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集落で用意してもらった昼食は、パンと塩辛い味のハムのようなものに、ピクルスのような酢漬けの野菜がひと切れでした。
朝食も同じパンに甘味のあるバターのようなものが塗ってあるものだけだったので、騎士団の食事と比べるとやはり質素だという気になってしまいました。
第二騎士団の食事がイマイチだと文句を言っている場合ではありませんでしたね。
オンサーさんが、パンが不味い発言にそんなもんじゃないかと返していたのも納得です。
が、こんな時こそ味気ない食事に一工夫ではないでしょうか?
その辺で拾って来た木の枝の余計な枝葉を落としてハンカチ代わりの布切れでささっと拭いて、パンにザクっと差し込みます。
左手でしっかり枝の根元を握って、右手の人差し指の先に灯しますよ。
「炙り焼き簡易バーナー!」
ほら詠唱もイメージもばっちりです!
それでと、久々のトースト作成です。
にこにこ笑顔でパンを炙って、ハムは脂分が伝うと危険な気がするので自粛ですが、パンに乗っけてみたらちょっと温まるかもしれませんね。
という訳で、パリパリのパンに味見がてら齧りつこうとしたところで、物凄く注目を浴びている事に気付きました。
「また君は。それ、食堂で禁止令出されたでしょ?」
「う、でもここ第二騎士団の食堂じゃないでしょう? 何でダメなんですか?」
恨めしげに返してみると、肩を竦められました。
「何でって、この半端なく不公平感のある昼食に、ちょっとは自分だけ悪いかなとかいう気持ちにはならないのかな?」
「えっと、希望の方がいらっしゃいましたら、炙りましょうか?」
まだ消火していない指先バーナーをちょっと持ち上げつつ見渡してみると、皆さんに何とも言えない微妙な顔をされました。
「それで焦がさずに炙れるって、物凄い魔法制御だと思うけど、何かしらねその物凄い無駄遣い感。」
ジリアさんの右代表的な台詞に皆がコクコクと頷いていて、こちらとしては納得出来ない気持ちになりますね。
「美味しいご飯はモチベーション持続の為に不可欠なんですよ!」
声を大にして言い切ってみせましたが、首を傾げられてしまいました。
「・・・半分も意味が分からない。」
リックさんの苦い呟きは、拾わなかったことにしようと思います。
価値観の違いは埋め難いものですよね?
「ふうん、まあよく分からないけど、若様お勧めの炙り焼き? 私はやって貰おうかな。魔法使いとして興味あるし。」
炙り焼きパンのお味より使う魔法に興味を持たれてしまったのは予想外展開ですが、まあ過程はともかく、誰かにまずは味わって貰うことが大事ですよね?
「了解です! じゃ、適当にパンを刺す枝を用意して下さい。」
こんな感じで綺麗にしてからパンを刺してと具体的な説明に入ります。
「金属製の柄が長いフォークがあると一番良いんですけど、外じゃ無理ですからねぇ。」
「あ、それなら野営用の金串とかで良いんじゃない?」
「そういうのがあるなら言う事なしですね!」
と、ピードさんが何故か渋々というように護衛の皆さんの共有の荷物の中をゴソゴソとしだしました。
それから取り出されたちょっと黒ずんだバーベキュー用の焼き串に似た金属製の串には目が輝いてしまいます。
「野営とか、よくするんですか?」
ちょっとだけキラキラした目で問い掛けてみると、ピードさんには露骨に嫌そうな顔をされました。
「まあ、やむを得ない時だけな。魔物避けの魔石や魔道具を使っても、寄って来る魔物を完全に弾ける訳じゃないからな。危険には変わりない。」
そういうものなんですね。
「特にあんたを連れて野宿なんて、ゾッとする。何が起こるか分からん。」
それは嫌そうな顔で言われてこちらも乾いた笑いが浮かびます。
「ま、まあ。そこはほら、クイズナー先生とフォーラスさんがじっくりルート確認してくれてますから、きっと野宿は避けられる筈。」
「そうだねぇ。誰かさんが予想外の行動をとったりしなければね。」
クイズナー隊長のその釘刺しには気付かなかったふりで、笑顔を貼り付けつつジリアさんのパンを炙ることにします。
「へぇ、香ばしい匂いよね。じゃ、さっそく齧ってみようかな。」
ジリアさんが護衛の他の皆さんに何故かにやりと笑いかけてから、パンの端をかじっと齧りました。
「熱いですから火傷に注意ですよ?」
念の為に忠告しつつ、今度こそ自分のパンも齧ります。
パリッとしたパンは、炙らないパンとは食感も味も大違いです。
「わあ、これ本当に朝食べたパンと同じ?っていうくらい別物に感じるわねぇ。パリッとしてるからどんどん食べられるけど、食べた感がなくて物足りなく感じるかも。」
ジリアさんの感想、なるほどですね。
量の限られた野営食は、水分を含んだままの少々食べづらいパンを噛み締めつつじっくりゆっくり食べるのが正解なのかもしれません。
「そっかぁ。TPO大事だってことだね。食感と匂いで食欲を刺激してでも美味しく頂きたいっていうのは、所謂贅沢過ぎる価値観なのかもねぇ。」
食糧難とは縁遠いあの時代あの場所だからこその価値観は、こちらに持ち込んで共感を得られるものばかりじゃない事が分かりました。
「炙り焼きバーナーは、パンに対しては封印かなぁ、これは。」
「別に、おにー様がやりたいならやれば良いんじゃないの?」
と、隣からぶっきら棒な声が聞こえて来ますが、コルステアくんなりの慰めのようですね。
「うん、ありがとねコルステアくん。パンは不向きだって判明しただけ。他の食材なら活用性があるかもって思っとく。」
側にいたジリアさんとコルステアくんが目を瞬かせています。
「あ、でもね。若様のその指先の炎って、ただの小さな炎じゃないでしょ? どうやってるの?」
ジリアさんが気を取り直したように問い掛けて来ましたが、これどう答えましょうか。
モデルがガスバーナーなので、確実にガスを燃やして忠実に再現してると思うんですよ。
確かに、普通の小さな火とは違って吹き出す炎で火力が強い筈ですよね。
「うーん。ちょっと説明が難しいんですけど、火って何を燃やすかで火力が変わるでしょう? そんな違いかな? 何を燃やして出力してる炎かはちょっと企業秘密かな?」
「・・・秘密、多!!」
じっとりしたジリアさんの言葉にはちょっと目を逸らしつつ苦笑いです。
「あのなクイズナーさん、俺達決めたからな。若様の事情には極力首を突っ込まない。ヤバい奴だってことはよおく分かったからな。俺達はあくまで旅の護衛だ。若様がどれだけ非常識であり得ない言動をとったとしても、仕方ないからそういうもんだと受け入れる。旅の間に知り得た事情についても他言しないと誓う。だから、俺達の今後に制約を課したり身柄をどうこうされたりするのは絶対ごめんだ。良いな。」
少し厳しい口調で言い切ったリックさんに、クイズナー隊長が神妙に頷き返しています。
と、その目がこちらを向いて、厳しい顔付きになりました。
「理解出来たね? 全て、君の言動次第になるってことだよ? 色々自粛しなさい。」
「はーい。頑張りまーす。」
素直に返事をしておきますが、何故かうまくいく気がしませんね。
とはいえ、リックさん達が後々大変な事になっても良いと思っているわけではないので、事を起こす前に余裕があれば色々考えてからということにしたいと思います。




