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 宿に併設の食堂スペースを出て、廊下の先の階段に足を掛けたところで、足音が追ってくるのに気付きました。


「レイカさん。」


 ケインズさんの声を落とした呼び掛けが来て、足を止めました。


「ケインズさんも皆さんと楽しんで来たらどうですか? 私は部屋でコルちゃんの餌やりがあるから。」


 振り返らずに、なるべく平静に聞こえるように返すと、小さな溜息が聞こえて来ました。


「俺じゃ頼りない? 辛い時に側にいるのも話し相手になるのも許して貰えない?」


 そう問われると首を振るしかありません。


「ごめん、1人になりたいのかもしれないけど、今のレイカさんを1人にしたくない。」


 言い切ったケインズさんを思わず振り返ってしまいました。


 目が合った途端に眉を下げたケインズさんを見て、自分の表情が取り繕えていなかったことに気付きました。


 目を泳がせてしまいながら、誤魔化す言葉を探します。


「えっと、ケインズさんもコルちゃんに癒されたかったんですか? こういう時は、コルちゃんのモフ毛に埋もれて癒されるのが一番なんですよ?」


 笑顔を取り繕ってそう返してみると、ケインズさんがグイッと大きく一歩歩み寄って来て、そっと二の腕を掴まれます。


「レイカさんごめん。自分でも無神経なことしてると思う。でも、焦るし。こんなレイカさん放っておけないんだ。」


「・・・ケインズさん。謝らなきゃいけないのは私の方ですよね。さっき皆んなに言われてやっぱりそうだよなって思ったんです。」


 口にするのは何処か痛い気がしましたが、これはもう正直に言っておかないと人として自分がダメになりそうです。


「呪いがどうとかこの際置いておくとしても、私このままいけば殿下と婚約することになるんだろうなって。周りの為にも自分の為にもそれが一番自然な形で、これを拒否すればこれまで良好に築いてきた周りとの関係を全部壊すことになって、自分も周りも沢山傷付くことになるんだろうなって。」


 ケインズさんの眉間に少しシワが寄り始めて、ただこちらを見詰める瞳には気遣うような色が浮かんでいて、胸が痛くなります。


「だから、殿下と決定的に何か相容れないことでも見つからない限り、他は有り得ないんです。・・・これまで、曖昧に誤魔化し続けて、ごめんなさい。ケインズさんの優しい言葉に甘え続けて、ズルいことして済みませんでした。」


 言ってしっかり頭を下げると、グイッと腕を引かれて気付けばケインズさんの腕の中に抱き締められていました。


「ちょっ、ケインズさん?」


 今この廊下にも階段にも誰もいませんが、今の絵面かなりマズいんじゃないでしょうか。


「レイカさんごめん。謝らなきゃいけないのは俺の方だから。本当は呪いのことがあって殿下との話しが進まなくなったことにホッとしてたし。レイカさんが曖昧なままにしてるのに甘えてたんだ。なのに、こんなに傷付いてるレイカさんに謝らせて。ごめん。」


 言って更に力を込めて抱き締めてくるケインズさんに、ちょっとだけ焦ります。


「あの、ケインズさん? レイナード抱き締めてますよ? 1人で追い掛けて来てくれたし、誰かに見られたら不味くないですか? てゆうか、大嫌いなレイナード抱き締めるの、嫌じゃないんですか?」


 ケインズさんの優しい言葉はきちんと耳に入れたら泣きたくなりそうなので、強制的にそれどころじゃない問題を口にしておくことにします。


「最近気付いたんだ。話してるとレイナードの外見でもレイカさんにしか思えなくなったって。それに、目を瞑ってこうして抱き締めてると、レイカさんの華奢な腕や背中が実感出来るんだ。首元から、レイカさんの良い匂いが・・・」


「ちょ、ちょっと! 離して下さいケインズさん!」


 その低くて熱っぽい発言に焦って、ベリっと身体を引き剥がします。


 もうちょっとで身体強化魔法使うところでした。


「変態?なんですか? 2人して。」


 思わず強い口調になって言ってしまうと、ケインズさんが目を瞬かせました。


「え? 2人?」


 そう口にしてから、ケインズさんの額にまたシワが寄りました。


「殿下が? こんな風に抱き締めたの?」


「え? えっと、乗馬練習してただけです。」


 目を逸らしてそう誤魔化してみますが、神殿では確かに抱き締められたような気がします。


「ふうん。」


 かなりムッとした風なケインズさんの言葉にチラッと目を向けると、目が合った途端ににこりと優しく微笑み返されました。


「殿下も変態扱いなら、まあ良いかな。」


「は? ケインズさん?」


「コルちゃんの餌やり、行こうか。ずっとお留守番だったし、お腹空かせてるかもしれないよな。」


 にっこり笑顔で諸々誤魔化しに来ているケインズさん、爽やかイケメンお兄さんキャラが崩れつつあるんでは?


 そんな疑惑を残しつつ、2人で階段を登ることになりました。


 結局のところ、ケインズさんとのことは結論が先送りされたような状態になって、どうしていいのか分からないし。


 シルヴェイン王子とのことも踏み出せるほど気持ちの整理が出来ていない事に気付きました。


 そんな状態なのに、本当は今日の定時連絡がシルヴェイン王子から来ていないことはクイズナー隊長から口止めされています。


 早ければ今日の午後か明日、始めに魔獣被害の連絡があった地帯に入るから、そのまま戦闘に突入する可能性があることは昨日の定時連絡に書かれていました。


 タイナーさんの塔に定時連絡が来たのは事実です。


 ただ、差し出し人がトイトニー隊長で、夕方殿下が率いた隊と逸れて今のところ合流出来ていないと最低限の連絡事項が書かれていただけでした。


 試しにクイズナー隊長がシルヴェイン王子に向けて出した伝紙鳥は、小一時間程経ってから戻って来ましたが、それにクイズナー隊長とタイナーさんがしきりと首を傾げていました。


 伝紙鳥は宛てられた対象の魔力を目指して飛んで行くので、魔力を感知出来なくなればすぐに戻ってくるのだそうです。


 例えば、シルヴェイン王子の身に何かがあって魔力が感知出来なければ、目指して飛んでいく先がない為、そもそも飛び立つことさえないのだとか。


 最悪のパターンとしては、飛ばした当初は魔力感知出来たシルヴェイン王子を目指していた伝紙鳥が、その後途中で魔力感知出来なくなった為に引き返して帰ってきたということですが、これにも2人は懐疑的な意見でした。


 魔力が感知出来なくなるには幾つか要因があるそうですが、まず一つ目は魔力の持ち主が亡くなった場合、二つ目が魔力枯渇した場合、三つ目は魔力が外に出ないように完全に封じられた場合、大きくはこの三つになるそうです。


 ですが伝紙鳥は、魔力目指して転移魔法で飛んで行くので、そうなったとしても小一時間も帰ってこないのはそもそもおかしいのだそうです。


 とにかく、シルヴェイン王子になのか周りでなのか何かが起こっているのは間違いなさそうです。


 それに対して、今のところこちらからは打つ手なしの状況で、トイトニー隊長の続報を待つしかありません。


 今すぐに向かって現場に駆け付けたい気持ちで一杯のクイズナー隊長でしたが、タイナーさんに旅の目的について再確認されていて、思い止まったようでした。


 それを見聞きして、正直考えが纏まらない状態になっていました。


 ここから駆け付けるとなると、いつもより容赦なく飛ばしても、現場までは急いでも6日以上掛かるそうで、何かあったとしてもそれでは完全に手遅れ状態です。


 一先ず、トイトニー隊長達の捜索がうまく行くことを祈るしかありません。


「レイカさん?」


 部屋の前まで来たところでケインズさんに訝しげに呼び掛けられて、ようやく物思いから戻って来ました。


「あ、鍵開けますね。」


 慌てて開けた扉の向こうで、コルちゃんが足でパタパタ動く何かを押さえ付けているのが見えました。

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