200
夕方近く辿り着いた町アルカスで今夜は宿に泊まるそうです。
2日ぶりのベッドが嬉しくて気分も良く町の門を潜ったところで、クイズナー隊長からさらりと声を掛けられました。
「レイナードくんとオンサーくんケインズくんは、宿に馬と荷物を置いたら、この後魔法訓練の時間だからね。」
えっと振り返った先で、クイズナー隊長がとっても良い笑顔になっています。
確かにクイズナー隊長改め先生は、当初道中魔法教育をしてくれる先生というふれ込みでした。
「あのぉ、その後町を見て回って買い出しとかは?」
期待を込めて挟んでみた言葉に、クイズナー隊長の口の端が少しだけ上がりました。
「君はなし。訓練の間に買いに行って貰うから心配しなくていいからね?」
はっきりきっぱり言い切ってくれたクイズナー隊長には、返す言葉も見当たりません。
王都以外の町もちょっと回ったりとかしてみたかったのですが、即行却下されてしまいましたね。
「深窓の御令息には、社会勉強が必要だと思うんですけど。」
諦め切れずにブツクサと溢していると、クイズナー隊長からまた良い笑顔を貰いました。
「社会勉強? 勿論大事だねぇ。特に、一般常識を身に付けた後で、社会に溶け込む術を身に付ける事は、とても大切なことだ。」
何でしょうか、その無駄に強調された、後で、は。
むうっと唇を尖らせつつ、折れてくれそうにないクイズナー隊長に、ここは一先ず諦めることにしました。
こじんまりとしつつも清潔そうな宿の部屋は、コルステアくんとの2人部屋でした。
護衛さん達からリックさんとジリアさん、ライアットさんが買い出しに出るのに、フォーラスさんとコルステアくんが付いていくそうです。
その後ろ姿を羨ましく見送ったところで、クイズナー隊長に促されながら向かったのは、町外れで人の少ない古い噴水広場でした。
チョロチョロと申し訳程度に水が漏れ出す噴水口には、白く石化した付着物が盛り上がるように付いています。
「はい。それじゃ今日は水魔法の訓練してみようか。」
気負う様子もなく話し始めたクイズナー隊長に、少しだけ首を傾げてみせました。
「はいはい、先生。」
気になることがあって声を上げてみると、クイズナー隊長が頷き返してくれました。
「ケインズさんとオンサーさんの得意な魔法系統は水なんですか?」
魔法使いは普通、得意な系統を見付けて、重点的にその系統の魔法を熟練させていくものだと聞きました。
「いや、2人とも水魔法系統が特別得意という訳ではないようだね。ただ、水魔法は余力があるなら小さなものでもいいから使えるようになっておいた方が良いんだ。」
そのこころは、と促す視線に、クイズナー隊長は少しだけ口の端を上げました。
「他はともかく、水だけは生きる為に絶対に必要だからだよ。いざとなったら、水さえあれば人間はある程度までは生き延びられるからね。」
確かに、これには納得です。
「我々は、いつ何時何処へ行く事になるか分からない騎士だからね。」
少しだけほろ苦い口調になったクイズナー隊長ですが、こういうところは流石隊長だと感心しました。
「まずは、手の平に硬貨程の大きさの水を生成するところから始めよう。呪文詠唱付きで。」
最後の言葉を強調するように語気を強めて、クイズナー隊長はこちらにはっきりと目を向けました。
「君にとっては、それくらい難しいことでも何でもないのは分かっているが、今日は呪文をきちんと唱えることと、硬貨サイズで生み出す、つまり魔法制御が課題だ。」
真面目な少し厳しい口調で言われて、ヒヨコちゃん親子相手の無詠唱の適当な魔法について、物申したかったのだと分かりました。
「はーい。」
ここは素直にお返事しつつ、噴水にチラッと目を向けました。
魔法の仕組みは未だよく分かっていませんが、クイズナー隊長がこの場所で訓練することに決めたことには理由があるんでしょうか?
正直言って、硬貨サイズの水球を生成する程度なら、宿の部屋でも出来る筈です。
幾ら制御を誤ったとしても、流石に部屋を水浸しにしたり破壊するような大規模魔法が発動することはないと思うのですが。
首を傾げつつ、魔力を動かさないように脳内イメトレを始めます。
「湧き出せ清水。」
と、少し離れた辺りから力の込もったオンサーさんの声が聞こえて来ました。
パッと目を向けると、バシャンと音を立ててオンサーさんの手の中で弾けた水が流れ落ちて行きました。
お陰でオンサーさんの足元は水浸しになって、ズボンの裾と靴が濡れてしまったようです。
「小さき水球よ、手の中で踊れ。」
と、ケインズさんの呪文が聞こえて、ピンポン玉程の水球が手の平に乗ったかと思うと、どんどん膨れ上がって、パンッと弾けました。
弾け飛ぶ直前は顔くらいの大きさになっていた水球は、ケインズさんの全身と周りにもれなく飛沫を浴びせたようでした。
2人の何か腑に落ちないような顔が目に入りました。
「はい、じゃレイナードくんもやってご覧?」
促されてちょっと後ろに下がると、ケインズさんやオンサーさんを真似て、両手でお椀を作ります。
「集束。」
空気中から水の粒子を集めて小さな水球を作るイメージを魔力に乗せていきますが。
「ん?あれれ?」
小さな水球を作るつもりが想像以上の集束速度で、魔力を注ぎ込み過ぎたのだと分かるのですが、それが何故なのか、そしてどうして急速に収束スピードが上がったのかが分かりません。
と思ったところで、噴水が目に入りました。
「あ、そういうこと?」
呟きつつケインズさんと同じく顔くらいのサイズまで育ってしまった水球を、立てた人差し指の先端でバスケットボールよろしくクルクル回します。
集束のイメージに水球の真ん中に向かって外側から均等に圧力を掛け続けて球形を保つことも盛り込んでおいたので、その場で弾ける心配はなさそうですが。
そのまま指先から離して、回転を利用しながら噴水の上まで運んで行きます。
「解除。」
途端にパンッと弾けて飛び散った水滴は、ケインズさんの時より音高く激しめでしたね。
噴水の上に、少しの間だけ虹が掛かっていました。
「・・・レイナードくん、相変わらず君のは派手だねぇ。」
呆れたようなクイズナー隊長の声に被せるように拍手が聞こえてきました。
「凄い!」
振り返った先で、カランジュを肩に乗せたシーラックくんが手を叩いているのが見えました。
隣にはいつもの微妙な表情のピードさんがいます。
「凄くありませんよ。今は制御と呪文詠唱の訓練の時間です。」
苦い口調で被せたクイズナー隊長は、取り敢えず外野は置いておくことにしたようで、こちらに向き直りました。
「レイナードくん、硬貨サイズは失格です。その上、噴水まで運んだあれは、無詠唱で追加魔法を掛けたでしょう?」
これはその通りなので、ぐっと顔が引きつります。
「えっと。あんな心許ない噴水でも、側にあるだけで水魔法の威力が倍増になるとは思わなかったんですよ。」
「そこは流石に気付いたようだね。魔法というのは、その場の環境や使い方、下地にした発動構成の内容によっても、作用や消費が大きく変わって来るんだ。」
一口に魔法はイメージが大事とは言っても、複雑な条件が重なり合って、その結果が発動された魔法になるということのようです。
「魔法を使う際には、その場に行使する魔法に影響を及ぼす要素がないかを確認する必要がある。今回のことでよく分かっただろう?」
確かに、これは訓練場では体験出来ない特別実地演習でしたね。




