216
「コルちゃん?」
これまた慌てて飛び込んだ室内で、コルちゃんの足に踏み付けられているのは、パタパタと翼を動かす3組の伝紙鳥だと気付きました。
ハッとして駆け寄ると、伝紙鳥が触れた途端に役目を果たしたと判断したのか、ただの紙切れに戻りました。
「レイカさんに、手紙?」
ケインズさんも首を傾げつつ近付いて来ます。
「コルちゃん、お利口さんだね。それ貰っても良い?」
そう声を掛けると、チラッとこちらを仰ぎ見たコルちゃんが少しだけ躊躇うような視線を向けて来ます。
首を傾げつつ手を伸ばすと、仕方なくというように紙の上から足を退かしました。
伝紙鳥の紙には、いつも通りシルヴェイン王子の微かな魔力の残滓と、紙の元の持ち主のサヴィスティン王子の魔力が少し残っています。
ところが開いてみた紙には3つ共何も書かれておらず、白紙です。
灯りに透かしてみたりしましたが、何か浮き上がるという事もなく、やはり白紙のままでした。
「うーん。何だろ、何で3枚も白紙?」
「間違って書く前に送ってしまったとか?」
シルヴェイン王子の現状を知らないケインズさんの呑気な分析に、苦笑しつつそれでもその白紙からしばらく目が離せませんでした。
「取り敢えず、コルちゃんのご飯あげてから、クイズナー隊長に見せてみますね。」
そう答えてから、紙をたたみ直して荷物に入れて、コルちゃんの晩御飯作成です。
ご飯用トレイにフリーズドライの餌を乗せて、最近覚えた熱湯生成魔法でコップ一杯分の熱湯を作ってかけます。
事あるごとに練習してるので、コップ一杯の水生成は結構余裕になって来ましたよ?
スプーンで混ぜて粗熱を取ってから、コルちゃんの前に差し出します。
それを優雅な仕草で食べ始めるコルちゃん、ますます聖獣様の風格が出て来たような気がします。
床に座り込んで微笑ましく見守っていると、ケインズさんが隣に来てすとんと座りました。
「レイカさんは、元の世界ではどんな女性だったのか、聞いても良い?」
首を傾げながら優しい口調で聞いて来るケインズさんに、目を瞬かせつつおずおずと頷き返しました。
「えっと。特筆するようなこともなく、割と普通の一般人でしたよ?」
今となってはその一言に尽きてしまう気がします。
が、それでは余りにも感じが悪いので、思い出しつつ付け足してみます。
「レイナードさんみたいに美人だった訳でもないし、あっちには魔力や魔法って概念もなかったし。学歴もまあそこそこで、普通に就職して、ただどういう訳か職場では上役から気に入られて出世コースを進んでたんですけどね。」
入社6年目で管理職コースに入ったのは、破格の大出世かもしれませんが、会社が時流に乗ろうとしたところで目に付いたのが自分だったというだけのような気がします。
瑕疵がないように見えたんでしょう。
「そっか、こちらでは女性が職場で出世って余り聞かないけど、凄く頑張ってたんだろうね。」
微笑ましげに言ってくれるケインズさんに、ふっと笑みが漏れます。
「自分なりには頑張ってたつもりなんですよ? でも、運が良かっただけだって思われてて、結局目障りだった人が沢山いたんでしょうね。」
客観的に見るとその一言に尽きるんでしょう。
「レイカさん。そんな風に思っちゃダメだ。結果はどうでも、レイカさんが頑張ったことは褒められるべきことだし、自分を誇って良いと思う。」
そっと隣からケインズさんが頭に手を乗せて、ヨシヨシと撫でてくれます。
それがくすぐったいような子供扱いに恥ずかしくなるようなむず痒い気持ちになりました。
「あーあ。向こうで、ケインズさんみたいな優しい人に出会ってたらな、あんなヤツに引っ掛からずに・・・」
どうなっていたでしょうか?
ふと考え込むと、その先がどうにもしっくり来ないような気がしてしまいました。
自分が元の世界で生きて来た中に、ケインズさんの存在も、例えばシルヴェイン王子やクイズナー隊長、コルステアくん、ランバスティス伯爵家の人達、オンサーさんや第二騎士団の皆さん、こちらで出会った人達全てが組み込めないことに気付きました。
「違いますね。私、こっちに来たから皆さんに出会えたんですよね? こちらの皆さんは、私がレイナードさんじゃなくて私だってことを受け入れてくれたんでした。」
それは、改めて考えると物凄く幸運で有難いことだという気がしてきました。
「それは、レイカさんがレイナードの代わりにこちらで一生懸命生きて行こうとしていたからだと思う。みんなそれが分かったから自然と受け入れられたんだよ。」
相変わらずケインズさんは優しい人です。
不覚にもうるっと来そうになりました。
「うー、ズルいですよ?ケインズさん。こんな優しくして、好きになっちゃったらどうするんですか?」
「え? 物凄く嬉しいけど?」
本当に嬉しそうな笑顔になるケインズさん、ホント困った人です。
「ダメですよ。だから、ケインズさんとの未来を夢見るのは、破滅の始まりですから。」
「そうかな?」
真面目になった顔で真っ直ぐこちらを見つめ返して来るケインズさんに、こちらも真っ直ぐ目を向けます。
「まず国が許してくれないでしょ? よっぽど上手くもっていかないと、結婚の許可が降りないだろうし。万が一降りたとしても、がんじがらめに縛られるような契約を課されて、ケインズさんもご家族の皆さんも人質に取るような不本意な監視やらが付けられて。身動き取れなくされた上、徐々に手足をもがれていくような扱いをされそうな気がします。」
冗談ではなく、タイナーさんの言い草を聞いていても分かりましたが、魔王の魔力持ちの中身異世界転移者なんて、美味し過ぎて絶対に囲っておきたい人材のはずです。
「だから、そんなことになるくらいなら逃げるしかないってことになりますけど、ケインズさんには大事な家族がいるでしょ? 逃亡発覚後は確実にご迷惑かけるだろうし、その後一生会えなくなりますよ? 大体、弟妹さん達の為に頑張るって決めてる人が、そんなこと出来ないじゃないですか。」
まとめ上げてみせると、ケインズさんがふっと口元を歪めました。
「レイカさんは時々、物凄く悲観的な考え方をするね。確かに、国の偉い人の中にはそんなことを考える人もいると思うよ? でも、片やウチの団長殿下みたいな柔軟な考え方をする人も上にはいるんだから、始める前から蓋をしないで欲しい。」
最後は真面目に言い切ったケインズさんに、困って目を逸らしてしまいました。
「答えは今じゃなくて良いから。もう一度殿下と同列に考えてみて欲しい。レイカさんを想う気持ちは殿下に負けてないから。」
これは、完敗ですね。
「う。考えるだけ真面目に考えます。でも、直ぐには結論出す気はないので、長く待たせるかもしれませんよ?」
「分かってるから。レイカさんがきちんと考えてくれてる内は、こっちを見てもらう努力を続けながら待ってる。」
熱量多めの艶やかな笑顔は、胸の真ん中を射抜かれそうで本当に困ります。
さり気なく視線を逃しつつ、コルちゃんを見ているふりをしました。
丁度食べ終わった様子のコルちゃんがこちらを振り返って少しだけ小首を傾げつつ寄って来ると、フワモフ真っ白な頰の毛をこちらのほっぺに擦り寄せて来てくれて、余りの至福に満面の笑みを浮かべてしまいました。
「か、かわい・・・」
隣から何か悶えるような言葉が聞こえた気がしましたが、精神衛生上聞こえなかったことにすることにしました。




