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結論から言いますと、サラマンダーのお肉、危険な食べ物でした。
焚火の火ではうまく焼けなかったので、熱した油で揚げてみました。
油はねが酷いことになりましたが、カリカリのビーフジャーキーみたいで、味はまあ美味しかったです。
問題は食べた後のことで、一般魔法をちょっとでも使える魔力待ちの皆さん、リックさんとフォーラスさん以外全員でしたが、魔力が不安定になりました。
具体的には、火属性の系統魔法が使える人は魔力量が一時的に爆上がりしたようで、うっかり火系統の魔法を使おうとすると、制御不能になる危険な状態でした。
逆に火属性系統が使えない人は、火属性の魔力を強制的に取り込んだ形になり、魔力が不安定になって魔力酔い状態でしばらく気分が悪かったそうです。
後者がケインズさんとピードさんだけだったのは不幸中の幸いだと言っていましたが、やはり魔物肉は要注意でしたね。
そんな朝食の後、出発することになりましたが、皆さんが時折ヒヨコちゃん親子の動向をビクビクしながら見守っていることに気付きました。
もうお裾分け?分け前配分?はご遠慮したいところですね。
と、ここまで進んで来た街道で他人に出会すことはなかったのですが、道の先に馬車を囲む集団の姿が見えて来ました。
「商団のようですね。声を掛けて先に行かせて貰いましょうか。」
フォーラスさんが言ってリックさんに馬を寄せて話し始めます。
近付いていくと見えて来た集団は真ん中に3台のホロ付き荷馬車を囲んで周りを護衛が10騎程で守る中々な規模の商団のようです。
「旅の者だ。傍からお先に失礼する。」
商団の直ぐ後ろに付けたところで、そうリックさんが声を掛けて、街道の傍に回り込みます。
ごくゆっくりとした速度で商団の横を追い越して行くと、荷馬車の横をリックさんが通り過ぎたところで声が掛かりました。
「待ってくれ!」
リックさんが馬足を更に緩めて、少し進んでから馬を止めると、フォーラスさんと共に少し警戒しながらあちらも馬車を止めた集団に近付いて行きます。
「何か困った事でも?」
慎重に問い返すリックさんに、馬車から商人の格好をした男が降りて来たようです。
「そちらにいらっしゃるのは神官殿ではありませんか? であれば、是非治療魔法をお願い出来ませんでしょうか?」
言われて見渡した集団には腕やら足やらに応急処置の跡がある人達が幾人もいるようです。
「魔物にでも襲われましたか?」
フォーラスさんが前に出て気遣わしげに問い返すと、商人はコクコクと頷き返しました。
「少し手前の街道傍にサラマンダーの姿が見えたので、反対の街道傍に大回りして迂回したのですが、そこで魔物の縄張りに踏み込んでしまったようでして。」
その事情説明には、何となくギクリとしてしまいました。
「そうだ。あんた達も迂回したんだろうが、俺達が掃除しといたお陰で無事に通れたんだから、礼代わりに少しくらい治療してもらっても文句ないんじゃないか?」
護衛の人からも声が上がりますが、迂回とサラマンダーに関する真相は伝え難い感じですね。
「う、まあ、そうかもな。」
無難に流したリックさんはフォーラスさんに丸投げの視線を向けています。
「そうでしたか。それは大変お気の毒でしたが、私は神官ですが治療師ではないので怪我の治療魔法は殆ど使えないのですよ。小さなかすり傷を薄く出来るかどうかくらいでして。とちらかといえば呪詛の探知や物凄く軽い解呪の方なら少しは出来るのですが。」
祈りを込めた水晶付きでも治療は得意ではないんでしょう。
と、隣に並んだクイズナー隊長が、横からがっしりと腕を掴んで来ます。
これは、黙ってろ、出来るって言うなよってことでしょう。
それはもう、非常事態でもなければ加減が利かないって分かってますから名乗り出たりしませんとも。
「マッキースさん! リブルが、リブルが血を吐いちゃったよ〜!」
と、馬車の中から女の子が出て来て泣きながら訴えています。
「何? 一体どうなってる?」
マッキースさんと呼ばれた商人さんが戸惑い顔で女の子を振り返っています。
「病人ですか? それとも酷い怪我人が?」
フォーラスさんが放っておけなかったのかそう問い掛けていて、女の子がはっとフォーラスさんに目を向けました。
「神官様、リブルが、弟が、魔物にあったら急に具合が悪くなっちゃったの! お願い助けて!」
子供が魔物の毒にでもやられてしまったのでしょうか。
流石に心配になってクイズナー隊長に眉下がりの視線を向けてしまいます。
「クイズナー先生、俺が代わりにちょっとだけ様子を見て来てはいけませんか?」
後ろからケインズさんが小声で話し掛けて来ます。
小さな子供が対象とあって、人の良いケインズさんは放って置けない気持ちになったんでしょう。
「てゆうか、私が行くべきでしょ? 何も出来ないかもしれませんけど。」
こちらもコソコソとクイズナー隊長に食い下がってみますよ?
「だから、何とか出来た時が問題なんだって分かってるかな?」
あちらもコソコソと返して来るクイズナー隊長に、半眼を向けてやりました。
と、やり取りを続けている内に、フォーラスさんが馬車に様子を見に行く事になったようです。
「その子以外に酷い怪我人は? 応急処置が足りていない人がいるなら傷薬や包帯を譲ろうか?」
リックさんがそう申し出ていますが、頭に巻いた包帯に血が滲んでいる人が1人だけ手を上げたようです。
それを受けてそちらにはリックさんとライアットさんが向かって行きます。
旅人同士のこういう助け合いって良いものですね。
命に関わる程ではないようですが、深傷の護衛さんを手当てし直すリックさん達を眺めつつ、馬車の方にも気になって目を向けてしまいます。
と、しばらくして馬車を降りて来たフォーラスさんがしきりと首を捻っています。
その視線がこちらに来て、クイズナー隊長に移りました。
「クイズナー殿と・・・、コルステア殿、申し訳ないがちょっと見て貰えないだろうか。その、患者なんだが魔力がおかしいような気がする。」
はっきりしない口調でしたが、魔力由来の病気とかなんでしょうか?
「・・・魔力由来の病気だとしたら、見て何とかなるものでもないだろうが。何か気になることでも?」
クイズナー隊長が慎重に問い返しているようです。
「ええ。所謂魔力過多や欠乏減少等の進行性の病気とは違うようなんですよ。私は魔力が専門ではないので変な流れが見えるような気がするという程度なんですが。」
そのフォーラスさんの返答に、クイズナー隊長が眉を寄せて考え込んでいるようです。
「良いよ、見るだけなら見てあげても。」
その間にコルステアくんがそう答えてチラリとこちらを見つつ馬を降ります。
「見るだけなら、私も行っても良くない?」
ボソッと呟くと、バッと旅の仲間の皆さんからの冷たい視線が来ました。
この信用のなさは、ちょっと酷いと思います。
と、クイズナー隊長が深々と溜息を吐きました。
「そっと見るだけ、何もしない、発言禁止。良いね?」
低い声で並べたクイズナー隊長に、パッと目を向けます。
するりと馬を降りたクイズナー隊長が、何故か盗聴防止魔石を取り出していて、その食い違った行動にはちょっと言いたい事がありましたが、ぐっと我慢です。
こちらも黙って馬からの降りると、3人で馬車に近寄って行きました。




