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「ジリアさんに呪詛を掛けた人達のことなんですけど、物凄く危ない人達だと思います。今王都で流行ってる、人の命を脅かしているタチの悪い呪詛と根が同じものだと思うんですよ。その調査が今始まってて、情報は一つでも多い方が良いって状況なんですけど、情報提供して貰うことは出来ませんか?」
正直に話してみると、ジリアさんはこちらをジッと見つめ返して来ました。
「あなたも同じような呪詛に掛けられてるのよね? あなたがどんな呪詛に掛かってるのか、そちらの事情を話してくれるなら、良いわよ? あなたを信じる。」
これまた、妥当な取り引きですね。
クイズナー隊長に言ったら止められるでしょうか?
「うーん。これ言うと私も怒られると思うんですよね。」
「あのクイズナーって先輩に?」
さて、何処まで明かしたら良いものか。
「を始めとした今回の旅を許してくれた人達ですかね。薄々分かってらっしゃるかと思うんですけど、私本当は性別女性です。カランジュとシーラックくんが言ってたでしょう?」
「うん。それは分かるけど。神殿で解呪出来なかったの?」
性別入れ替えは呪詛としては軽そうなイメージなんでしょうか?
「呪術師が自分の命と引き換えにかけた呪詛に、別口の解呪しかけの呪詛が混ざっちゃって、複雑過ぎて解呪出来ないって言われたんです。因みに、男性に見えると思うんですけど、実際には私女性のままで他の人は認識齟齬で男性に見えてるだけっていう面倒な状態なんです。」
「え? じゃ、実際には女の子のままなのに、見た目だけ男の子に見えるってこと?」
コクコクと頷き返すと、ジリアさんは眉を寄せて考える顔になりました。
「わあ、トイレとかお風呂とか、困るね。」
その実感の籠った相槌に、これまたうんうんと大きく頷き返します。
「そっか、なんか色々腑に落ちたわ。」
共感してくれる女子の味方が出来たのは、ちょっと収穫じゃないでしょうか。
「でも、さ。その呪い解けなかったらどうするの? お嬢様としては致命的でしょ? 恋文とか言ってたし、男性の恋人もいる訳でしょ?」
「まだ恋人じゃないですよ? 色々他にも事情があって求婚はして貰ってるんですけど、今はまだ何もはっきりしてないから考えるべきじゃないって思うし。」
正直なところを答えると、今度はジリアさんはうんうんと頷き返してくれました。
「それ、分かる。そういうの辛いよね?」
いつの間にか恋バナ的な雰囲気に変わってしまいましたが、ジリアさんとはこれから仲良くなれそうです。
「という事情は、取り敢えず他の人達には内緒でお願いします。」
女性のジリアさんはともかく、他の護衛さん達に知られるのはクイズナー隊長は避けるように言うんじゃないかと思います。
「うん。まあ、ウチの連中も実は女の子なんじゃって疑ってると思うけど、私の口からは言わないことにするね。」
そう話しが付いて、2人で部屋に戻ろうとしたところで、廊下の向こうからケインズさんが歩いて来るのに気付きました。
ケインズさんは、こちらに視線を向けて近付いて来ましたが、ジリアさんが一緒にいるのを見て、少し気まずそうな顔になりました。
「あ、じゃ私は先行くね。」
ジリアさんはそんなケインズさんの様子から何を察したのか、笑み含んだ顔になって部屋に向かって歩いて行きました。
「ごめん、ジリアさんと話してたの邪魔したかな?」
ケインズさんは何処か落ち着かない表情で話し掛けて来ました。
「あ、いいですよ? 丁度話しも終わったところだったし。」
「そうか。彼女も呪詛を掛けられてたんだったね。何か話しが出来た?」
そう話しを繋いで来たケインズさんに乗って頷き返します。
「そうですね。これからクイズナー隊長にこっそり報告して、殿下にも知らせて貰った方が良さそうです。」
と言った途端にケインズさんの表情が苦くなりました。
「レイカさん。殿下とは、恋文を送り合うような仲に、なったのかな?」
物凄く言いにくそうに口にしたケインズさんに、どう答えて良いのか困ってしまいます。
「ケインズさん。あのね、殿下からのお気持ちにはきちんとお返事は出来てなくて。今、こんな状況だし。どうなるか分からないし。」
同じように気持ちを伝えてくれているケインズさんにも返事できないまま、シルヴェイン王子との手紙のやり取りは、不誠実かもしれません。
「でも、殿下から届いた手紙は、1人で読みたいくらい嫌じゃないんだよね?」
潤んだような目でケインズさんに見つめ返されて、ドキリとしてしまいます。
目を逸らして言葉を探していると、不意に近付いて来たケインズさんに抱き寄せられました。
肩にケインズさんの顔が寄せられた気配がして、ふうと吐いた吐息が首筋にかかって心臓がバクバクしだします。
「凄く、妬ける。離れてるのに、そんな距離の詰め方はズルいって。」
その正直な告白には、胸がキュンとしてしまいます。
「旅の間は、いつもよりもずっと近くで一緒に居られるって、凄く楽しみにしてたのに。」
いつも心地良い距離感で優しく見守ってくれているケインズさんが、キュッと距離を詰めて甘えて来るこのギャップは、本当に心臓に悪いです。
可愛過ぎじゃないでしょうか。
手を上げて降参したくなって来ます。
「ずっと後悔してたんだ。レイナードの姿だった頃のレイカさんに、何であんな態度とって冷たくしてたんだって。明らかに最初からレイカさんはレイナードじゃなかったのに。歩み寄ろうとしてくれてたレイカさんを突き放そうとして、酷い言葉も浴びせて。」
呟くような後悔の滲む言葉が続いて、それにはこちらも居た堪れない気持ちになります。
「えっと、そこはもうおあいこで良いんじゃないかと。私も記憶喪失のレイナードのフリして皆さんを騙してた訳だし。」
こちらも気まずい気持ちでそう返すと、ケインズさんが首を振りました。
「そうじゃないよ。カッコ悪くて、最低だった。どうしてあの時、レイカさんが皆んなに冷たくされて傷付いてた頃に、レイナードじゃないって気付いてあげられなかったんだろうって。もっとちゃんと庇ってあげられたはずなのにって。」
「ええ? それは無理ですよ。私も中途半端にレイナードっぽく演技してたし。気付くわけなかったですって。それに、ケインズさんはそれでも優しかったですよ? 嫌われ者レイナード係も嫌がらずに引き受けてくれてたし。大分面倒見て貰ってましたよ?」
慌ててそう言い募りますが、それにもケインズさんは首を振ります。
「嫌々だったよ、最初は。それからは、義務感を言い訳にして。その内に嫌なヤツじゃないなって思ってからも、前のお前はってしょっちゅう引き合いに出しては牽制して。レイナードのこと言えないくらいやなヤツだった。」
かなりの落ち込みぶりに掛ける言葉が見当たらなくなってきます。
「えっと、私はケインズさんのこと、最初っから結構何だかんだ良い人だなって思ってましたよ?」
「優しいなレイカさんは。でも、やっぱり失敗だったんだよ。あの時が一番近くに居たのに、いくらだって仲良くなれたのに。本当、自分でも大馬鹿だって思う。」
何処までも沈んでいくケインズさんに、ふっと溜息のような笑みが漏れました。
「何言ってるんですか? 私はレイナードだった頃から第二騎士団で一番ケインズさんが中身も外身もイケメンだって思ってましたよ?」
ここは正直に白状してみると、ケインズさんが息を呑んで肩から頭を上げてこちらを覗き込んで来ました。
「本当に?」
「はい。レイナードだったくせに何考えてたんだって言われるとすっごく恥ずかしいですけど。」
こちらも若干耳が熱いですが、これには気付かれたくありませんね。
「ただですね。イケメンだって浮ついた感じになるのと、好きになってこの人とずっと一緒に居たいって思うことは、ちょっと違うと思うんですよ。」
これははっきりと言っておかないとお互いの為にならないと思うんです。
「そうか。・・・レイカさん、もう前の人のことは言わなくなったね。それは、殿下のおかげ?」
ケインズさん鋭いですね。
「そうかもしれないです。」
これも正直にいこうと思います。
「そうなんだ。やっぱり、悔しいな。でも、それなら過去は振り返らずに、俺もこれからは真っ直ぐレイカさんに想いを伝えていくことにするね。」
こちらを見つめるケインズさんの眼差しは強く真っ直ぐで、思わず見つめ返してしまってから、後悔しました。
顔中真っ赤になってしまったのは、どうやっても誤魔化せそうにありませんでした。




