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「クイズナー、この生意気な坊ちゃんが今のお前の直弟子なのか?」
「いいえ。今の私は騎士団員ですからね。同じ騎士団の後輩ですよ。先輩として魔法を教えるようには言われていますがね、直弟子ではありませんよ。」
ライアットさん達を気にしつつ、概ね本当の事を話したクイズナー隊長に、タイナーさんが唸るような声を出しました。
「この坊ちゃんはもう、国に繋がれてるのか?」
「いいえ。完全にはまだですねぇ。」
いやな確認が始まりましたよ?
「ふうん?何でだ?」
「この子達が実はお馬鹿なように見えて完全にお馬鹿じゃなかったから、でしょうねぇ。」
何となくそおっと目を逸らしてみると、タイナーさんのじっとりした目が追い掛けて来ました。
「おいお前。俺の弟子になるか?」
チラッとそちらに目を向けてから引きつった笑顔になります。
「あ、お断りの方向で。」
控えめにきっぱりお断りしておくと、半眼のタイナーさんに睨まれました。
「おい、ここは中々弟子なんか取らないと有名な大魔法使いの俺に誘って貰えるなんてって感動して慎んで受けるとこだろ?」
タイナーさん、中々の俺様ぶりですね。
どっかの誰かさんを一瞬だけ思い出しましたよ。
「うーん、やっぱ絶対嫌かな? ホント危ない危ない世の中落とし穴が一杯ですよ? これうっかり乗ったら魔王化フラグ建設確定なんでしょ?」
「は?」
怪訝そうな顔になるタイナーさんににっこり笑顔で誤魔化しに掛かりますよ?
「私、魔法の探求には興味がないんですよ。魔法は日常生活を彩る便利機能っていう扱いで十分。それ以上頑張るつもりも極めるつまりもその情熱もありません。」
言い切ってしまうと、タイナーさんにはまた目を細めて見つめられます。
「なるほどな。王家が捕まえ損ねてるのはこの所為か。お前、中身がおかしいだろ。」
「わあ、クイズナー先生、この人の口取り敢えず塞ぎましょうか!」
慌てて遮ったところで、隣からぬっとコルステアくんが立ち上がりました。
「ちょっとおじさん、大魔法使いタイナーみたいだけど、ウチのおにー様の事情を垂れ流さないでくれる? ランバスティス伯爵家が黙ってないけど?」
「あはは、タイナー。僕と一緒に身動き取れなくなりたいかな? その気がないなら、レイナードくんのことは深掘り禁止だよ?」
続いたクイズナー隊長の発言も微妙過ぎてフォローになってませんね。
「とにかく、今はシーラックくんとカランジュのことですよ! 彼らの破滅回避の手掛かりを何か探り出してくれたら、色々落ち着いた後で、一つだけタイナーさんの魔法研究のお手伝いをさせて頂きます。これが、成功報酬でいいですか?」
痺れを切らして切った切り札に、タイナーさんがにやりと笑いました。
「良いのか?何を手伝うか取り決めしとかなくて?」
それにこちらも良い笑顔を浮かべてみせます。
「そちらこそ、私研究内容を秘匿するお約束なんかしてませんから。ヤバい研究内容だったら、然るべきところに垂れ流しておきますけど?」
「・・・良いだろう。後悔するなよ?」
「そちらこそ? 何よりもまずシーラックくん達のこと、お願いしますね?」
最後は真面目に依頼したところで、交渉成立のようです。
何でしょう、クイズナー隊長が何もしてくれなかった感満載なんですが。
チラッと目を向けた先で、何か考え込んでいるようなクイズナー隊長、どうかしたんでしょうか?
「それじゃ、シーラックくんとライアットくんは宿に戻っておいてくれるかな? 僕とレイナードくんはタイナーともう少し話していくから。コルステアくんも出来れば先に帰っておいてくれるかな?」
思いっきり人払いに入っているクイズナー隊長、確実に何かありましたね。
「分かった。行こうシーラック。」
ライアットさんが空気を読んで直ぐに立ち上がりました。
2人とカランジュが出て行った室内で、そっと覗き見た隣のコルステアくんがかなりイラつきを堪えたような顔になっています。
「ウチのおにー様に何かしたら、長命種の大魔法使いだろうが、許さないからね?」
遂にはそんな脅し文句を吐いてから、コルステアくんは溜息混じりに立ち上がりました。
「良い?おにー様、あんたは詰めが甘いとこがあるからね! 年寄りに良いように言いくるめられないようにね!」
結果、お兄ちゃん想いの良い子なんですよねコルステアくん。
「うん分かった! 気を付けるね!」
手を振って送り出したコルステアくんが居なくなると、室内は何とも言えない緊張感に支配されました。
クイズナー隊長の人払いの意図を、タイナーさんが計りかねている様子なのが意外です。
「タイナー、空のあれは、まだ使える状態ですか?」
「クイズナー?」
その2人の様子に不穏な空気を感じます。
「その子は大丈夫ですよ。あのくらいのものを見ても驚きませんから。」
「物凄く違和感なく収まってるが、中と外が本来違うからか? 中身は何処から持って来た?」
とても口を挟めない怖い会話になって来ました。
「まあ、敢えて口止めの必要はないと思いますが、今はまだ王家が隠したがっていますから、黙っていて下さいね。神々の寵児ですよ。」
「魔王の器に?」
「ええ、ややこしいことになっているでしょう?」
「その上、中身が中々小賢しいとなっては、王家も手を焼いている訳だ。」
余計なお世話な会話ですね。
「まあ、そこは時間の問題だと思っていますよ。実は物凄く良い子ちゃんなんですよねぇ。」
「ああ、情に訴えて落とす訳か。」
やっぱり不穏になってきましたよ?
「まあ最悪? それよりも殿下と秒読みだと思ってますけどねぇ。」
「ん?この国に王女なんか居たか?」
もうこれ、何処で突っ込んでいいんでしょうか?
「あーこの子、本当は女の子なんですよねぇ。呪いで見た目だけ男子になってるだけで。」
「ああ、それで弟が過保護なのな。で? その呪い解けるのか? 王子様にとっちゃ大問題だろ。」
「だから今、大神殿に向かってるんですよ。彼女の解呪の為に。」
長かったですが、これで事情説明終了でしょうか?
「あのー、空のあれって何ですか?」
やっと口を挟めるタイミングが見付かりました。
が、2人が揃ってこちらを見た顔がにやりと笑っていて身が引けました。
「この間言っていたでしょう? 魔法で取る緊急連絡手段について。」
クイズナー隊長が良い笑顔になっています。
「ま、実用性に乏しいが、なくはない訳だ。魔王の魔力持ちなら、使えるだろ。」
「えっと? 人工衛星? GPS?」
「その昔、この世界にやってきた神々の寵児が話した奇跡を元に研究再現されたんだが、使用魔力量の問題から、実用されずに放置された魔法装置だ。それを長命種の我々が管理して来たというわけだ。」
成る程、ちょっとだけロマンを感じなくはないですね。
でもそれって、今現在本当に使えるんでしょうか?
「えっと? その装置の概要を聞いても良いですか? そもそも仕組みが分からないと連絡の取りようがないですよね?」
「それは勿論。」
にやりとここでも笑ったタイナーさん、物凄く嬉しそうですね。
上手く行けばシルヴェイン王子と直接連絡が取れそうというのは、こちらとしても大収穫です。
「それじゃ、早速説明お願いします!」
と、身を乗り出したところで、パタパタと耳慣れて来た伝紙鳥の羽ばたく音が聞こえ出来ました。
ただ、クイズナー隊長の手元に降りて来た伝紙鳥に宿る魔力が、いつものシルヴェイン王子のものではありませんでした。




