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防壁の上を5分くらい散歩して、引き返した営所内は先程よりも人が行き来している様子でした。
「中庭の方にご案内しますね。隊長と殿下もそちらでお待ちだと思うので。」
イヴァンさんの案内に従って営所の中を歩いていくと、第三騎士団の人達とすれ違って振り返られる頻度が上がりました。
隣をトテトテと歩くコルちゃんの可愛らしい様子が人目を引くのでしょう。
「それにしても、美形兄弟ですよね? レイさん女性にモテすぎて困るんじゃないですか?」
と、微妙なお話しに入って来ましたよ?
「モテるけど? それが? あんたに何か関係ある?」
そこで割り込むコルステアくん、そんなにイヴァンさんと会話しちゃいけないんでしょうか?
「え? あ、弟くんもモテるよね? 同年代も年上も幅広く引っ掛けてそうだもんな。」
慌てて合わせてくれた様子のイヴァンさんに、コルステアくんが半眼を向けています。
「違うから、モテてるのはこの人だから。無自覚で無頓着な癖に色々引っ掛けて来て。」
そう言いながらイヴァンさんに向ける視線が険しいのは何故でしょうか?
「あのね、コルステアくん。そうやって誰にでもツンツンしないの。そんなコルステアくんも可愛いって思えるのは、身内の欲目かなって思うから、ね?」
宥めるようにそう口にすると、瞬時にコルステアくんの眉間に縦皺が寄りました。
「は?」
そのまま何故か横を向いて、背けた頰が赤いのは、照れたのか怒り故か分かり難い子ですね。
「仲の良い兄弟ですね。レイさん弟くんが可愛くて仕方ないんですね?」
「うん、そうだね。実際可愛いからね。反抗期の男の子真っ盛りって感じで。」
にっこり笑顔で答えると、舌打ちしそうな顔付きになったコルステアくんと、これにはイヴァンさんも引きつった顔になっています。
「えっと、ちょっと難しい年頃だしね。」
無難に流したイヴァンさん。
コルステアくんはそっぽを向いてそれに鼻を鳴らして終わらせたようです。
「イヴァン! 隊長が中庭で待ってるぞ。お客人をご案内したら、お前も巡回に加われって。」
言いながら廊下の向こうから第三騎士団の騎士さんが歩いて来ます。
「テュールズさん、了解です!」
隊の先輩でしょうか、と思って目をやった先で、そのテュールズさんの腕の辺りからもやっと何かが立ち上がったように見えました。
「キュウッ!」
同時にコルちゃんが一声警告のような鋭い声で鳴いて、身を寄せて来ます。
「あの!」
伝言を伝えて踵を返そうとしていたテュールズさんを呼び止めますよ。
「はい?」
律儀に振り返ってくれたテュールズさんに、ずいっと一歩近付いてその腕の辺りをじっと覗き込んでみます。
「・・・あの?」
「こっちの腕、調子悪かったりしませんか?」
黒い靄が溢れ出して来たように見えた左腕には、細い紐が巻き付いたように黒い呪詛の文字が絡み付いています。
「え?」
驚いたように返して来たテュールズさんは、心当たりがありそうな顔でした。
「何で? 何かあるように見えますか? 重だるくてズキズキ痛むんですが、腫れてる訳でも赤くなってる訳でもなくて、医者にも匙投げられて困ってたんですが。」
首をしきりと傾げながら問い返して来るテュールズさんに、こちらも難しい顔になってしまいました。
「ちょっと、殿下のいないところで勝手に始めないの。」
グイッと腕を引かれてコルステアくんに止められましたが、この呪詛の紐、脈打つように明滅しながら少しずつ幅を広げて成長しているようなんです。
「ん、分かった。じゃ、テュールズさん? ちょっと中庭までついて来て下さい。放っとくと良くないと思うので。」
「え? 医師さんなんですか?」
聞き返してくるテュールズさんに苦笑を返しつつ、コルステアくんに頷き返します。
「良いですから、殿下のいるところでその腕何とかしましょう。」
そのやり取りを呆気に取られて見ていたイヴァンさんがハッとしたようにこちらを向きました。
「レイさん、お医者さんでもあるんですか?」
ちょっとピントのズレた問いが返って来ましたが、今とにかく急ぎなので流しておこうと思います。
「何でもいいから中庭行きますよ。」
2人を促して足を早めて歩き出すと、コルちゃんが小走りに着いて来ますが、コルステアくんには難なく並ばれて、何なら追い抜かれそうになります。
「やっぱりおねー様のままだね。」
ボソッと余計な一言を溢していったコルステアくん、足が短くて悪うございました。
少しだけムッとしつつ、兄の沽券に関わるってことで中庭まで頑張って早歩きしました。
密かに息切れしつつ辿り着いた中庭では、シルヴェイン王子とケミルズ隊長さんがまた深刻の表情で話し込んでいるようでした。
「殿下!」
こちらも一刻を争うかもしれないので、呼び掛けることにしました。
と、シルヴェイン王子とケミルズさんがこちらを振り返りました。
「どうした? 何かあったのか?」
真面目に問い返してくれるシルヴェイン王子に、所在なげに側に立っているテュールズさんに目を向けました。
「テュールズさんの左腕、何か違和感ありませんか?」
「・・・何処だ?」
眉を寄せて問い掛けるシルヴェイン王子にはやはり見えないようですね。
「コルステアくんも?」
「うん、何も見えないね。」
やはり、転生者チート特典の可視化効果で見える呪詛のようですね。
「ケミルズ隊長。コイツがこれから何を言っても、何をしても、他言無用だ。関係ない奴は中庭から出て行かせてくれ。」
「はい? 関係ない者というのは? いえ、何の関係でしょうか?」
確かに、ケミルズ隊長には話しが見えないでしょう。
「レイ、関係あるのはそいつだけか?」
「はい。多分。」
簡潔に答えたところで、シルヴェイン王子の目がテュールズさんの隣からハラハラとこちらを窺っていたイヴァンさんに向きました。
「じゃ、取り敢えずお前、行っていいぞ?」
言われたイヴァンさんは、えっと驚きの顔になっていました。
「あ、はい? えっと、お邪魔でしょうか?」
「ああ、邪魔だ。」
力を込めて即答しているシルヴェイン王子に、幾ら何でもイヴァンさんが可哀想になります。
「あ、イヴァンさん。他に第三騎士団の人で最近原因不明の身体の不調を訴えてる方っていますか?」
取り敢えず、取り成すようにそう問い掛けてみると、何故かケミルズ隊長の顔色が変わりました。
「レイ殿? 何か根拠でも? というか、テュールズの腕は一体どうなっているんでしょうか?」
この答えで、ちょっと嫌な予感が当たったような気がして来ました。
「・・・呪詛か?」
シルヴェイン王子が諦めたようにそう問い掛けて来たので、ここで始めて良さそうですね。
「ええ、多分。ただ、現在進行形で誰かに掛けられてるんじゃなくて、テュールズさんに絡み付いて成長してるように見えるんですよ。」
「・・・しまったな。呪詛に掛けられた人間がどうなっているのか、一度見せておくべきだったな。」
確かに、神殿に解呪に来ている人でもこそっと見せて貰えば良かったかもしれません。
「解呪してあげて良いですか?」
「・・・せめてフォーラスに見せてからが良かったが、余り猶予はないのか? 放っておくとどうなる?」
テュールズさんの腕に顔を近付けて呪詛の文字に目を凝らしてみました。




