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昼食後、一服タイムに入ったところで、見付けてあった小川に手を洗いに行ったところで、ケインズさんと行き合いました。
少しだけ躊躇うような目を向けてから、ケインズさんがこちらに近寄って来ました。
「あのな。何か悩んでるか困ってることが、あるんじゃないか?」
遠慮がちに問い掛けて来るケインズさんに目を瞬かせていると、窺うような視線を返されました。
「何となく、クイズナー隊長やフォーラスさんにも言いづらいことなんじゃないかと思って。」
これには目を見開いてしまいます。
「えっと、そんな風に見えます?」
気を取り直して問い返してみると、ケインズさんが真っ直ぐこちらを見返して、頷きました。
確かに、シルヴェイン王子にしか話していないマユリさん絡みの話しはクイズナー隊長にも言いづらくて、未消化状態になっていました。
でも、他人に気付かれる程悩んでる風は見せていなかったと思うのですが。
「えーと、気を悪くしないで欲しいんだけど、弟妹達が親に遠慮して言いたい事を飲み込んでる時と同じような顔を時々してるから。」
流石出来るお兄ちゃんですね。
「そういう時は、ケインズさんが弟妹さん達のお話し聞いてあげるんですか?」
「まあ、あいつらのは本当に他愛もないわがままだったりするから、大抵聞いてやったら満足して我慢してくれることが殆どなんだよな。」
ここで少しだけ困ったような苦味のある顔になるケインズさん。
兄弟の多い家ならではの悩みがあるんでしょう。
「ウチは、親父が第三騎士団の副隊長だから稼ぎはそこそこなんだけど、独立してる俺の下に6人も弟妹がいて。長男の俺には両親も一番手も金も掛けてくれたって分かってるから、弟妹達のことは少しでも俺が力になってやりたくて。」
「立派なお兄さんですね。」
掛け値のない賞賛だったのですが、それにケインズさんは苦笑いして首を振りました。
「いや、実際にはまだまだ全然なんだ。第二騎士団でもまだまだだし。実は、この間の大怪我のこと。レイカさんに助けて貰わなければ死んでたあの件も、まだ家族には言えてないんだ。家を弟妹達を守っていかなきゃいけない俺が、無責任にも死に掛けたなんて言い出せなくて。」
大家族の期待の長男としては、色々と他人には分からないプレッシャーもあるんでしょう。
「そうですか? 私からすれば、危険な魔物相手の遠征にも臆さずに向かって行く第二騎士団の皆さんはそれだけで凄いと思いますよ? そこで瀕死の重症を負って運良く助かったケインズさんが、それなのにもう辞めようって思わなかったんだから、十分立派だと思いますよ?」
レイナードに成り代わったその時から、逃げ足だけは鍛えようとか思っていたこちらとは大違いです。
「有難う。てゆうかごめん、何で俺が慰められてるんだろう。本音を言うと凄く嬉しいけどさ。」
「うーん。あはは、脱線しましたね。」
こちらも照れ笑いをしていると、優しく微笑み返されました。
「もしも呪いが解けなくて、レイナードとして第二騎士団に残留することになっても、俺はレイカさんの理解者でいたい。恋人にはなれなくても少なくとも親友くらいは目指したい。」
そうやって、イケメンが優しい笑顔付きで言う言葉じゃないですよ?
赤くなった頰を隠すようにすっと目を逸らしてしまいました。
「あれ? もうこちらは勝手に結構親しい友人のつもりでしたけど?」
照れ隠しにそう口にしてみると、これまた良い笑顔が返ってきました。
「へぇ。オンサーさんと同列じゃなくて? もっとずっと親しくなりたいんだけどな?」
「あ、それは贅沢です。オンサーさんと同じくらいですよ? 男同士のお付き合いならそれくらいで我慢して下さい。」
そこは何様と言われても、後々のことを考えてそう線引きしておくことにしました。
「はは、冗談だよ。レイカさんを困らせたい訳じゃないから。でも、困り事くらい特別に話して貰える関係にはなりたいかな?」
「そ、ですね。有難うございます。じゃ、ちょっとだけ話しちゃおうかな。」
こちらも軽い口調でケインズさんに向き直りました。
「あのですね。話しの出所とか根拠は話せないんですけど。今王都で起こってる事件の首謀者の目的は、王都の壊滅と国家転覆じゃないかと思うんです。」
「・・・え?」
案の定、固まるケインズさんに笑顔を向けます。
「荒唐無稽な話しに聞こえるでしょう? 出典も今のところ明かせませんからね。だから、今すぐに殿下と話したくてもどかしい思いをしてるんです。流石にこの内容は誰に見られるか分からない手紙には書けませんから。」
「・・・クイズナー隊長に言う訳にはいかないのか?」
尤もなご意見が来ましたが、ちょっと苦い顔になってしまいました。
「根拠について追求されるでしょう? それは多分クイズナー隊長にでも、シルヴェイン王子の許可なしでは話しちゃダメだと思うんですよ。今の状況でどうにも出来ないのに無駄に悩ませるべきじゃないだろうなって思うんですよ。」
ケインズさんが黙って真面目な顔で考え込んでしまったようです。
「そもそもの話し、私が呪詛を掛けられたのも、王都から出す為の策略の一つなんじゃないかとか、うがった見方かもしれないんですけどそんな事も考え出して。」
「正直、レイカさんが言ったんじゃなきゃ信じられなかったと思うけど。確かに今は、そんな裏がない事を祈ることしか出来ないな。」
渋々と認めてくれたケインズさんに、こちらもこくんと頷き返して、その場で身体を伸ばして伸びをしました。
「さってと。今夜は偏屈な魔法使いさんの説得ですよね? 出来ることを一個ずつ片付けて行くのが一番だって分かってるんですけど。偶には弱音にも付き合ってくれると嬉しいです。親友になってくれるんですもんね。」
ちょっと悪戯心でそう付け足してみせると、ケインズさんが溜息混じりに微笑み返してくれました。
「レイカさんには敵わないな。勿論、弱音でも愚痴でも付き合うよ。いつでも、出来るだけ一番近くで。」
なんでしょう、逆転ツーランホームラン的な、イケメンはやっぱりズルいですね。
と、ここでクイズナー隊長に呼ばれる声が聞こえて来ました。
「レイナード!!」
「あ、やば。ちょっとゆっくりし過ぎましたね。まあ、大きいのしてましたって言っときますか。」
ぽそっと呟いた途端にケインズさんの顔がぼっと真っ赤になりました。
「レ、レイカさ〜ん!」
そんな情けないような声に笑いながら、戻る事にしました。




