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食堂の端の席を陣取って食事をしつつ、テーブルに伝紙鳥にする紙を広げて書いていると、その側でフォーラスさんとコルステアくんが子供達から聞いた話しについてボソボソと会話を続けています。
子供達の話しも衝撃的でしたが、それはクイズナー隊長が上手く報告を纏めてくれる筈なので、こちらはヒヨコちゃん親子に家族か群れ認定された件と、サラマンダーをうっかり倒してしまったらしい件を報告しておきました。
中々のボリュームの報告になったので、シルヴェイン王子に対してはくれぐれもお気を付けての一言しか入れられませんでした。
「クイズナー隊長、殿下にこのお手紙以外に直接話したりする連絡手段ってないんですか?」
ついそう声をあげてしまうと、フォーラスさんとコルステアくんも話しをやめてこちらに注目しました。
「なくはないけど、盗聴されたりこちらの位置が他者から特定されたり、それなりの危険性があるね。第一魔力消費が多過ぎて現実的に有効な手段じゃない。」
「そっかぁ。お互いに予め魔法を刻んでおいた魔石を使って繋げれば何とか出来そうな気もするけど。」
構想を頭に浮かべつつ呟くと、はぁと隣から溜息が聞こえて来ました。
「本当こういうとこ、おねー様は怖いよね。マユリ様はもうちょっとふわっと色々言うだけなんだけど。おねー様はなまじ自分が魔法を使えるから、具体的で実現出来そうな話しをし出すし。」
コルステアくんのむすっとした言葉には、クイズナー隊長もフォーラスさんも苦笑いです。
「えっと、ダメ?」
「国家機密にしなきゃいけないような魔法技術の話しをポロポロその辺で垂れ流さないでよ。だから、塔に目を付けられて閉じ込めて全部絞り出したいとか先輩達に思われるんだよ?」
呆れたようなコルステアくんの言葉に、顔から音を立てて血の気が引いた気がしました。
「まあ、塔に渡す気はないけどね。第一ウチの殿下が唾つけてるからね。横槍は困るね。」
クイズナー隊長ににっこり笑顔で言われて、それはそれで気不味いような微妙な気分になります。
「それで? これだけ毎日殿下に気遣われて手紙のやり取りしてて、おねー様もちょっとは自覚してきた?」
そんな突っ込んだ言葉がコルステアくんから来て、思わずむせそうになりました。
「は?はい? えっと殿下からは毎日無茶するなって釘を刺されてますけど。それだけですけど? 私もお返しにお身体に気を付けてって送ってますけど。それだけだし。」
言い訳のように口にして目を逸らしてしまうと、呆れたような溜息が聞こえて来ました。
「まあ、殿下も行軍中でお忙しいでしょうから。ゆっくりと口説き文句を書くお暇がないのでしょうね。それでもこれだけ毎日特別に個人宛ての手紙を受け取ってて何とも思わないのは人としてないとは思いますけどね。」
そう言ってチラッと圧を掛けて来るクイズナー隊長も中々のパワハラ?セクハラ?ぶりだと思います。
「恋愛ごとに部外者が口を出さないで下さい。私だって次は失敗しないようにって、お互いの為に慎重になろうって思ってるんですから。第一今の私じゃどこへどう転んでも恋愛なんか出来ませんから。」
きっちりはっきりぶった斬っておくと、流石にクイズナー隊長もコルステアくんも肩を竦めて黙ったようです。
「レイカ殿は、物凄く適当に自由に生きているように見えて、実は物凄く周りを見て気を遣ってらっしゃる人ですからね。」
「確かに、そういうところもあるよね? でも、根本的に自由な気質なんだろうね。無自覚に周りを振り回してしまうのも事実だ。」
フォーラスさんとクイズナー隊長の分析には何やら申し訳ないような気がしてしまいますね。
「えっと、何かごめんなさい。誓って悪気はないです。」
何をどうして謝っているんだろうという気になってしまいますが、最早最近の全てを収める魔法の言葉になっていますね。
「まあそれはともかく、コルステア殿とも話していましたが、これは帰ってからが大変ですよ? 明らかに何かの陰謀が王都で錯綜している様子ですからね。殿下も我々も、早く戻って調査に乗り出さなければ。何かが手遅れになる前に。」
フォーラスさんの言葉にも真面目に頷けてしまう程、皆不穏な空気をはっきりと感じ始めています。
「あの子達の話しを、何処まで真に受けるべきか。」
フォーラスさんの呟くような言葉に、皆が難しい顔になりました。
「それは、リブルくんだけが例の体質に変えられる措置を受けたところで、2人で逃げ出して来たというところですか?」
リブルくんもメリルちゃんと一緒に出入りしていた孤児の救済施設で、出会った大人に魔法を使える身体にしてもらったのだと語りました。
ただ、眠っている間に全てが済んでいて、後から魔法を使える身体になったのだと説明されたそうです。
勘のいいリブルくんは、不穏な空気を察して、メリルちゃんに何かをされる前に逃げ出したのだと説明していました。
じっくり観察してみましたが、メリルちゃんの方は普通の人と何か違うところがあるようには見えなかったので、本当にこれから何かされる前に逃げられたのか、最初からリブルくんの魔力の供給元にする為に敢えて何もする気がなかったのかは分かりません。
「言い方は悪いけどね、あの子達はカランジュと同じで実験の失敗作だったから、逃げ出しても放置されたんじゃないかな?」
「確かに、これ程ポロポロ見つかるようなら、相当な規模で実験を行っていたのでしょうね。相当な資金も注ぎ込んでいるはずですし。神に敵する許されざる者達です。」
クイズナー隊長の分析にフォーラスさんの怒りの篭った言葉が続きます。
「しかし、それ程の規模で何が目的の研究なのか。」
「二つの実験の共通点は、他者からの魔力の取り出しと活用。それ自体は塔でも研究対象にしている人がいるよ。勿論、こんな非人道的な実験は許されてないけどね。」
コルステアくんも話しに入って行きます。
「そうだろうな。誰かが魔人の特性に目を付けて、それを人に応用出来ないかと実験を繰り返したっていうところだろうね。」
クイズナー隊長の纏めに、3人は苦い顔になりました。
こちらとしては始めから苦い顔のままですが、本当に気になる事は実は言い出せずにいます。
根拠もなく今口にしても荒唐無稽に聞こえるだろう話しを言い出しづらいのも事実ですが、これはシルヴェイン王子に一番に話すべきだという気がするんです。
「人の転移魔法は、やっぱり難しい? それとも概念自体がない?」
コルステアくんに向けて問い掛けると、3人が目を瞬かせてこちらに注目しました。
「どうしたの?おねー様。」
「えっと、あのね。通信系魔法が無理なら、自分が転移魔法で殿下のところに行って報告してくればいいかなって。」
それでも怪訝そうに首を傾げるコルステアくんから何となく目を逸らしてしまいます。
「何?不安になってきたの? それで殿下のところにって、良い傾向だけど。人を対象にした転移魔法は物凄く高度なんだよ? そもそも色んな属性系統をまたぐ複合魔法だから。」
「それこそ何通りも検証と実験がされている分野だけど、危険度が高過ぎる上に魔力消費の問題もあって、人を対象としては実用されている例はないね。」
コルステアくんとクイズナー隊長から揃ってダメ出しされて、ずんと落ち込む事になりました。
便利なようでいて、痒いところに手が届かないのがこの世界での魔法のようです。
「そうなんだ。じゃ、やっぱり大神殿に行くのはまた今度に延ばすのは?」
「・・・ダメだって分かってるでしょう? 解呪を諦める訳にはいかないんだから、少し落ち着きなさい。」
クイズナー隊長に強めの口調で宥められます。
「おねー様の最優先は大神殿に行く事でしょう? 今無理矢理会いにいくより、サクッと解呪して殿下を安心させてあげるべきじゃない?」
急がば回れ理論を話している訳じゃないのですが、正直に打ち明けられない以上、漠然とした不安から殿下に会いたいと言っているように聞こえるのでしょう。
「・・・分かりましたー。」
棒読み調で不本意そうな言葉が出ましたが、皆仕方ないという反応だったので、それに甘えて黙っていることにしました。
マユリさんから以前聞き出した、乙女ゲームの展開。
レイナードルートを外すと通るシナリオに、魔王化したレイナードがラスボスという展開があったそうです。
魔王信者達が祭り上げるレイナードがやらかす事件で、王都への魔物出没や呪術の横行、その裏にレイナードがいるという話しでした。
が、ランバスティス伯爵がレイナードを魔王化させないように頑張っていたお陰で、マユリさんに出会う頃までは少なくともレイナードは魔王じゃなかった筈なのです。
となると、王都での色々は魔王信者が中心でやって来たことで間違いないでしょう。
資金の出所は気になるところですが、彼らはレイナードを体良く担ぎ上げて罪を擦りつけたとも言えるのではないでしょうか?
そもそも実験で魔王の器を作り出したものの、ランバスティス伯爵に遮られて、操り人形にはできなかったので、レイナードの魔力を奪って代理執行する存在を研究して作り出そうとしていたとしたら、あの子供達のような実験体が居てもおかしくないような気がして来ます。
その先の話しも含め、これはやはりシルヴェイン王子にまず話すべきだと思うんです。
「よしそれじゃ手紙はまた預かって出しておくから、君達は部屋に戻ってなさい。」
クイズナー隊長が切り上げの合図を出したので、皆で食堂の席を立つ事になりました。




