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護衛の話しはこのまま継続かと安心したところで、ジリアさんの側にフォーラスさんの姿があることに気付きました。
「魔法使いのお嬢さんの方も、確かに呪詛の気配がしますね。それ程強くないように感じますが、それは根があれと一緒の作りだからでしょうか?」
フォーラスさんもクイズナー隊長やリックさんと話している間にジリアさんを見てくれていたようです。
「うーん。多分ね。となるとちょっと厄介かもしれなくて、その辺り、大神官さんに相談してみるのもアリかなと。」
答えたこちらにフォーラスさんが小さな溜息付きで肩を竦めました。
「段々心配になってきましたよ。現行で例の呪いを一時的にでも抑えられるのはあなただけですからね。今、あなたが王都を離れる事が本当にいい事かどうか。」
フォーラスさんとは王都市街で広がっている様子の呪詛の件でそんな話しになっていました。
「え? この呪い、解けるの?」
驚いたように溢したジリアさん、解呪を試みたことがあるんでしょう。
「分からないので、大神殿で大神官に相談してみませんか?」
「私、神殿で一度解呪して貰ったのに、余計呪いが酷くなったのよ?」
やはりそういう仕組みのようですね。
「今、王都で地味に流行ってる呪いの構造で、神殿での表面的な解呪では呪詛の根が残って前より酷く再発するっていうのがあって。多分、ジリアさんのも同じ構造じゃないかと思うんです。」
「そうだったのね。私、この呪いは一生解けないと思ってた。」
そう思うのも無理ない話しですが、第三騎士団の営所で一時停止させた呪いと違って、ジリアさんのは進行中のようなので、このままではいずれ命に関わる事になるでしょう。
「今すぐに一度解呪して一時停止出来なくはないんですけど、ジリアさんにかかってる呪詛の場合、解呪のタイミングを選びますよね?」
「ああ、まあ、うん。」
その微妙な返事にうんうんと頷き返してしまいました。
女子としては悩ましい問題です。
「解呪、したいですよね?」
念の為訊いてみると、きちんと頷き返されたので、ちょっとホッとしてしまいました。
「念の為に訊いておくけど、どんな呪いなのかな?」
クイズナー隊長がこの旅のリーダーとして旅に支障がないのかという意味合いで確認してくれたようです、が。
「えーっと。ちょっと女性にはデリケートな問題かな? ね、フォーラスさん?」
呪いの中身も見た筈のフォーラスさんに振ってみると、苦笑いされました。
「まあそうですねぇ。私としては言及を控えたいですが。」
当のご本人のジリアさんも少しだけムッとした表情です。
「この旅に支障がないなら、言わなくても構いませんが? 大丈夫ですよね?フォーラス殿?」
クイズナー隊長のちょっとだけ冷たい念押しがフォーラスさんに向かいました。
本当、最近信用ないですよね?
ちょっと拗ねたくなって来ました。
「それでは、そろそろ出発という事で良いかな?」
クイズナー隊長の纏めに、皆が釈然としないながらも仕方ないかと立ち上がって出発準備を始めました。
「深窓の御令息おにー様、これ。」
コルステアくんが近付いて来ながら手を差し出しました。
鈍い輝きを放つ魔石ですね。
「身に付けた者の魔力遮断結界を展開する魔石。発動させるとおにー様の魔力を遮断するから、魔物を引き寄せることは無くなると思う。ただし、発動させた状態でおにー様が一度でも結界内から魔法を発動させたら、魔石は壊れるからね。」
そんな便利グッズをヒョイっと荷物から出して来るコルステアくん、流石優秀な魔法使いですね。
「それ、滅茶苦茶貴重な魔石で、予備はないからね。考えて使ってよ?」
まあ、そうですよね?
という訳で、いざという時の為に発動せずにとっておく方向で行こうと思います。
コルちゃんを抱っこ紐収納して、再出発です。
どさくさで、馬の旅初めてだって言っておいたので、膝のガクガクも隠さずに済みそうですし、問題点の洗い出しが出来た充実したお昼休憩だったんではないでしょうか。
旅の仲間の皆様の視線が何故か冷たくなったような気がする今日この頃ですが、気にせずに強く生きようと思います。
「レイナード、あの先の林を抜けたら王都の守護領域から外れるから、魔物が普通に出没する地帯に入る。気を付けて、常に誰かの側を離れないで。」
ケインズさんがそう説明してくれて、こちらも緊張気味に頷き返しました。
「ケインズさんは、第二騎士団の討伐遠征にも何度も出掛けてるんですよね? 魔物ってひっきりなしに襲って来たりするものですか?」
ちょっと心配になって問い掛けてみると、ケインズさんには小さく笑われました。
「そんな訳ないよ、普通は。魔物も魔獣も基本は縄張りを荒らされない限り人間を襲ったりはしない生き物なんだ。でも、秋口から晩秋までは気が立ってる魔物が多いから、ちょっとした事で人間に牙を剥くことがある。」
「あとは、何かのキッカケで人間を食べて味をしめた魔物や魔獣が集落を襲う事がある。あとは、集落の家畜を狙う魔物や魔獣と人間が戦うこともある。そこから、人間対魔物魔獣っていう構図が出来上がるのが、毎年の討伐遠征の発端だね。」
クイズナー隊長がケインズさんの話しに補足を入れてくれました。
「ってことは。意外と平和に旅が出来るんじゃ?」
「そうだね。魔物寄せする人間がいなければね。」
痛いところを突いてくれましたね。
ただ、思っていたよりも手当たり次第じゃないなら、少し気持ちが楽になりますね。
「レイナードくんは、基本的に一行の真ん中で守られてること。魔法の行使は君自身の命が危険に晒された非常事態以外は禁止。」
注意事項が続くようです。
「ええ? 他の誰かが危ない時は? 魔法だけの援護でもダメですか?」
「ダメだね。自覚はないんだろうけど、君の魔法、物凄く無駄に規模が大きくて派手だからね。実は魔力の無駄遣いが酷いし、目立ち過ぎるから。これ、お忍び旅だって分かってるよね?」
これを言われると痛いですね。
「はーい。大人しくしてまーす。」
結局、いつもこの一言を言わされるんですよね。
「再確認しておくけど、この旅の目的は、君を安全に大神殿に連れて行って連れ帰ること。その為に第二騎士団の騎士が3人と塔の魔法使いと神官がついているんだよ?」
念を押してきたクイズナー隊長ですが、護衛の皆さんが物凄く渋い顔になってますよ?
「あのぉ、その辺り、隠すのやめたんですか?」
「隠してもどうせ直ぐにバレるって割り切ったよ。君は隠し事に向かなさ過ぎるって分かったからね、諦めるよ。」
チラッとリックさん達の方に目を向けたクイズナー隊長に、ピードさんが小さく舌打ちしたのが聞こえてきました。
「何だか済みません。誓って悪気はないんですけど、全ての事態がややこしくなる目に見えない呪いにかかってるんじゃないかと思うんです。温かく見守っていただけますと助かります。」
真摯に頭を下げたところで、複数の深い深い溜息と共に出発の運びとなりました。




