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「おにー様、大丈夫なの?」
一度宿に戻ったところで、コルステアくんに問われましたが、何に対しての大丈夫か分からなかったので、緩く首を傾げてしまいました。
「だから、さっきの毛糸玉とのこと。魔力をぶつけるか解呪するかしたんでしょ? 顔色、悪かったよ?」
確かに、アルティミアさんに微かに移っていた残滓を見ただけでゾッとしたような代物で、ご本体が伸ばして来た手には本気で生理的な嫌悪感を覚えました。
しかも躊躇うことなく真っ直ぐこちらに向かって来たあれは、確実に狙ってこちらに向けられた悪意だったと思います。
「宣戦布告、みたいだったよね。」
そうポツリと漏らすと、途端にコルステアくんが顰めっ面になりました。
「心当たりでもあるわけ?」
むすっとした口調で訊いてくるコルステアくんにどうしようかと思いつつへらりと笑い返します。
「うーんと、あるようなないような? ごめんねコルステアくん。お兄ちゃんからこの身体を引き継いでから、なるべく大人しくフラグ折って来たつもりだったけど、あんまり状況が良くないかも。」
苦い口調で漏らしてみると、コルステアくんの眉が更に寄りました。
「どういうこと? おねー様、何を知ってて隠してるの?」
当然そう聞き返してくるコルステアくんに、こちらも困った笑みを返しました。
「あのね。詳しく全部は言えないんだけど、ここには絶対に崩れることのない一つのシナリオがあって、その通りに進んでるんだけど、大筋が通れば多少の細かい途中経過とかシナリオの外側の設定は変えられるみたいなんだよね。」
「は?」
訝しそうな声を上げたコルステアくんの気持ちも分かります。
いきなり前置きなしにそんな事を言われても信じられる筈がありませんからね。
「詳しくは言えないんだけど、そこが絶対条件として存在するのよ。レイナードさんは元の役割から外れる為に、私と入れ替わろうとしたんだけど、レイナードさん自身が消えた扱いにならないから、シナリオの大筋に影響がないとみなされて、入れ替わり自体は実現出来たみたいなのね?」
この際なので、家族のコルステアくんになら出来そうなそもそもの話しから始めることにしました。
「それで私はこれまで、レイナードさんとして向かっちゃいけない方向から逃げるように過ごして来たんだよね。」
「それって、魔王化の話し?」
「そうそう。」
マユリさんから聞き取り調査した結果、レイナードルート以外、特にアーティフォート王太子ルートでは、レイナードは魔王としてラスボス化するんですが、これはレイカに入れ替わった所為で防げるだろうとこれまで思って来た訳です。
が、もしかしたら語られなかっただけで、レイナードルート以外の全てのルートでレイナードは魔王化していたんじゃないかと疑惑が浮かびました。
ゲームではそれぞれのルートでそれぞれの攻略対象者の身近に起こった事件を乗り越えていく訳ですが、どれも王都に不穏な事件が起こっていて、という前提条件があったんじゃないかと思うんです。
残念なのは、そのゲームを実際にプレイしたことがないので、こちらとしてはその検証をしようがないということですね。
マユリさんからもっと詳しく聞き取り調査をする必要があるかもしれませんが、マユリさんもアーティフォート王太子ルート以外のシナリオがぼんやりとしだして思い出せなくなってきていると言っていたので、今現在聞き取り可能なのかも分かりません。
「あいつは、魔王化して何をする事になってたの?」
「それはね、王都で起こってる全ての怪事件の黒幕だったってことになって最後は退治されるんだけどね。」
そうほろ苦い笑みを浮かべて言ってみせると、コルステアくんが眉を寄せて首を傾げました。
「でもね、それって可笑しいでしょ? つまり、全て彼の所為にして逃れた本当の黒幕がいた筈なんだよね。その黒幕からすれば、罪を擦りつける私が役割を果たさないのは困る訳ですよ。」
「だから、おねー様に宣戦布告??」
「ま、ここから何が起こるか分からないってこと。敵も一枚岩とは限らないし、色々な方向から仕掛けて来るかもしれなくて、読み切れないんだよね。」
と、冷静に聞こえるように話していますが、本当ならシルヴェイン王子に泣きついてマユリさんや王太子とも相談しつつ対策会議したいところです。
物語のキーはマユリさんで間違いないので、彼女のシナリオを完遂しつつこちらも無事に済む方法を模索する必要があると思うんです。
にも関わらず今の現状、神様的存在から掛かっているシナリオ補正効果なのか、とにかくこちらも慎重に裏をかきつつ行動する必要があります。
と、徐に近付いて来たコルステアくんが手を伸ばしてこちらの頭をナデナデ、している割にはむすっとした表情ですが、照れ隠しでしょうね。
優しい弟です。
「その黒幕、はっきりしたら教えてよ? 完全結界の中に閉じ込めて、灼熱の業火で消し炭にしてから、領地まで飛ばして馬糞と一緒に肥やしにしてあげるから。」
「・・・道のり、長・・・。」
間違いなくランバスティス伯爵家の皆さんの合作肥料になりそうです。
しかも、死者の恨み的な呪いもねじ伏せて、とっても良い腐葉土の元にされそうですね。
ご冥福を祈りたいと思います。
「ありがと。何か元気出て来た。」
そんな和やかな空気になって来たところで、ノックの音が聞こえて来ました。
「レイナードくん、まだかな?」
クイズナー隊長の呼び掛けに慌てて扉に向かいます。
開けた扉の向こうでは、護衛の皆さん達を抜いた4人が硬い表情のまま待っていました。
「取り敢えず、タイナーの塔へ向かうことになったから。魔力見の姫とは、ある程度の情報交換が必要だろうと思うが、向こうに渡す情報は僕が決めるから、勝手に口を挟まないように。いいね?レイナードくん?」
ここでいつも通り入るレイナード限定注意勧告、何とかならないんでしょうか?
「はーい。」
もはや無の境地で返事をして、部屋の外に出ました。
並んで移動しだしたところで、さり気なくというように隣に並んだケインズさんがこちらに気遣わしげな目を向けてくれています。
「レイナード大丈夫?」
眉下がりに問い掛けが来て、そんなに顔に出ているかと苦い笑みを返してしまいました。
「大丈夫ですよ? ただ、色々考えなきゃなって思うだけで。」
そう答えておくと、ケインズさんはますます心配そうな顔になってしまったようです。
「余り無理しないで、俺に出来る事があったら言って。」
優しさ全開のケインズさんの言葉にはいつもながら感謝です。
何だかんだと案じてくれる皆さんと一緒に旅を続けることが出来る現状は恵まれていると言うべきでしょう。
それとは裏腹に、そんな旅路を用意してくれたシルヴェイン王子の方が退っ引きならない状態に陥っているかもしれなくて、それなのに助けに向かうことも出来ないというのはもどかしい話しです。
とにかく今は、少しでも情報収集に務めながら、無事を信じて祈りつつ出来ることを模索するしかありませんね。




