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「一先ず、彼の危険は去ったということで良いか?」
シルヴェイン王子が仕方なくというように問い掛けて来て、それに頷き返します。
「一先ず、です。根元の元凶は敢えて壊さずに、ただ再発動を防ぐ工夫だけしておきました。」
「元凶は何だ?」
と問われてあれは人に見えるものなのか首を傾げてしまいました。
「左脇辺りに、小さなキラッと光る石みたいなのがあるんですけど、見えますか?」
シルヴェイン王子と今度はコルステアくんが担架に近寄って行きます。
左に回り込んで服を捲って見た2人は、息を呑んだようでした。
「これは、魔石か?」
シルヴェイン王子がコルステアくんに問い掛けています。
「多分、特殊加工して小さく薄く凝縮してあるんじゃないかと思います。」
難しい顔になって眺め続けているコルステアくんの言葉に、シルヴェイン王子がこちらを向きました。
「再発動防止の処置をしていなければ、また呪詛が広がったと思うか?」
「多分。その石がスイッチになってて、一度解除されると威力が強くなる条件付けでもあるんじゃないかと思います。」
シルヴェイン王子が溜息を吐いたようでした。
「何が目的でそんな呪詛発動の魔石を仕込まれたのか、予想出来るか?」
続けて問われた問いに、嫌な気分になりながら口を開くことにします。
「その人、運び込まれた時、発射装置が作動しそうになってたんですよ。多分それが発動してたら、そのまま亡くなってたと思います。」
「間一髪だったか。しかし、何の発射装置だ?」
気分が悪くなるので言いたくないですが、仕方ないですよね?
「多分、その人の持ってるエネルギー。つまり命の力を無理やり取り出して何処かに送る装置がその魔石なんじゃないかと思うんです。」
案の定、そう口にした途端、場の空気が凍りました。
「そんなことが、可能なのか?」
「そうとしか読み解けなくて、時間がなくてパパッとしか見てませんけど、物凄く気持ちの悪い呪詛でした。」
途端にシルヴェイン王子が眉を下げて頭に優しく手を乗せました。
「無理をさせたな、済まなかった。」
真摯に謝ってくれたシルヴェイン王子ですが、また隊長さん達を始め、本当はレイカだと知らない人達が唖然とした顔をしています。
「良いですけど。もう一度やれって言われたら遠慮したいレベルの酷い呪詛でしたね。」
そう口にしてしまうと、同じく呪詛にかかって呼ばれている3人が身じろぎしたようでした。
「あ、貴方がたのはまだそこまで気持ち悪い呪詛じゃなさそうなので、ちょっと休んでから解呪と停止措置掛けときますね。」
そう振り返って声を掛けておくと、露骨にホッとした顔をされました。
「だが、起点になる魔石の解析を進めて取り除かない限り、終わりではないということだな?」
難しい顔になって問い掛けて来るシルヴェイン王子に頷き返します。
「それに、次にかかった人がでた時が問題ですよね。一月は私王都にいませんし。1回目の解呪は神殿でも出来ると思うんですけど、停止措置に使った時限停止魔法は使える人がいるかどうか分からないですよね。」
結界魔法の要領で石の表面を覆うように広げましたが、神殿で使われる聖なる魔法は、かなり力業に近いのでそういう細かい作業が出来る人がいるのかちょっと疑問です。
「・・・確かに、貴方のように聖なる魔法を使う人は神殿には居ませんからね。」
苦い口調で同意したのはフォーラスさんです。
今回の解呪をして気付きましたが、この世界の魔法の発動条件は、プログラミングに近いんじゃないでしょうか?
曖昧な要素は受け付けられず、明確に想像出来たもの、指示出しの呪文を伴うものは問題なく発動される。
AI制御された世界じゃないかって疑いそうになりますね。
ただ、人間は感情という不確定と曖昧に基づいて生きている生き物なので、AIでは管理出来ないだろうとは思いますけどね。
「ケミルズ、こちらのルーディック団長と話したい。ご多忙だろうが本日中にこちらに顔を出して貰うように話しを通してくれるか?」
「あ、はい。直ぐに連絡を入れてみます。」
シルヴェイン王子は王子としての身分からは全騎士団に傅かれる立場ですが、騎士団としては第二騎士団の団長ですから、第三騎士団の内部の問題には口を出しづらいのでしょう。
と、担架に寄り添っていた騎士さんの1人がこちらに歩いて来ます。
茶系の髪と瞳の隊長さん達と同年代の男性ですが、何処か覚えがあるような顔立ちに見えて目を凝らしてしまいました。
「失礼。少し宜しいでしょうか?」
軽く膝をついてこちらに目線を合わせてくれた穏やかな表情にあれ?と目を瞬かせました。
「私は彼サグリスの隊の副隊長のマーシースです。この度は、部下の為にお骨折り下さり有り難うございました。心より感謝いたします。」
物腰柔らかに頭を下げて謝意を表してくれたマーシースさんは、貴族の出で間違いないでしょう。
「あの、マーシースさんはケインズさんやヒーリックさんのご親戚の方じゃないですか?」
明らかにあのお二人に似てるんですよ、色見とか外見もまあ共通点がありますが、何より表情が。
「ああそうか。第二騎士団で息子のケインズと面識が? それよりも弟のヒーリックもご存知とは。」
驚いたように言うマーシースさんは、何とケインズさんのお父さんだったんですね、道理で似てる筈です。
「はい。ケインズさんにはいつもお世話になってます。お兄さんみたいに頼りにさせてもらってますよ?」
「そうか。マーシース副隊長は、ケインズの父親か。」
と、シルヴェイン王子がいつの間にかこちらを向いていて、マーシースさんとの会話を聞いていたようです。
「はい。シルヴェイン王子殿下、愚息がいつもお世話になっております。」
これまた深々と頭を下げたマーシースさんですが、シルヴェイン王子の微妙そうな顔を見て、少しだけ驚いたようです。
「うむ。第二騎士団の騎士としては頑張ってくれているようだ。数日中には特別任務に就けて王都から一月出て貰うことになっている。」
「はい。息子からも聞いております。詳しくは言えないと言いながら、張り切っているようでした。」
ケインズさんらしい真面目さには微笑ましくなってしまいました。
「張り切って、か。まあ、精々頑張って務めを果たして貰うことにしよう。」
どうしても面白くない様子のシルヴェイン王子のギリギリの発言には苦笑が浮かびます。
「私と弟のコルステアくんも一緒なので、宜しくお願いしますね。」
軽くそう挨拶しておくと、マーシースさんは笑顔になりました。
「それは心強い。こちらこそ是非宜しくお願いします。」
そんな和やかなやり取りの間、コルステアくんの呆れ顔とシルヴェイン王子の微妙に不機嫌そうな顔を、フォーラスさんがこれまた乾いた笑みを浮かべて見ていました。




