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魔力見のアルティミア姫とクイズナー隊長が呼んだキースカルク侯爵家のお嬢様ですが、年齢はレイナードと同じくらいでしょうか。
お付きの人にお嬢様と呼ばれていたのでまだ未婚なのでしょうが、それならもう少し歳下なのかもしれませんね。
お手入れの行き届いた艶々ふわふわの金髪は後ろで緩めに結われていて、イキイキと輝くような瞳の色は赤みの強い透き通った紅茶色です。
女性の標準よりやや背は高いほうでしょうか。
鼻筋が通った少し硬質な、どちらかと言うと綺麗系寄りな美人さんです。
比べると女性化したレイナードはやや可愛い系に振れているので、並ぶとタイプの違う美少女として鑑賞出来るんじゃないでしょうか。
「このところ各地で起こっている異変というの?怪事件というべきかしら。わたくしはそれについてご意見を伺いたくてタイナー様を訪ねてきたのですわ。」
と、先程までとは打って変わって真面目な話しを始めたアルティミアさんをコルステアくんの背中からチラッと覗き見ます。
「・・・それは、どのような?」
慎重に聞き出そうとし始めたクイズナー隊長に、アルティミアさんはにこりと微笑みました。
「こんな街の手前ではなくて、街に入ってからゆっくりお話ししませんこと?」
「お嬢様! そちら様にもご都合があるのでは?」
すかさず後ろから護衛さんが声を掛けているようです。
「あら、失礼ながらこちらの皆様を拝見してただの休暇中のご旅行だなんて思えませんわ。討伐に向かっておられるはずの第二王子殿下の騎士団からこれ程の魔力持ちの方達が離れているなんて、何かあったに違いありませんもの。」
このアルティミアさんのかなり鋭い見立てには、クイズナー隊長も険しい顔になってしまっています。
「お嬢様! またそんなことを声高に指摘して、国家機密にでも触れていたらどうするつもりなんですか!」
アルティミアさん、中々の思い切った性格の方のようです。
護衛さんが振り回されてて大変そうですね。
まあ、人のことは言えないかもしれませんが。
「きっと、もうそんな事を言っている場合ではない事態が起こっているのよ。」
そんな言い争いを黙って聞いていたクイズナー隊長ですが、ふうと溜息を吐いたようです。
「流石魔力見の姫君ですね。色々とご存知のようだ。大魔法使いタイナーが貴女を招き入れるのなら、少しお話しする時間を取りましょうか。」
これにはアルティミアさんと護衛右代表さんが驚きの目でクイズナー隊長を見返しています。
クイズナー隊長をシルヴェイン王子からお使いに出された一騎士だと思っていたのかもしれません。
クイズナー隊長は、第二騎士団一の魔法の使い手で隊長でもある人ですからね。
その上、長命種っていう普通の人間とは違う特殊な種族だったみたいですし。
侮っちゃダメですよホントこの方。
ただ、片付けだけは壊滅的に出来ない人みたいですけど。
「・・・分かったわ。それではタイナー様のお宅でまた是非お会いしましょう?」
それでも素直に引き下がったアルティミアさん、空気読んで的確な判断が出来る人なんでしょうね。
そんなやり取りをコソッとコルステアくんの後ろから覗いていた訳ですが、ふとこちらを見たアルティミアさんと目が合ってしまいました。
と途端に背筋をゾワっと気持ち悪い何かが這い上がったような感覚が来て、無意識に目を凝らした先で開いたままの馬車の扉の中からスルッと真っ黒な、手の平のようなものが飛び出して来ます。
「ちょ!」
『我が君!』
生理的な忌避感から出た声に指人形の切羽詰まった声が被ります。
「何あれ!」
『拡がる前に魔力をぶつけて!』
辛うじて耳に入った指人形の言葉に従って嫌悪感もそのままに魔力を集めて蠢くように伸びて来る手に真っ直ぐぶつけます。
その先端が接触したと思った途端、ガッツリと魔力を持っていかれる感覚が来ました。
が、直ぐに真っ黒い手は宙に解けたように形を失って消えてしまいました。
「あら? どうして勝手に転がり出て来たのかしら。」
そんなアルティミアさんの呑気な声が聞こえて、馬車から転がり出て来た毛糸の玉を拾い上げています。
「おにー様?」
コルステアくんが小声で呟いてこちらを覗き込んで来ます。
クイズナー隊長も厳しい顔でこちらに目を向けました。
「転がって来た毛糸に驚いた訳ではないよね?」
「当たり前です!」
こちらも流石に余裕なく返してしまいます。
「若君、何が見えましたか? 私には貴方の魔力と何か忌わしい気配がぶつかったことだけは感じ取れましたが。」
フォーラスさんがこちらに寄って来ながら問い掛けて来ます。
「毛糸に見えるんですよね? ただの。」
思わず問い返してしまうと、周りの皆が目を瞬かせています。
仕方なくもう一度目を凝らすと、余りの気持ち悪さに吐き気がしてきました。
口元を押さえて視線を逸らして深呼吸です。
「あの? どうなさったのかしら?」
アルティミアさんの少し不安そうな声に、仕方なくもう一度そちらに目を向けました。
「魔力は見えても、やっぱり呪詛は見えないんだ。」
ポツリと零すと、アルティミアさんを始め、レイナードを知らない皆さんが目を見張ったようです。
「そういうものですよ? あなたが物凄く特殊なんです。」
フォーラスさんの言葉に改めて納得してしまいました。
とここで、アルティミアさんが大きく息を飲んだようです。
「貴方のその綺麗な魔力は、魔法使いの魔力ではなくて、聖なる魔法に変換される魔力なのね? では、物凄く高位の神官様なのではなくて?」
えっ?とここで動きを止めつつチラッとクイズナー隊長を窺います。
苦い顔になったクイズナー隊長は、どう言い逃れようか考え中のようです。
「あ、でも。魔力の中に色んな系統に染まった色も見えるような気がするわ。」
これは放っておけませんね!
「ちょっとお嬢さん。今すぐ目瞑るか口閉じるかして貰えますか? 盗聴防止魔石の起動してないとこでそういうこと垂れ流すと、聞いてた皆んなが守秘義務契約するハメになるんですよ?」
「あらいけませんわ。わたくしとしたことが、少し興奮してしまいましたわ。お許し下さいませね。」
今一つ危機感を感じない口調で返されて、溜息を吐くことになりました。
「ここで魔力見の姫に会うことになるとは。運がないのかあるのか。とにかく、色々と話し合う必要がありそうですね。」
クイズナー隊長が言って、こちらに目を向けて来ました。
「毛糸玉は、どうしたら良い?」
「後でじっくり全部解くとして。それ、お嬢様の魔力を怖がってる節があるので、そのまま持ってて貰うのが一番だと思いますよ?」
毛糸玉に練り込まれるように絡まって擬態した呪詛の帯は、一度こちらの魔力をぶつけて散らしたお陰で、かなり弱々しい代物になったようです。
作成した初期状態がこれなのかもしれませんが、それに後付けで付加し続けていく仕組みが組み込まれているのかもしれません。
「では、今のところ直ぐに危険はないということだね?」
「そうだと思います。」
専門家ではないので何事も言い切れないところが難点ですね。
「では、アルティミア嬢、後程街でお会いすることにしましょう。」
改めてこちらは街道脇に避けると、アルティミアさん達が街に向かって行くのを見送りつつ、徒歩で後を追うことになりました。




