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扉を叩く音に振り返ると、開いた扉からこちらを覗き込んで来たのはコルステアくんでした。
「おにー様、サークマイトの餌終わった?」
「うん。今終わったとこ。」
コルちゃんのことを聞いたコルステアくんですが、何故か部屋を見渡して、ケインズさんを目に留めると、ムッとしたような厳しい目を向けました。
「おにー様、弱ってるところに寄って来る輩は下心だらけのケダモノだから、気を許しちゃダメだよ?」
ケインズさんを睨むように見ながらそんなことを言い出すコルステアくんには苦笑しかありません。
「あのね。失礼だからそういうこと言うのやめようね?」
「ホント警戒心のカケラもない。後で後悔しても知らないからね!」
今度はこちらに睨みを移しながら言うコルステアくん、心配性だと笑うべきか困ってしまいますね。
「はいはい。気を付けるからね? ちょっと落ち着いて?」
「全く。まあ良いけど、クイズナー先生とフォーラス殿入れていい? あともう1人の同僚さんも。」
切り替えた様子のコルステアくんがチラッと後ろを見ながら言うのに頷き返します。
と、コルステアくんに続いて、皆が部屋に入って来ました。
元々コルステアくんと2人で泊まる部屋なので、6人入るとかなり手狭に感じます。
それぞれ椅子やらベッドやらに腰をおろして、改まった空気になりました。
そして、クイズナー隊長が盗聴防止の魔石を発動させたところで、例の話しが始まるようです。
「実は、少々問題が持ち上がった。」
口火を切ったクイズナー隊長は流石に苦い口調を隠しませんでした。
「シルヴェイン王子殿下と連絡がつかなくなった。」
皆が息を飲む中、フォーラスさんが身を乗り出しました。
「それは、どういった状況で?」
そこから討伐部隊が討伐対象の魔獣と遭遇して、シルヴェイン王子の隊が本隊から逸れることになったくだりから説明が始まりました。
トイトニー隊長からは一報以降はまだ連絡がなく、タイニーさんの塔でこちらから送った伝紙鳥の話しもクイズナー隊長は隠さず全て語り切りました。
「殿下は、ご無事だろうか?」
誰もが思っている疑問をフォーラスさんが口にして、嫌な沈黙が流れました。
そこで、先程の伝紙鳥の話しをすることにします。
「クイズナー隊長! 実はさっき。」
荷物から3つの紙を取り出しながらコルちゃんが踏み付けていた件を説明すると、更に混迷した唸りが部屋に響くことになりました。
「これも、謎だらけですね。何故白紙が3枚も。それにレイナード殿目掛けて飛んできたはずの伝紙鳥を、聖獣様が何故踏み付けていたのか。」
フォーラスさんが纏めてくれます。
「サークマイトは話さないからね。いつから踏み付けていたのかも不明だ。となると、殿下がいつ送って来たのかも分からない。他に気付いたことは無いんだよね?」
引き継いだクイズナー隊長からの問いに、またじっと白紙を見つめながら頷き返します。
「おにー様、殿下の魔力の残滓があるのは間違いないんだよね?」
「うん、その辺はいつも通りなんだよね。」
コルステアくんの問いに頷き返しつつ、やはり紙から目が離せませんでした。
「じゃあ、殿下はこの伝紙鳥を送った時には少なくともご無事だったってことですよね?」
オンサーさんも不安の滲む声で参加しています。
「そうだね。だが、それなら何故レイカ殿だけに送ったかという話しだ。しかも急いで白紙を3つも送ったということは、何らかの事情で余裕がなく、1つでは届くかどうか心配だったということだね。」
これは、何事もなく無事という可能性は低いってことですね。
「どうしますか?」
フォーラスさんのその問いが来て、クイズナー隊長がギュッと唇を噛んだようです。
「明日、師匠の塔からもう一度伝紙鳥を飛ばそうと思う。殿下とトイトニー隊長のところにね。」
「引き返して、殿下の捜索に加わるおつもりは?」
最終的に聞きたかった皆の疑問をフォーラスさんが口にしてくれました。
「・・・今のところは、ない。現場では第二騎士団や合同で討伐をしていた騎士団も加わって捜索を行っている筈だ。我々数名が駆けつけたところで、到着まで時間が掛かり過ぎるのと、大した助けにはならないだろう。」
感情を堪えた様子で口にしたクイズナー隊長は、グッと白くなる程拳を握り締めています。
「もしも、もしも瀕死の重症を負っていて、神殿の治療師では手に負えなかったとしても、レイカちゃんなら。」
オンサーさんが言いにくそうにそう口にしますが、クイズナー隊長はそれに厳しい目を向けました。
「だから、そうだったとしたら尚の事、間に合わない。」
感情を落とした声で答えたクイズナー隊長に、誰も何も言えなくなってしまいました。
「とにかく、明日伝紙鳥を飛ばして返事を待つ。動きがあってもなくても、明後日の朝にはここを立って大神殿を目指す。」
その決定事項には誰も異論を挟めず、報告会は終了になりました。
部屋をパラパラと出て行く皆さんが、出る前必ずこちらを向いて気遣わしげな目を向けてくれるのに、小首を傾げて小さく微笑み返しておきます。
掛ける言葉を探すように口を開きかけたまま4人が出て行くと、残ったコルステアくんがこちらを見ている視線を感じました。
「おねー様、大丈夫?」
珍しくどストレートな気遣う言葉が来て、苦笑が浮かびます。
「えっと、そんな大丈夫じゃなく見える?」
問い返してみると、溜息と共に寄って来たコルステアくんがその手を頭に乗せてきました。
撫でるように頭をポンポンされて、目を瞬かせてしまいます。
コルステアくんからの初ボディタッチじゃないでしょうか。
「顔色凄い真っ青。自分では気付いてないの?」
物凄く珍しく優しい声音に、驚いて美少年の顔を間近でマジマジと見つめ返してしまいました。
「そ、かな。」
「あの魔法使いのところから帰って来てから、ちょっと様子がおかしいと思ってた。いつもはへらっと流すようなとこも引っ掛かってたし。余裕なく食堂出てった時も、あれ?って思ったし。」
言われてみれば、そうだったかもしれません。
「うん。ちょっと考えが纏まらないかも。頭働かないんだよね。」
そう溢してみると、コルステアくんがもっと優しく頭を撫でてくれました。
「きっと無事だって信じてなよ。解呪してちゃんとおねー様に戻ってから、好きな方選べば良いでしょ? どっち選んでも何とかなるようにウチで後押ししてあげるから。」
えっ?と目を上げると、ふっと不敵な笑みが返って来ました。
「どっちも方向性は違うけど顔は良いし。おねー様と並んで見劣りしないでしょ? 能力値と権力は断然あっちだけど、性格の真っ直ぐさとおねー様への一途さはアイツの方が上だね。」
「・・・えっと、選ぶ基準、それ?」
「何言ってるの?大事でしょそういうの。」
少しだけ半眼気味になって言うコルステアくんに、ぷっと吹き出してしまいます。
「コルステアくんのそういうとこ、好きだな。ありがとね。」
何だかんだと優しい弟くんに素直に感謝を述べてみると、途端に顔が真っ赤になりました。
「っ! そーいうとこだよおねー様の!」
途端に怒ったように顔を横向けるコルステアくんの耳は真っ赤なままです。
「さて、ちょっと疲れたし、もう寝ようかな。」
立ち上がって伸びをすると、隣でしゃがんでいたコルステアくんも立ち上がりました。
「そーですねぇ。早く寝なよ?」
いつも通りぶっきら棒な口調で言ったコルステアくんですが、最後にというように伸ばした手が後ろ頭を優しくポンと叩きました。
本当に可愛い弟です。
お言葉に甘えてベッドに向かうと、靴を脱いでベッドに上がりました。
途端にピョンと乗り上げてきたコルちゃんを抱き留めます。
「キュウ。」
小さく鳴いたコルちゃんのモフ毛に頰を寄せつつ、一緒にベッドに倒れ込みます。
スリっと身を寄せて来るコルちゃんを抱き締めつつ目を閉じると、指を包み込むように縋り付く小さな手の感触が来ました。
久々の指人形のお帰りのようです。
ちょっとだけ目を開けてそちらを覗き込むと、じいっと心配そうに見上げる2つの小さな瞳に出会いました。
「お帰り。この不良指人形が。」
お小言のように呟くと、指人形がふわっと微笑みました。
「我が君、負けないで。」
「また、意味深に。この秘密主義者が。」
思わせぶりな指人形を使ってこちらを誘導して、この世界の神様的存在は、どんなシナリオ展開を目論んでいるんでしょうか。
シナリオ上のマユリさんの役割が変わっていないなら、レイナードと入れ替わった事で穴の空いた箇所を、差し障りのない要素から埋めようとする作用が働くんじゃないでしょうか。
その全貌が見えない以上、今ここでどうにかすることは出来ませんが、手の届くところにある大事なものは、自分で守る必要があるってことでしょう。
「ま、こちらもこっそり頑張りますよー。」
ポツリと溢しておくと、指人形が可愛らしく小首を傾げました。
「おねー様、灯り消すから独り言止めてもう寝なね。」
部屋の反対端からコルステアくんの声が掛かって、ムッと押し黙ることになりました。




