの塔には、研究目的と保全の為に、様々な過去の時代の魔道具が保管されているそうです。
その一つ、遠距離通信の魔道具を昨日は使ってみようという話しになって盛り上がっていたのですが。
そのタイミングでのシルヴェイン王子失踪の連絡に、それどころではない事態になったと、帰るギリギリまで伝紙鳥をばら撒く騒ぎに発展していました。
その返信についてなど、塔に入ってからしばらくはそんな確認作業に追われていたのですが、身のある追加情報は何処からも上がって来ませんでした。
「ここまで来ると、誰かに囚われているのではないかと疑惑が湧きますね。」
クイズナー隊長がタイナーさんに向けてそんな話しをし始めていて、やはりそうかと重苦しい空気になってしまいました。
当日の討伐隊での状況報告によると、そもそも昨日の昼下がり、討伐要請のあった街を目前にして、討伐隊の横合いから魔獣が襲撃して来たそうです。
偶々突っ込んだ先にいたシルヴェイン王子の直轄隊と即時戦闘に突入したわけですが、広範囲魔法攻撃を繰り出す魔獣だった為、前後の他の隊も回り込んで魔獣を包囲し、時間を掛けての討伐になったのだそうです。
魔獣討伐の為に先入りして待機していた第5騎士団も駆け付けて、討伐自体は夕暮れ前には完了したそうですが、その時にはもう既にシルヴェイン王子の所在が確認出来ない状態になっていたとのことでした。
今日になって、詳しい状況を書き綴ってきたトイトニー隊長も焦りを馴染ませた文体になっていました。
夜半まで騎士団総出で行われた捜索でも行方は分からず、一旦捜索を打ち切ってから、日の出と共に凡ゆる最悪の可能性も視野に入れて再開された捜索でも、今のところ生死も含め、全く所在の手掛かりがないのだそうです。
襲撃があった当初側にいた直轄隊の者達には死傷者や重症者が多く、襲撃当初の事を聞ける者が居ないことから、生存を疑問視する声も上がり始めていたのですが、今朝になってシルヴェイン王子の愛馬が現場付近を彷徨いているのが発見された為、捜索がまた振り出しに戻ったということでした。
「クイズナー、仮にだがその子の保護者の王子様に何かあった場合、その子の身柄はどうなる?」
タイナーさんが考えないようにしていた話題に触れて、胃が痛くなって来ました。
「レイナードくんは、元々ランバスティス伯爵家の次男坊だから、伯爵の保護下に入ることになるだろうね。」
「成る程な。第二王子殿下の後ろ盾を失えば、幾ら財務次官とはいえ一伯爵の子ということになる。今までのように自由は利かなくなるだろうな。」
ただでさえシルヴェイン王子の安否に動揺しているところに、付随するその辺りの問題を意識し出すと、身動きさえ取れなくなりそうです。
「ちょっと! おにー様の前で今そういう話し止めてくれる? まだ白黒はっきりしてないんだから。」
遮ってくれたコルステアくんですが、タイナーさんの口にした懸念は全く否定しませんでした。
ある意味この状況、詰みに近いんじゃないでしょうか?
これまでも散々シルヴェイン王子のことを一番頼りになる命綱なんて呼んでいましたが、冗談ではなくその通りだったようです。
「クイズナー隊長! やっぱり呪詛のことは後回しでシルヴェイン王子探しに行っちゃダメですか?」
何度もダメ出しされていますが、やはり言わずにはいられませんでした。
「だから、何度も言っている筈だけど、今から向かったところで現場に辿り着くまで時間が掛かりすぎて無意味にしかならない。」
それよりも、こちらの問題をすっかり片付けて身動きが取れるようになっておいた方が良い。
言いたい事は分かるし、正論だと思うのですが、もどかしくて堪らない気持ちになります。
「まあ慰めになるかどうかは分からないが、俺の勘では王子様はまだ無事だ。馬のことと、あんたに送られて来た白紙の伝紙鳥。何かの陰謀に巻き込まれてる可能性が高いと思うな。ってことは、あんたは自分の問題を片付ける方が先だってことだ。それさえ片付けば、無尽蔵な魔力持ちのあんたはある意味無敵だろ?」
タイナーさんの言葉には頷く他ありません。
とそんなどうしようもない空気の中で、応接室の外から声が掛かりました。
「タイナー様? 押しの強いお客様が見えてますよ? どうしましょうか?」
「ああ、おいでになったかな? 魔力見のアルティミア姫だろう?」
「はあ、貴族風のお嬢様が確かそんな風に名乗ってましたかねぇ。」
そんな何処か惚けたようなやり取りを経て、タイナーさんがアルティミアさんを迎えに部屋を出て行きました。
「レイカくん。君の立場がますます難しくなって来たのは分かるね? とにかくこれからはもっと慎重に、目立たないように僕の後ろに隠れていなさい。万が一があっても、その方が世に紛れ易い。それだけは絶対に忘れないこと。」
クイズナー隊長が今ここで釘を刺して来た意味を理解しない訳にはいきませんね。
「分かりました。今は大人しくしておきます。一気逆転の時が来るまで。」
「まあ、その機会がやって来るならね。それがなくて不本意な鎖を付けられる事になるなら、身の振り方を真剣に見直してみるのも手かもしれないね。どの道、それまでは精々無害なフリをしておきなさい。」
真面目な顔でそんなことを言い出したクイズナー隊長に驚きの目を向けると、隣でコルステアくんが不本意そうな溜息を吐いています。
「おやおや、これは私としては聞かなかったことにしておこうかな。」
フォーラスさんも微かな笑みと共にそう言ってくれて、チラッと見たケインズさんが小さく頷き、オンサーさんも目を逸らしてくれています。
旅仲間の皆さんからは、もうすっかりレイカ個人として気遣って貰える間柄になっていたようです。
万が一シルヴェイン王子からの後ろ盾が無くなる事があったとして、国家からランバスティス伯爵が拒否出来ないような不本意な結婚を押し付けられたり束縛するような契約を無理やり結ばされるような事になったら、国外逃亡することも考えてみたら良い、という意味ですね。
この塔に来るまで知りませんでしたが、タイナーさんとの話しを聞いた感じだと、長命種のクイズナー隊長は元々シルヴェイン王子を気に入って魔法を教えた先生だったんでしょう。
シルヴェイン王子が第二騎士団を率いることになったから、クイズナー隊長も入隊して隊長職を引き受ける事にした。
第二騎士団でクイズナー隊長は他の隊長達とは違って、シルヴェイン王子個人に仕えているんじゃないかと思った事がありましたが、やはり間違いではなかったようです。
だから、この旅に付けてくれたのもクイズナー隊長だったわけで。
ただ、そう知ってしまうと申し訳ない気持ちで一杯になってしまいました。
「クイズナー隊長。何だか済みませんでした。」
ポツリとそう漏らしてしまうと、えっと皆の視線がこちらに来ました。
「こんな事になって、本当はクイズナー隊長こそ殿下の側に居られなかった事を悔しく思ってただろうし。誰よりも真っ先に駆け付けたい気持ちでいると思うのに。私のこと優先してくれて、有難うございます。わがまま言って済みませんでした。」
そうきちんと頭を下げて謝ると、クイズナー隊長が失笑したような声を立てました。
「君の所為ではないから気にしなくて良いですよ。後悔したところでどうしようもないことというのは幾らでもあるものですよ。今は少しでも事態が好転するように出来る事をしておくしかないからね。」
そう優しい言葉が返ってきて、更に頭が下がるような気持ちになりました。




