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早朝、日の出前に起き出して身支度を整えてから即行で出発準備です。
昨日の内に、村長さんに朝と昼用に軽食の用意を頼んでおいたようで、朝一に届けて貰った2食分をそれぞれ荷物に詰め込んでいます。
クイズナー隊長は、毎朝宿泊先から早朝出発することを護衛の皆さんには説明していたようですが、その理由はいずれ分かるからと濁していたようです。
いずれというか、出発早々知ることになると思うのですが、そこでまた一悶着あることは間違いありません。
こちらを不審そうにチラチラ窺うリックさんとピードさんの視線を感じながら、厩までナシーダちゃんを迎えに行きます。
それぞれの馬を引いて集落の囲いから出たところで、手早く朝食を食べることになりました。
集落の守護領域のギリギリ範囲内なので、ここならば恐らく魔物に襲われる危険がないと耳打ちしてくれたクイズナー隊長の言葉には首を傾げてしまいました。
そういえば、そもそも王都自体が守護領域内にある筈で、それなのに何故ヒヨコちゃんのお父さんは降りて来られたんでしょうか?
「守護領域って、魔物が絶対に入って来られないものではないってことですか?」
ポツリと疑問を口にしてみると、クイズナー隊長が肩を竦めました。
「そういうことだね。魔物避けの守護の源は、大地由来だからそもそも空からの侵入は防ぎ難い。それに、守護領域っていうのは魔物が忌避感を感じ易いというだけで、入れないわけでも魔物に何らかの危害が加わるわけでもその中で制約が生じるわけでもないんだ。」
そう聞くと、不思議な気がしてしまいます。
魔物にちょっと近付きたくないなって、誤認させるだけってことですよね?
「えっと? それじゃ集落の中で朝ご飯にして降りて来るの待ってれば良かったんじゃ?」
腑に落ちなくてそう答えると、クイズナー隊長に苦い咎めるような視線を貰いました。
「集落の一般人が怖がるでしょ? 君はちょっと感覚麻痺してるのかもしれないけど、自分達の絶対安全圏内に当たり前のように魔獣が降りて来るなんて恐怖は与えたくないからね。それに、目立つの厳禁だって言ってるでしょ?」
そう説明されると、なるほどこの位置取が折り合える限界点なのだと納得出来ました。
というわけで、もそもそと落ち着きなく朝ご飯を食べ終えてから、上空を見上げながら待つことしばらく。
お空の遠くから急速にこちらに近付く飛行物体が見えて来ました。
「うわ〜。どうしてこっちの居場所感知出来るんでしょうかね?」
思わず漏らしてしまった一言に、隣を陣取っていたコルステアくんが深々と溜息を吐きつつ投げやりに返して来ました。
「愛の力ってやつじゃないの?」
「・・・そういう愛は、なんか要らないかなぁ。」
正直に返してしまったところで、バサバサと羽ばたきの音が聞こえて来ます。
「な! ハザインバース??」
事情をご存知ない護衛隊の皆さんが焦った声を上げています。
「よし! 皆レイナードから離れて!」
クイズナー隊長が当たり前のように声を上げていて、護衛の皆さんから、よしじゃないだろ!って声が飛んでますね。
そんなやり取りの間に、お父さんとヒヨコちゃんが地面に降り立ちます。
「ピュルルル〜。」
「ピュルピヨ。」
それぞれ鳴き声と共に頭を寄せて来ます。
「おはよう! ふたりともちゃんと見付けられて偉いね〜。」
ついそんな言葉を返しつつ、両手でそれぞれの頭を撫でてしまいましたが、特に嫌がられることもなく。
ご機嫌にその腕に頭を擦り付けられました。
「キュウッ!」
抱っこ紐から顔を出したコルちゃんもヒヨコちゃんに挨拶したようです。
そんな和む空気にまったりし掛けたところで、離れてじっとりした目を向けて来る護衛さん達の視線を感じました。
「あー、えっと。こんな感じで毎日移動するからね? また明日の朝ね?」
そう言葉にしてみましたが、お父さんがじっとこちらを見詰める視線を感じます。
因みにお父さんとは意思疎通が全く出来ないので、見つめ返してもアイコンタクトは取れません。
今朝に限って中々去って行こうとしないお父さんには困ってしまいます。
チラッと離れて低姿勢待機しているクイズナー隊長や護衛の皆さんに目を向けてみますが、クイズナー隊長もただ首を振るだけです。
と、目を戻した先で、お父さんの目が鋭くなっています。
「ピュル〜?」
妙な鳴き声を出したと思った途端、クワッと口が大きく開いて。
「待って待って!!」
大慌てで開いた口の向けられた護衛さん達の方に物理障壁になる岩壁を生成して立ち上げます。
途端にジュワッと音を立てて溶けかける岩壁にはぞっとしました。
良く分からない身体に悪そうな匂いが辺りに立ち込めて、青い顔の護衛さん達が一斉に後退りしています。
「お父さん、ダメ!」
腰に手を当てて険しい顔を心掛けてのお説教態勢に入りますが、聞いてませんね。
またもや口を大きく開いて燃え盛る炎の先端がチラッと見えたところで、消火の為に水球をその口目掛けて投げ込みます。
と、飛び出した火炎放射と水球がぶつかって相殺されますが、辺りにむわんとした湿った空気が漂いました。
「良い加減に! しなさい!」
ってことで、身体強化付きビンタ入りました〜。
と、お父さんはしおっと首を縮こまらせて、上目遣いにこちらをチラッと窺う仕草を始めます。
「流石、母の貫禄。」
そこでボソッと呟くコルステアくん、聞こえてます。
「それ、絶対言葉の使い方間違ってるからね!」
今回は流石にイラッと来て言い返してしまいました。
「ライアットさん! こっそり低姿勢でこっち来て下さい!」
この問題を解決する為には、彼の助言が欠かせない筈です!
後退りしていた護衛さん達の中から、ライアットさんが何とも嫌そうな顔でおずおずとこちらに戻って来ます。
「そのハザインバースは、ちょっと躾がなってないけど、君の騎獣なのか?」
そんな事を言い出すライアットさんにはギョッとしてしまいます。
「え?まさか! ヒヨコちゃんの託児係を押し付けられたんですよ!」
「ヒヨコちゃん? その若鶏のことか?」
あ、そうでした。
ライアットさん達にはヒヨコちゃんが雛鶏だったことは分からないですよね?
「目の前のこのハザインバースの卵が王都に持ち込まれてて、お父さんが迎えに来たんですけど、その場で孵化しちゃって。お父さんが置いて飛び去ったから託児することになったんですよ。」
枝葉を落として事情説明しておきますよ?
「で、無事に巣立ったんですけど、何故か毎朝私のところに降りて来るようになったんですよ。一説によると、お父さんが私に求婚してたとか、求婚を受けたことになってるとか、不透明な色々があって、今に至ってるんですが。ぶっちゃけとっても困ってます。」
吐き出してみると、ライアットさんの顔が引きつりました。
「このところ、王城にハザインバースが降りて来てるらしいって噂は聞いてたが、あんたのところに降りて来てたのか。」
ここは隠しても仕方ないのでうんうんと頷き返します。
「まあ確かに、元のハザインバースでは体格的に騎獣にするには小さいからな。だが、あんたの体重ならそのハザインバースに乗れなくはないだろうな。」
ん?何となくライアットさんとの会話が噛み合ってないような?
「えっと? ライアットさん、騎獣って。え? そもそもライアットさんって何でハザインバースの生態に詳しいんですか?」
そもそものこの辺りからご説明願った方が良い気がしてきました。
「・・・いや、逆に何で俺がハザインバースの生態に詳しいことがそんなに気になる?」
「あのですね。正直に言いますけど、私街でハザインバースの生態に詳しい人が見つかったって聞いた時、その人卵だったヒヨコちゃんをお父さんの巣から持ち帰った密猟者さんなんじゃないかって疑ってました。」
途端にムッとした顔になったライアットさん。
「失敬な。」
ボソリとその一言を漏らしてから溜息を吐いたライアットさんは、それでも諦めたようにこちらを向きました。
「私は、フールフリエ王国出身の元獣騎士だ。」
あれ? 何処かの国が鳥型の魔獣を騎獣にしてるって聞いたような?
「へぇ、フールフリエの獣騎士殿にお会い出来るとは。」
すかさず口を挟んだクイズナー隊長。
「元だ。国も出たし、今は騎獣もいない。」
当初の疑いとは違ってましたが、ライアットさんやっぱり訳ありの方だったんですね。




