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ーーハザインバースの親子は無事に降りて来られただろうか。王都以外での行動には予想がつかないから気を付けるように。不測の事態が起こってもクイズナーが何とか対処するだろうと思うが、もしもそちらで解決出来ないような困ったことが起こったら、クイズナーかコルステア殿ならば私に伝紙鳥を送れるだろう。くれぐれも無茶と無謀は慎んで、無事に一日を終えることを祈っている。ーー
クイズナー隊長に送られてきた手紙には、あちらも移動2日目を終えたシルヴェイン王子達も無事にその日の宿泊先に辿り着いたと書かれていたそうです。
個人に貰った手紙には、やはり心配するような言葉が書かれていましたが、所謂恋文とは程遠いものでした。
それが少しだけ物足りないようなとか、きっと気の所為でしょう。
読み終えた手紙を畳み直していると、同室のコルステアくんがこちらを向いたのに気付きました。
「殿下もマメだね。遠征の移動中なんて、責任者はひたすら忙しいの一言に尽きるだろうに。おねー様に手紙書く時間を取る為に寝る暇も削ってるかもしれないよ?」
言われて顔が引きつってしまいました。
「え? そんなに?」
「そりゃそうでしょ。馬車移動じゃない上に、移動中も伝令とやり取りしてるだろうし、休憩で止まったら食事しながら対策会議でしょ? 王宮にも伝令やら報告やら送ってるだろうし。滅茶苦茶忙しい筈だよ?」
そんな中、こちらの状況も気にしてくれて連絡を取って気遣ってくれるだけでも良い上司そのものなのに、個人に宛てた手紙でまで気遣ってくれるのは、確かに相当な特別扱いでした。
物足りないかもとか思ってごめんなさいです。
「そんな殿下を少しでも労うつもりがあるなら、優しい言葉の一つでも返してあげなよ。」
突き放すように言い捨てたコルステアくんは、ふらりと部屋を出て行きました。
クイズナー隊長から預かっている返信用の紙に、筆記具を出して返事を綴り始めます。
こちらの言語の勉強はまだ不完全なので、自動翻訳機能を利用して日本語で書いていきます。
ーー殿下こそこちらのことは気にせず遠征のほう頑張って下さい。休める時にきちんと休んで、出来る限りながらじゃないお食事をしつつ、くれぐれもお身体に気を付けて下さい。ーー
いざ気遣う言葉と言われると何を書いていいのか分からなくなりました。
若干おかん発言になってしまいましたが、コルステアくんの話しを聞いて、一気にシルヴェイン王子の健康が心配になってしまいました。
ーー今日、魔法制御の訓練をしましたがコインサイズの水玉の生成、凄く難しかったです。帰る頃には一口サイズのアルプスの美味しい天然水の生成をマスターしてご馳走しますので楽しみにしていて下さい。ーー
そんな一言で締め括ると、手紙を丁寧に畳みました。
クイズナー隊長に渡しに行こうと部屋を出たところで、お風呂上がりのオンサーさんと行き合いました。
「あ、ケインズがもうちょいで終わるから、次は弟君に見張って貰いつつ風呂行って来たら良い。」
「ありがとうございます。先生のところ顔出したらコルステアくん探しますね。」
そう答えると、オンサーさんがふと立ち止まりました。
「あのな。余計なお世話だって分かってるんだけどな。アイツに全く望みがないんなら、いっそしっかり振ってやってくれ。」
その視線が手に持った折り紙に向けられています。
「・・・ですよね。自分でもどうしたいのか分からなくて。今の状況を都合の良い猶予期間にしてるのは自分でも分かってるんですけど。」
「てことは、それは少なくとも恋文のやり取りじゃないってことか?」
ふうと溜息混じりにオンサーさんが返して来た言葉に目を瞬かせてしまいます。
「違うと思いますよ? 心配してる、無茶と無謀はやめろって書かれていますけど。私も無理せず休めるときに休んで下さいってことと、アルプスの美味しい天然水の生成を頑張ってるから帰ったらご馳走しますって書きましたけど。」
物凄く正直に明かしてみせると、オンサーさんが眉を顰めて首を傾げました。
「なんて言うかそれ、送り合う意味が・・・。いや、殿下にはあるんだろうなぁ。」
何か哀れみを含んだような顔になったオンサーさんから、さり気なく目を逸らしてしまいました。
「あ、じゃあそういうことで。」
何となく逃げに入ると、クイズナー隊長の部屋を目指して歩き始めました。
クイズナー隊長はフォーラスさんと同室で、部屋に入っていくと2人でシルヴェイン王子からの手紙を見直しながら何か話し合っていたようです。
そこへ入って行った途端に手招きされて椅子に座るように促されました。
どうやらお風呂はもう少し後になりそうです。
「レイカくん。第三騎士団から殿下の方に連絡があったようなんだが、王都市街に例の事象絡みの騒ぎが起き始めているようなんだ。」
例のというのは、呪詛か魔物が出現する話しでしょうか?
「殿下も気にしておられるが、戻る訳にもいかない。こちらもだからな、本当に間が悪い。」
クイズナー隊長の言葉は苦々しげです。
「呪詛のほうですか? 魔物?」
訊いてみると、また更に苦い顔になりました。
「どちらもだな。そして、余り宜しくない噂が囁かれ始めているようだね。」
フォーラスさんも気遣わしげな表情です。
「間が悪いのか、計ったようになのか。誰かが民心を誘導しようとしているのではないかと勘繰ってしまいますね。」
そのフォーラスさんの言葉には嫌な気分になってきました。
「物事が悪い方向に向かってる時って、分かってるのにどうしてそっちの方向に行くのを止められないんでしょうね。」
しみじみと呟くと、苦い笑みが返って来ました。
「レイカくんは自由人で好きなように動くから、悩みがないように見えていたけど、そうでもないのかな?」
クイズナー隊長の少し揶揄うような調子の失礼な発言が来て、むっとしてしまいます。
「失礼ですよねクイズナー隊長って。言っておきますけど、私がレイナードさんと入れ替わることになったのは、あちらで裏切りにあってとんでもない濡れ衣を着せられて失脚したことに、死ぬほど落ち込んでたからです。」
むすっとしたまま明かしてみると、フォーラスさんが驚いた顔になりました。
「レイカ殿がですか? そのお相手はさぞかし血も涙もない人物だったんでしょうね。」
それに、また憂鬱な気分がぶり返して来ました。
「そうなんでしょうね。妬まれてるなんて気付かなかったんですよ。彼に。」
とそこで2人が、ん?と目を瞬かせたようです。
「えっと、まさか恋人だったとか?」
食い気味に来るクイズナー隊長に、仕方なく頷き返しました。
途端に気不味そうな顔で黙り込む2人に深く溜息を吐いてしまいました。
「まあ、もう終わったことですし。レイナードさんがあっちできっちり谷底に叩き落としてくれたそうなので。もう良いんですけどね。」
「・・・それで、殿下の求婚を渋ってた訳だね。そして投げやりで後先考えないのも、その件の反動ってところかな? レイカくん実はかなり模範的に周りに気を遣って生きて来たんじゃないかい?」
その辺りは自分ではよく分からないところですね。
「どうなんでしょうね。色々あって、かなり投げやりになってたのは事実だと思います。でも最近は、少し前向きになった方だと思いますよ?」
それは、ケインズさんやオンサーさんとシルヴェイン王子が理解者になってくれたこと、そしてランバスティス伯爵家の個性的な皆さんに振り回されたお陰なのかもしれませんね。




