214
途中合流した夕食が粗方食べ終わったところで、クイズナー隊長が改まったように咳払いしました。
「明日もう1日、この街に留まろうと思う。朝一番は、一度街の外に出てハザインバースの様子を確かめるが、その後は私はレイナードくんを連れてまた師匠を訪ねることにしているから。」
そんな突然の宣言に、他の皆が驚いた顔になっています。
「シーラックくん絡みのお話しの延長ですか?」
事情を知らないフォーラスさんも腑に落ちないような顔になっています。
因みに、タイナーさんのところから先に帰って貰ったシーラックくん達とライアットさん、コルステアくんは、居残り組に何をどのくらい話したのか分かりませんが、それについて何か深掘りされるようなことはありませんでした。
魔王とか中身がとか微妙な単語が飛び交ったあの話し合いには、正直冷や汗ものでしたね。
好奇心を満たすより、保身を考えてくれたライアットさんとシーラックくんの方針には感謝です。
「まあ、師匠と話して色々と思うところがあってね。フォーラス殿には後程少しお話ししますよ。」
と余裕ぶった様子で締め括ったクイズナー隊長ですが、本当はヤキモキした気持ちでいることを知っていますよ。
「買い出しちゃった朝昼食は?」
ジリアさんの少しばかりむっとした口調にクイズナー隊長は苦笑いです。
「日持ちがするなら明後日に取っておけばいいし、もたないなら明日食べるしかないね。明日は朝から一度街を出てハザインバースの様子を確認してから街に戻ることにするけど、護衛の君達はその後は好きに過ごして貰って構わないから。」
護衛の皆さんがそれには少し嬉しそうな顔になっています。
「街の中では、若様達の護衛は本当に良いのか?」
リックさんに問われて、クイズナー隊長はすぐに頷き返しました。
「レイナードくんは僕と師匠のところへ入り浸るから問題ないし、他の皆は自分で何とでも出来るだろうから大丈夫だ。」
「ちょっと待って下さい。それって、私だけ大丈夫じゃないってことですか?」
つい流せずに口を挟んでしまうと、はあ?という視線の後に、皆から残念そうな顔を向けられました。
「今更何言ってるの? もうとっくにおにー様の為だけに雇われたんだって、皆んな気付いてるよ?」
いつもながらの冷たいコルステアくんの言葉に、むうっと口を尖らせながら、タイナーさんの塔で3人だけになってからのことを思い出して、微妙な気分になってしまいました。
「そう言えば、若様今日のラブレターは?」
ふと思い出したようにジリアさんに問われて、用意していた台詞を口にしました。
「ラブレターじゃないですけど、今日はもう先生のお師匠様のところで受け取り済みですよ?」
「へぇ、そうなんだぁ。毎日毎日愛されてるわねぇ。」
何故かジリアさんに半眼で返されて、軽く首を傾げてしまうと、そこにピードさんが漏らした深々とした溜息が聞こえてきました。
「あんたな、ちょっとは相手の気持ちを考えてみたこととかあるのか? 不誠実にも程があるだろ? その容姿で周りにちやほやされるのは当たり前って思ってるかもしれないけどな、相手はあんた1人に毎日それだけの想いを傾け続けてるんだぞ?」
どうしてここでピードさんに絡まれているのか分かりませんが、ちょっとだけ後ろめたさもあってすっと視線を逸らしてしまいました。
「それじゃピードさんが、私が絶対にその人とだったら幸せになれるって正解の人を選んで連れて来て下さいよ。私だって運命の人とか必ずうまく行くって人が分かってたら、他は全部キッパリお断りしますから。」
むすっとそれだけ答えると、ピードさんも口を噤んだようです。
とここでコルステアくんが身を乗り出して口を開きました。
「おにー様みたいに立場とか身分とかがある人は、それに見合った縁談を受け入れる必要がある場合もあるでしょ? 外野は黙っててくれる?」
これには、何となく気まずい空気が流れました。
「そうなの? 政略結婚っていうんだっけ? そういう相手?」
少しだけ同情混じりの言葉になったジリアさんに、苦笑いです。
「あーまあ。そういうのも込みでお話しを貰ってますけど、諸々微妙な事情があって、返事は引き伸ばしてて。」
我ながら無難な言い逃れだと思いつつ、またもや生まれたモヤモヤに溜息が出てしまいました。
「そういうのって、断れないものなんじゃないのか? 諸事情は分からないが、腹括ってその相手とやってくしかないだろ? それとも他にも同列なそういう候補がいるのか?」
ピードさんから更に追い討ちが掛かって、口元がますます苦くなります。
「その腹括る相手って、どうやって選ぶのが正解ですか? もしもそうやって選んだ相手が間違いで、お互いにどうしようもないところまで来てしまってから間違いに気付いたら?」
元の世界と違って、その対象が特にシルヴェイン王子だった場合、何処かで噛み合わなくなって失敗を悟ったとしても、やり直しは利かない訳で。
「腹括ったなら、括り続けるんだろ? 男なんだから、簡単に間違いだったとか言って逃げるなよ。」
キツイ口調になったピードさん、何かのスイッチが入ったんじゃないでしょうか?
と、同じくグイッとジリアさんが身を乗り出して来ました。
「まあ、そうとも言えるわよね? 若様、意見の相違なんて何処にでも転がってるものよ? お互い他人同士なんだから、どんなに愛し合っててもすれ違いは起こるでしょ。その時、折り合えるところを探っていくしかないんじゃない? それでもダメになったら、別れる。それしかないでしょ? 始まる前から考え過ぎじゃない?」
ごもっともですが、乾いた笑いが浮かびます。
「そーですね。分かってるんですけど。もうちょっとだけ、うだうだしてちゃダメですか? 失恋してまだ半年経ってないんです。」
物凄く正直に答えてしまうと、食い気味だったピードさんとジリアさんがピタリと動きを止めました。
「・・・失恋て、結婚するとこまで考えてたのか?」
少しだけ優しくなったピードさんの言葉に、軽く首を傾げることになりました。
「さあ。でも、いつかはって自分では思ってたんだと思います。」
「騙されたのね? お金目当て? 若様言われてみれば純情そうだものね。悪い女に捕まったのね。」
そう宥めるように口にしてみたジリアさんですが、言ってしまってから首を傾げつつこちらをじっと見つめています。
不意に、実は呪いをかけられた女の子だって思い出したのかもしれません。
「あれ? 良く分からなくなってきたかも。」
混乱したように頭を抱え出したジリアさんから目を逸らすと、ふとケインズさんと目が合いました。
その表情が不安そうで瞳も揺れています。
「よし! じゃ酒でも頼むか。明日は一日街に滞在だし、丁度良いだろ。」
リックさんから唐突に上がった声に、同意の声が重なります。
「あ、私は遠慮で。失恋当夜にやけ酒した結果今の状況なんで。」
すかさず口にして席から立ち上がりました。
「え? いや、付き合い悪過ぎだろ。あんたの為に酒盛ろうと。」
「良いですって。皆さんで楽しく飲んで下さい。」
少しだけ余裕なく返すと、歩き出してしまうことにします。
「ちょっと弄り過ぎたんじゃないか?」
「あれは、失恋の傷が相当深そうだな。」
「あんまり揶揄っちゃダメですよ? ああ見えて、中身は割と真面目な子みたいですから。」
そんな言葉が背中に聞こえて、ますます居た堪れない気持ちになります。
元カレについては、シルヴェイン王子に話しを聞いて貰ってもう割り切れた大丈夫だと思えるようになっていたと思ったんですが、結局まだ引きずってたみたいですね。




