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「知らない方が幸せって、最早詰んでるだろ俺達。嵌められたくらい酷い話しじゃないか?」
それは苦い言葉がリックさんから来て、肩を竦めてしまいます。
「うーん。忘却の魔法とか? 後でそんなのをかけるのは? あ、でもそれって魔法っていうよりここでは呪術に近い部類に入るのかな?」
色々考えつつブツブツ呟いていると、ふいにグイッと袖を引かれました。
『我が君! それはいけません! 我が君は呪術にだけは決して手を出してはいけません!』
いつになく焦ったような強い指人形の制止の言葉が入って、目を瞬かせてしまいます。
と、フォーラスさんが何処か青ざめたような目をこちらに向けていました。
「レイナード殿。冗談でもそんなことを仰らないで下さい。」
その上掛けられた言葉がこれで、首を傾げてしまいました。
「え? まあ、呪術って悪いイメージあるから使わないけど。話すだけでも咎められるようなものなの?」
腑に落ちなくてそう口にすると、フォーラスさんが困ったような笑みを向けて来ました。
「あーそうですね。呪術自体は、悪用しなければ犯罪とまではなりません。勿論一般的に良い印象はないものですけどね? ただ、私達のような聖なる魔法を扱う者が呪術に手を染めると、重罪として捕えられます。これは、何処の国でもです。国によっては理由の如何に関わりなく即処刑の対象になることさえありますから。」
重い真面目な口調で語ったフォーラスさんに、今度はこちらの顔が青ざめてしまいます。
「そ、そうなんだ。」
確かに聖なる魔法は無敵感がある傍ら発動にはかなりの制約があるのに比べて、呪術は全ての事象を捻じ曲げるような無理やりな結果をもたらす代わりにかなり非人道的な対価が必要ですからね。
その両極端の二つを使い分けるとか、かなりの悪人の所業かもしれません。
「世界運営上のタブーなんだろうね。」
ボソッと呟くと、指人形がむうっと唇を突き出したような拗ね気味な顔になりました。
『我が君、消されたいんですか?』
「ま、まさかぁ。」
拗ね顔のまま指人形がコテンと頭を腕に擦り寄せて来て、ちょっとだけ可愛いような可哀想なような気分になりました。
「しないってば。保身の為に境界を探るのは大事な事だよ? だから心配しないで? すっごく珍しく可愛くて困るから、ね?」
宥めるように続けたその言葉に、指人形がはっと目を大きくして頭を上げてこちらを見上げて来ました。
『か、可愛い?』
そう呆然と呟いた途端にぼんと顔を真っ赤にした指人形が、次の瞬間には姿を消していました。
「うーん、何がツボか分からないよね、ウチの指人形って。」
「おにー様は! ちょっと言動に気を付けるべき!」
ボソッと呟いたはずが、しっかり聞いていた様子のコルステアくんから苦言を呈されてしまいました。
おかしいですね。
「さて、それじゃどうするかは君達自身に決めて貰おうかな?」
クイズナー隊長は、リックさん達に順繰り目を向けてそう促しました。
「分かった。ちょっとあっちで皆んなで相談してくる。」
リックさんがそう答えて、護衛の皆さんは広場の隅で相談し始めたようです。
その間に、昼食の準備を始めることにしますよ。
「レイカさんは、大丈夫?」
不意に隣りに来て準備を手伝いながらケインズさんが気遣わしげに話し掛けてくれます。
「う、ん?」
何が大丈夫なのか分からなくて首を傾げてみせると、ケインズさんが少し口元を苦くしたようです。
「その、彼らが契約してでも知りたいって言ったら、事情を話さなきゃならないだろう? でも、レイカさんにとっては一々他人に話したくない事情もあるだろうし。それを受けて彼らがどう思うかも分からないし。不安じゃないかなと思って。」
相変わらずの細やかな気遣いに、にこりと笑顔が浮かびます。
「全部、仕方のないことじゃないですか。裏事情の殆どは私が望んだことじゃないけど、お陰でかなり優遇された能力と外見とか後ろ盾があったりとか。ある程度は自由の利く立場にして貰えているし。いざとなれば無理矢理でもかなり色々出来ると思うんですよね。」
そう言ってみましたが、ケインズさんはそれでも眉下がりの心配顔です。
「それでも、こんな風に呪詛を掛けられたら、自力じゃ解除できない訳だし。」
それを言われるとちょっと痛いですが、それでも怯えて暮らすより、自力で大抵は何とかなると思って余裕を持って過ごす方が良いと思うんですね。
「あ、ごめん。余計なこと言ったよね、忘れて。」
慌てて続けたケインズさんは、しまったという顔をしています。
呪詛の話しは女の子としてのレイカにはナーバスな話しだと思ってくれたようです。
「良いですよ、そんなの。何とか出来る術くらいあるはずだって思ってますし。なければ、ちょっと困るけど、この自分でも納得して生きていく方法を探すだけですよ。」
ちょっとだけ強がり混じりにそう返すと、ケインズさんは何か眩しそうに目を細めながら、頷き返してくれました。
「レイカさんは無謀なことも無茶なことも躊躇いもなくしてしまう事があるけど、本当は何も考えてない訳じゃないんだよな。時々騙されるけど、いつかそういうのも分かって、敢えてそんなレイカさんをさり気なく手伝える、後押し出来るような人間になりたい。」
穏やかな中にも強い色を宿した瞳を真っ直ぐ向けられて、耳が熱くなってしまいました。
いや、ここでそれはマズイですよね。
「あ、えっと。ケインズさんって、相変わらず良い人ですよね? 私にそういう優しさを持ってくれる人って貴重だから。」
この旅が始まってからも、不出来な子扱いばっかりですからね。
こういうのは、ちょっと身に沁みます。
と、トスンとケインズさんの反対側の触れそうな程近くに人が座った音がしました。
「おにー様ご飯!」
ぶっきら棒なコルステアくんの声が聞こえて、呆れた目をそちらに向けます。
「ちょっとコルステアくんも、ご飯! じゃなくて手伝ってよ。亭主関白な夫か。」
つい半眼で突っ込んでしまうと、ふんと鼻を鳴らされました。
「ちょっとは場所考えて空気読んだら? こんなところで何してるんだか。」
言われて慌てて周りを見回してみますが、幸いだれも側には居なかったようです。
護衛の皆さんはまだ話し合いが続いているようだし、クイズナー隊長はフォーラスさんと口裏合わせ中ってところでしょうか?
と、少し離れた木の側でオンサーさんがこちらに背を向けて立っていますが、オンサーさんにはもしかして気を遣わせていたかもしれません。
「はーい、ごめんなさーい。」
ここは素直にしっかり者の弟くんに謝っておこうと思います。




