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「魔獣ハザインバースが・・・普通に懐いてる。」
「てゆうか、親鶏まで手懐けてるのは、何でだ?」
そんな呆然とした呟きを背後に聞きながら、無事に降りて来られたヒヨコちゃんとお父さんを迎えます。
今日も今日とて、変わらず過剰気味なスキンシップでスリスリして来るお父さんには苦笑いです。
すっかり大人と変わりないサイズのヒヨコちゃんも撫でてと頭を出して来るので、わしゃわしゃと撫で回してから、飛び立つ2羽を見送りました。
「これ、いつまで続くんだろうね?」
最近、ハザインバースに慣れさせる為にと隣に待機しているコルステアくんに問い掛けてみると、肩を竦められました。
「諦めてお嫁に行くまでじゃない?」
「・・・ライアットさん、何とか力になってくれないかな?」
「ああ、ハザインバースの生態に詳しいって人だっけ?」
そんな会話を交わしていると、第三騎士団の人達がわらっと寄って来ました。
「レイさん! 本当凄いですよね!」
イヴァンさんがキラキラした目でこちらを見ているのには、苦笑が浮かびます。
昨晩、呪いで死に掛けていたサグリスさんをサクッと救ったらしいと噂が流れてから、第三騎士団の皆さんには概ね好意的な目を向けられるようになりました。
因みに、昨日ハイドナーから持たされたお弁当は、諸々が片付いた後、寮の晩御飯の時間が終わったと嘆いていたイヴァンさんに渡してあげました。
完食した後、レイさんが女の子だったら嫁にとか言い出したところで、シルヴェイン王子の手元からリアル凍り魔法が発動しそうになっていたのを、還元魔法で捻り潰したりと一悶着あったことは忘れてしまいたいと思います。
「一月後、特別任務から帰って来たら、また第三騎士団に遊びに来て下さいね!」
そう言ってくれたイヴァンさんには、すっかりベテラン騎士と勘違いされていそうな気がします。
今更否定も出来ない空気に、コルステアくんの冷たい視線に耐えつつ曖昧に笑って流すことにしました。
その間、第三騎士団の団長ルーディックさんと話し合いだと言っていたシルヴェイン王子が、丁度こちらに向かって来ます。
その表情は物思いに沈んでいる様子なので、少し心配になってしまいますね。
「レイ! ハザインバースのほうも問題なさそうだったな。」
中庭に降りて来たシルヴェイン王子がそう声を掛けてきます。
「はい。何もしなくても上空から探し当てたようですから、移動しても大丈夫だと思います。」
「そうか・・・。」
目の前まで来てから落ちた沈黙に、何処となく気詰まりな空気が広がります。
「一月、くれぐれも気を付けて行って来るように。」
心配を滲ませた表情で、仕方なくというように紡がれた言葉には、どう返して良いのか分からなくなります。
「えっと、たったの一ヶ月ですし、何なら遠征の殿下の方が王都を長く空けるかもしれないじゃないですか。だから、お互い無事に帰って来ましょうね?」
そう軽い口調で返してみます。
が、これ、最早上司と部下の会話じゃありませんよね?
周りの第三騎士団の皆さんが、驚いた顔の後、無の表情を心掛けてわざとらしいくらい目を逸らしてくれています。
「・・・そうだな。」
「大体ですね。今から出発じゃないんですから、気が早いですって。」
と、そんな微妙な空気の中へ、パタパタと音をさせて折り鶴のように紙で出来た鳥が飛んで来てシルヴェイン王子の手元に落ちて来ます。
いつかコルステアくんがレイナードの自室から父に飛ばしたものに似ています。
シルヴェイン王子はその紙を開いて中に書かれていた文字を目で追うと、ふうと溜息を吐きました。
「やはりな。王都の門を少し前早馬が通り抜けた。何処からか来た第二騎士団への出動要請ではないかと思っていたが、当たりだったな。」
独り言の延長のように言ったシルヴェイン王子がこちらを向きました。
「第二騎士団は、明日の朝王都を立つことになる。お前達も同じく明日の朝出発するように。」
「はい。」
これは、予め決まっていたことなので、それ程動揺する程の事でもないですが、今晩はシルヴェイン王子の離宮の部屋で過ごすことになる筈です。
「これから直ぐに王宮に戻って、私も準備諸々忙しくなる。出発前にもう話す暇はないだろうし、見送りもしてやれないと思う。とにかく気を付けて行け。いいな?」
しつこい程の念押しは、シルヴェイン王子にとっては付いて来られない不本意さを消化し切れていないからなのかもしれません。
「私達は大丈夫ですよ? ほら、私実は無敵キャラですし。何処かで大人しくぽっくり逝くタイプじゃないですから、ね? 私はどっちかって言うと、殿下の方が心配ですよ? こんないつもは有り得ないような言動してますし。」
これにはシルヴェイン王子も口の端を曲げて不本意そうな顔になりました。
「昨日の呪詛絡みも、それから魔人のことも気になるし。帰って来るまで殿下こそ無事でいて下さいね。」
そんなフラグ立ちそうな台詞をお互いに吐き散らしてから、王宮に戻ることになりました。
離宮前で従者さんに馬を引き渡すと、シルヴェイン王子はそのまま第二騎士団の兵舎に向かって行きました。
離宮前で待機していたランフォードさんもそんなシルヴェイン王子と合流して、こちらに会釈だけして追い掛けていきます。
「おねー様、僕もこれから塔寄って実家帰って出発準備してくるけど、1人で大丈夫だよね? 準備出来る?」
そんなことを問い掛けて来るコルステアくんを驚いて振り返ると、微妙に気遣うような表情が浮かんでいます。
「殿下と別れ難いのは分かるけど、おねー様の最優先は大神殿で呪いの解呪だからね? じゃないと、殿下と向き合えないんでしょ?」
え? そんな顔してたでしょうか?
「ま、待って? 別れ難いって、そういうんじゃないよ? 色々心配する事があって感知能力はチートな私がいなくて殿下大丈夫かなって思ってるだけで。」
「・・・はいはい。」
思いっきり流されましたね。
「あ、あのね。実は私、殿下に言えてないこともあってね。それで、他にも心配というか気になってるというか。」
「・・・はあ。まあ、良いけどね。一ヶ月離れてれば嫌でも自分の気持ちに気付くでしょ。」
あ〜、そうじゃないのに!
「だから! 分かった!コルステアくんには全部話すから! これからちょっとだけ良い?」
「はい? 嫌だけど? 何で僕が聞かなきゃいけないの? そういうの、殿下に直接言ってよって言ってるよね? じゃ、行くから。」
そのままスタスタと魔法使いの塔方面に向かって歩き出してしまったコルステアくんを呼び戻す術もなく、ガックリと肩を落として離宮に入っていくことになりました。




