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「分かった、話すよ。僕とカランジュは、僕が入ってた孤児救済の施設で契約したんだ。カランジュと契約したら、纏まったお金を貰って施設を出られるって言われて。施設を出てもカランジュの力を借りて有利に身を立てていけるだろうからって。」
それが、命尽きるまでの短い期間だとは意図的に言われなかったのでしょう。
「何処の施設ですか?」
フォーラスさんが険しい顔になって問い掛けています。
「何処のって? 下町の外れ?」
整備されていない下町で場所の説明は難しいのかもしれません。
「あ、場所については旅が終わって王都に帰った時に連れて行って下さい。それで、そこの施設に出入りしていたのは、神官でしたか? とんな人達でしたか?」
何処のというのは、何処の管轄の施設かという意味だったようです。
「えっと、分かんないよ。いつもフードで顔を隠していたし。でも、食べ物と暮らす場所をくれるなら、僕達みたいな孤児はそこに行くしか無いんだ。」
それはその通りなのでしょう。
これには、フォーラスさんは苦しいような顔になりました。
「そうだな。君が悪い訳ではないからね。怖い顔で聞いてしまって悪かったね。」
表情を崩したフォーラスさんですが、その顔が一気に悲しそうなものになりました。
「シーラックは、何かの陰謀にでも巻き込まれたのか?」
ライアットさんが気遣わしげに訊いて来ます。
「そうじゃないかって気がしてます。」
言ってから、今度はカランジュに目を向けます。
「カランジュは、自分の存在について知ってる事は?」
俯いていたカランジュがぱっと顔を上げました。
そのつぶらな目に涙が溜まっています。
「痛くて痛くて痛くて、伸ばした手を掴んでくれたのがシーラックだったんです。それから、僕は自分がどんな存在か知る事が出来ました。シーラックが魔力をくれるので、僕はシーラックの為に戦う存在になりました。」
始まりの記憶を思い出して涙が出たのでしょう。
「あなたの魔力は美味しそうで惹かれて堪らないけど。ほんの少しでも取り込んだら僕は耐え切れずに消滅するだろうなって分かってます。だから、もしも僕の所為でシーラックが命を落とすなら、そうなる前に僕を消して下さい。」
真剣な眼差しで言われたその言葉に溜息が出てしまいます。
「そうならない方法をこれから模索するんだよ?」
一番取りたくない最終手段ははっきりしてしまいましたが、どんな裏技を使ってでも方法を探してみるしかないでしょう。
「それで? あんたの知ってるシーラックとカランジュの契約の詳細っていうのは?」
ピードさんが纏めるように問い掛けて来ます。
「ウチの契約待ち魔人が言うには、カランジュは魔物から人工的に作られた魔人擬きなんだそうです。そもそも魔人の契約っていうのは、高魔力を保持する存在と交わされるもので、契約者が自然発散している余剰魔力を日常的に取り込む事で契約者の能力や魔法を模倣出来るようになるらしいです。その代わり、絶対的な主従関係が築かれるってことですね。」
「なるほど、確かにそう聞くと、シーラックくんとカランジュの契約とは随分と違うように感じるね。」
クイズナー隊長が腕を組みながら相槌をくれます。
「そうなんです。魔人は本来特別な能力は持っていなくて、精々が契約したい相手の前に姿を見せたり姿を隠したり人知れず移動したり出来る程度なんだそうです。ですから、契約者から魔力を通して能力を分けて貰わない限り何も出来ない存在のはずなんです。」
「だから、カランジュが普段小さなドラゴンの姿だったり能力を使えたりするのがおかしいって言ってたんだね。」
シーラックくんが落ち気味の声音でそう返してくれましたが、どうしたものか考えてしまいますね。
「うん。それでね、ウチの魔人が言うには、カランジュはシーラックくんの余剰魔力じゃなくて、身の内に取り込んでる魔力を無理やり奪ってる状態になってるんじゃないかって言うんだよね。そうすると、シーラックくんが生きる為に必要な魔力さえも取り出されてる状態になってるかもしれなくて。だから、シーラックくんの命が危ういってことみたい。当然、シーラックくんから魔力を貰わないと生き行けないカランジュも一蓮托生ってこと。」
まだ幼い少年に言うには酷な話しかもしれませんが、これを濁していては危機感が伝わりません。
「契約を、解除することは出来ないのか?」
絶句してしまったシーラックくんに代わって、リックさんが聞き返して来ました。
チラッと目を落とした指人形は珍しく真面目な顔で首を振りました。
「何か、抜け道は?」
問い返してみると、指人形はジッとこちらを見つめ返して来てから、ふうと小さく息を吐きました。
『王都から離れた場所で、魔人とか魔法生物に詳しい人間に相談してみるのは?』
それだけ告げると、指人形はパッと姿を消してしまいました。
指人形の今の態度は、あれでしょうか?
「ウチの魔人によると、契約解除は出来ないみたい。なのか、出来ない事になってるって言う方が正しいのかも。答えられない質問だったみたいだから。」
「何だい?それは。」
クイズナー隊長が首を傾げて呆れ顔になりました。
「ウチの魔人なんですけど、契約前特典でさるスジからこっそり情報入手してるみたいなんですけど、その代わりに制約もあるみたいなんですよ。まあ、主に私の誘導が目的なんだと思うんですけど。」
正直に答えてみると、クイズナー隊長がまた顔を引き攣らせました。
「さるスジからされる誘導って?」
「まあ、世界平和の為ってことかな?」
目を逸らしつつ適当に流してみると、溜息を返されました。
「世界の平和の為って、聖女様じゃあるまいし。」
ピードさんの呆れ返ったような言葉が胸に痛かったです。
王宮では聖女2号みたいな扱いでしたが、どう考えても神様的な存在にとっては、真逆の存在ってことですよね?
やっぱり中身が代わっても、魔王予備軍としてしか扱われてないってことです。
誘導監視員付きですからね。
「あ、この話し滅入ってくるので止めていいですか?」
ボソリと漏らすと、溜息混じりにクイズナー隊長から頭ポンポンされました。
「じゃあどうするの?この子達。」
コルステアくんがシーラックくんとカランジュの事に話しを戻してくれて、切り替えることにしました。
「うん。王都外にお住まいの魔人とか魔法生物に詳しい学者さんか研究者さんに道々会いに行けないかなと。」
苦し紛れに指人形が溢して行ってくれたヒントを頼りに模索してみるしかないです。
「・・・なるほどね。それならフォーラス殿、ラフィツリタに寄り道するルートに変更しましょう。」
聞き覚えのない街の名前が出て来ましたが、そこに誰か心当たりの人が住んでいるんでしょうか?
「ラフィツリタですか? まああそこならそれ程酷い寄り道にはなりませんね。何か心当たりが?」
フォーラスさんが問い返していて、クイズナー隊長は少し苦い顔になりました。
「まあ。僕の師匠に当たる方が引退してラフィツリタに住んでいましてね。僕よりも魔法と魔物に詳しい方なんですよ。ただ、歳のせいか年々偏屈になってましてね。」
そう話すクイズナー隊長の様子に、どんな人なのか楽しみになって来ました。




