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営所の会議室に移動して待つこと数十分、テュールズさんと似た症状の騎士さん2名にお会いしました。
呪詛が絡まっているのはそれぞれ足だったり背中だったりと場所の違いはありましたが、どれもその人の命を削りながら成長を続ける呪いでした。
厄介なのは、見せて貰ったどれもそれ程強い呪詛に見えないんじゃないかってことですね。
だから、神殿ではちょっとした呪い?みたいな扱いになったんでしょうね。
シルヴェイン王子は、神殿に連絡を取ってフォーラスさんを派遣して貰うのと同時に、リムニィ医師を第二騎士団の兵舎から呼ぶことにしたようです。
最初の被害者サグリスさんは、所属の隊の副隊長さんが迎えに行っているところで、任務に出ていない隊長さん達には召集が掛かっているそうです。
そんな訳で、大事に発展しつつある会議室には徐々に人が増えていっています。
と、そこへ場違いな程明るいお姉言葉が聞こえて来ます。
「あらここ? 殿下がいらっしゃるの。」
開いた扉から入って来る厳ついお姉のリムニィ医師の姿には、第三騎士団の皆さんの呆気に取られた視線が集まりました。
会議室内を見渡したリムニィ医師は、目の合ったシルヴェイン王子ににっこりと微笑み掛けてから、こちらに気付いて近付いて来ます。
「聞いたわよ〜。殿下とお泊りデート中にまた事件なんですって?」
語尾にハートが付きそうな喜色満面でそう言って来るリムニィ医師に、半眼を返してあげました。
「殿下、リムニィ医師の頭の病気って何とかなりませんか? あ、因みにリムニィ医師、ここではレイって呼んで下さい。」
「あらぁ、アナタ本当に色々苦労するわねぇ。強く生きるのよ? それでレイちゃん、あたしに見て欲しい患者は何処?」
言われなくても強く生きてますけどね。
「この人達です。外傷はないけど鈍痛と激痛を繰り返してどんどん酷くなってるみたいなんですよ。」
「・・・そう。まずは見せて貰うけど、身体の中で起こってる病気が起因で身体の表に痛覚が出る場合もあるのよ?」
それはそうなのでしょうが、町医者は原因を見付けられなかったんですよね?
リムニィ医師はそう言い残して、椅子に座って所在なげにしている3人の元へ向かって行きました。
召集されて隊長さん達3人と話し込んでいたシルヴェイン王子がこちらに向かって来ます。
「取り敢えず、隊長達には君のことは王家の重大機密に当たると説明して、この部屋で見聞きしたことの内、君に関することの他言を禁じた。」
まあ、妥当な措置でしょう。
これが本当に呪術絡みだった場合は、徹底調査が必要でしょうし、余り秘密にし過ぎると調査が進みませんからね。
「はい、ありがとうございます。それじゃ、ある程度は隠さずやっちゃって良いって事ですよね?」
「ああ、フォーラスやリムニィと相談しながら進めてくれ。」
旅立ちの準備中だったかもしれないフォーラスさんには申し訳ない呼び出しでしたが、これは一月後に戻って来るまで放置してちゃいけない案件だと思うんです。
リムニィ医師が診察しているのをシルヴェイン王子と眺めていると、また会議室の外が騒がしくなったようです。
人が慌しく走るような音と掛け声に混じる荒い息遣いが聞こえて来ます。
開いた会議室の扉から数人掛かりで担架が運び込まれます。
それに並走してきたフォーラスさんが焦ったような顔で室内を見渡して、目が合いました。
こちらも運び込まれた担架の上を見た途端に無意識に椅子から立ち上がっていたようです。
「これは、私にも神殿でも無理だ!」
叫ぶように言ってこちらを見るフォーラスさんに頷き返して担架に駆け寄りました。
担架の上で、呪詛の帯に全身を取り巻かれた人が弱々しい呻き声を上げています。
「成長し切って末期がこれかな?」
袖捲りしながら呟いていると、シルヴェイン王子とリムニィ医師もやって来ます。
「近寄っても良い? 全身浮腫んだみたいに腫れ上がってるわね。」
リムニィ医師の苦々しい口調を耳に捉えつつ、呪詛の中身に目を凝らします。
呪詛の帯は身体の中に何度も潜り込んで臓器を貫通しながら、細かく何度もエネルギーの取り出しを指示しながら続いています。
その先端が外に伸びて、発射の指示を出し掛けているところで、その先端の呪詛の文字を大急ぎで還元魔法で解きます。
「コルちゃん、手伝って!」
と、いつの間にか直ぐ真横に待機していた様子のコルちゃんが一度だけ身体を擦り寄せてから柔らかな魔力をこちらに伸ばして来ます。
慎重に一つずつ還元魔法で呪詛を解いて行きますが、これはかなり消耗しますね。
「殿下、これかなりキツいかも。」
「無理はするな。フォーラスにも手伝わせるか?」
これには頷き返して集中しますよ。
人の命がここまでリアルにかかってる解呪は初なので、失敗出来ないプレッシャーがかかりますね。
反対隣からフォーラスさんの魔力も加わって、還元魔法の行使に関する負荷は緩みます。
ただ、解呪の効率化の為に大丈夫な箇所の部分解呪を読み解きながら進めるのがなかなか厄介です。
呪詛自体は成長して進行しようとしてくるので、鬩ぎ合いに近い感じでしょうか?
何処かで、成長の指示だけでも停止出来ないでしょうか。
何というか、進行中のプログラムを解除するような感覚に近いんじゃないでしょうか?
まあそんなこと、あちらで生きてた頃もやったことはありませんが。
「埒が明かないよね。ここは一か八か、た抜き戦法で行きますか。」
呟いてから、手の平に魔力を乗せて、呪詛全体から定型の命令語句のみを全て還元する指示を出します。
と、ごそっと魔力が抜けて、呪詛の帯が一気に掻き消えますが、身体の左脇に鈍い輝きを放つ小指の爪程のサイズのガラス片のようなものが見えました。
砕いてしまおうかと思いましたが、どうなるか分からないので、それに触れて時限停止魔法を表面に纏わせました。
これで、恐らく次の呪詛が発動しても動かない筈です。
ふうとため息を吐いて、前屈みになっていた姿勢を戻すと、後ろに傾ぎ掛けた身体をシルヴェイン王子が支えてくれました。
「大丈夫か?」
「はい。何とか見えてるところは解呪完了。ちょっと座って休ませて下さい。」
「勿論だ!」
言って抱え上げようとするシルヴェイン王子に慌てます。
「わ、歩けますから! 肩貸すくらいにして下さい。」
シルヴェイン王子の胸を手で押し返しつつそう返すと、シルヴェイン王子は一瞬だけ残念そうな顔になりました。
「そうか。」
渋々感を隠そうともせず腕を取ったシルヴェイン王子に支えられて、元座っていた椅子に戻って座り直しました。
その間にリムニィ医師とフォーラスさんが担架の上の人を診ているようです。
「見事に全身の腫れが引いて、身体の色も普通に戻ってるみたいね。呼吸も穏やかになってるわ。」
「呪詛の気配も綺麗に消えています。」
2人が言ってこちらに視線を向けて来ます。
それに合わせるように部屋中の人達の視線が集まってきました。
説明の時間ですよね?
気は進みませんが、シルヴェイン王子に目を向けました。




