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「成る程。フールフリエの騎獣は、人工繁殖を繰り返して身体のサイズが大きくなったものなんですね。」
クイズナー隊長が食い気味にライアットさんの説明を聞いています。
「まあ、簡単に言うとそうなる。その上、騎獣にする個体は獣騎士候補が孵化直後から育てることによって懐かせるんだ。」
あれ? それってヒヨコちゃんの託児に似た感じなんじゃないでしょうか?
「本能的に巣立ちの為の羽ばたき練習を始めた雛に、獣騎士は跨って定期的に背中を許すように躾ける。」
「え? なんかそれって、雛鶏に負担掛かって可哀想じゃないですか?」
ついそんな言葉を挟んでしまうと、じっとりした目を向けられました。
「相手は魔獣だぞ? 可哀想の前に、躾けられず人に懐かなければ始末するしかなくなる。」
当たり前のように言われて、さっきのお父さんの行動を思い出しました。
確かにハザインバース、一般人にはかなりの脅威ですよね?
「成る程〜、でも、ということは今更ヒヨコちゃん騎獣化計画は不可能ってことですよね?」
「そうだな。だが、何故親鶏の方が懐いているのかは不明だが。明らかにあんたには攻撃しようとしなかったからな。」
そこなんですよ。
「それが、魔物全般に好まれる魔力の所以ということなのかな?」
クイズナー隊長がそう身も蓋もない結論を出してくれました。
「うーん。ウチの指人形、どうも全面的に信用出来ないところがある子なんですよね。ハザインバースが人間に求婚なんてあり得ないじゃないですか。種族違うし。」
「あんたの魔人が言ったのか? 普通は魔物や魔獣が何もしなくて懐くことはないがな。」
そうですよね。
ハザインバースの生態に詳しいライアットさんにもお父さんの行動原理は理解出来ないものみたいですね。
「さて、ともあれそろそろ出発しないとね。次の目的地に辿り着けなくなるからね。」
それもそうなんですが。
と、お父さんに目を向けると、ヒヨコちゃんに何やら取りなされているような調子で何か鳴き合っているようです。
取り敢えずこのまま出発してみる感じでどうでしょうか?
ナシーダちゃんの手綱を預かってくれているコルステアくんに目を向けてみます。
軍馬のナシーダちゃんや第二騎士団の皆さんの馬は魔物や魔獣に慣らしてあるのか、お父さんやヒヨコちゃんをそれほど怖がっていないようですが、フォーラスさんや護衛の皆さんの馬は少し落ち着きをなくしているようです。
「取り敢えず、お父さんの説得は無理なので、しょんぼりしてる内に進んでみましょうか?」
そうクイズナー隊長に話してみると、頷き返されました。
「では、ハザインバースは取り敢えず置いておくとして、出発しようか。」
「置いて、おけるのか?」
遠くからリックさんの疑問の声が上がりますが、何となく今なら置き去り可能な空気感なんですよね。
「お父さんがヒヨコちゃんに慰められて気を取り直す前に、出発しましょう!」
言い切ってみました。
そっと少しずつ後退りつつ、コルステアくんに近付いてナシーダちゃんの手綱を受け取ります。
ゆっくり動いてこそっと隊列を整えて、クイズナー隊長の合図に従ってそっと騎乗して出発です。
リックさんとピードさんを先頭に、その後ろを今回はクイズナー隊長とジリアさん、そしてコルステアくんと並んだ後ろをケインズさんとオンサーさんが固めてくれて、シーラックくんとフォーラスさんの後ろでお父さんとヒヨコちゃんを気にしつつ殿を務めてくれるのはライアットさんです。
走り始めてからチラッと振り返りましたが、お父さんとヒヨコちゃんが何かしてくることもなく、平和な旅立ちを迎えられたようですね。
ホッと皆で一息吐きつつ、今日の予定進路通りに街道を辿って行きます。
昨日と比べると、明らかに魔物の姿を見る頻度が何故か下がったことに首を傾げつつ、昼食の為に止まった広場に降り立ったところで、上空を横切る黒い影が見えて、その理由に皆で納得してしまいました。
「ハザインバースの護送付きって、有難いのか後が怖いのか、紙一重だな。」
リックさんのそれは苦い言葉に答えられずに乾いた笑いが浮かんだところで、その脇をピードさんが横切ってクイズナー隊長に詰め寄りに行っているのが見えました。
「おいあんた。良い加減、ここらではっきりさせてくれないか? 今回の旅、ただの貴族の坊ちゃんのお守りじゃないだろ! 何だアイツは! 後ろにいるのは一伯爵家じゃないことだけは確かだろ!」
「あー。」
それに対してクイズナー隊長が頭を抱える仕草をしつつ、チラッとこちらを恨めしげに見ています。
「若様さ。何気にハザインバースの攻撃をあっさり無詠唱で防いでたじゃない? 魔法の精度も魔力も相当なんじゃないの?」
ジリアさんまで呆れ混じりに話に参加し始めて、これまた引きつった笑みを浮かべることになりました。
シーラックくんとカランジュ主従が揃ってキラキラした目をこちらに向けていて、これにはちょっと居た堪れない気分になりますね。
「クイズナー殿、もうある程度の事情は話すべきではありませんか?」
フォーラスさんも苦い顔ながらそう取り成しています。
「・・・そうですね。守秘義務を課す魔法契約付きなら、やむを得ないでしょうね。本人は隠しておくつもりも無さそうですから。」
呆れ混じりにこちらを見るクイズナー隊長からこっそり目を逸らしておくことにします。
そもそも、隠そうとして隠せるようなものでもないんじゃないかと思います。
色々隠すには、こちらの常識を知らなさ過ぎるんだと思います。
だから、次々ボロが出てしまう訳で。
そっとケインズさんとオンサーさんがこちらに寄って来て周りを固めてくれようとしています。
「はい。契約の魔石。」
コルステアくんがまた当たり前のように荷物から魔石を取り出してクイズナー隊長に渡しています。
あの魔石がポンポン出てくるカバン、ちょっと覗いてみたい誘惑に駆られますね。
その視線に気付いたのか、コルステアくんが振り返りました。
「あ、この鞄触らないでね? 僕以外が手を突っ込んだら、その手は切り落とされて亜空間に放り込まれるからね。」
こっわ!
薄い笑み付きのその台詞、素直に背筋が凍りました。
「そういうことは早く言って? マホウツカイ怖過ぎる。」
「何言ってるの? 経済観念ないおにー様には分からないかもしれないけど、魔石ってすっごく高価なんだよ? しかも、塔の魔法使いが魔力を込めた一級品だからね。それを不測の事態を想定して色々持って来てるんだから、当たり前でしょう?」
さも当然と胸を逸らすコルステアくんには、引きつった笑顔を返すしかありませんね。
「・・・そんなの、後ろに王家がいるって言ってるようなもんだろ。金に全く糸目を付けないってことだろ?」
リックさんが半眼でぼそっと溢しています。
「でも、この契約って、リックさん達にこれから一生制約が出来る事になるんじゃないですか? 実際に起こった事態に対する成功報酬にしといた方が確実に平和的解決? 知らない方が幸せって事態になりそうな予感しかしませんけど?」
ふとそう気付いて口を挟むと、クイズナー隊長に溜息混じりに半眼を向けられました。
「だから、そのつもりだったでしょう? 君が全てを台無しにしているんだよ? 自覚はなかったのかな?」
と、耳に痛いお言葉を頂いて少しだけ凹むような気がします。
「だって。何がセーフかアウトか、そういう価値基準が分からないから。どうしてもそうなっちゃうんだと思うんですよ。」
「まあ、そうなんだろうね。」
それについてはクイズナー隊長とちょっとだけ分かり合えたようで良かったです。




