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一泊分のお泊まりセットを馬の鞍に取り付け、コルちゃんを入れた抱っこ紐の様子を確かめます。
「レイカ様、水とお弁当になります。」
ハイドナーに手渡されたお弁当セットも荷物に入れます。
「ありがとうハイドナー。」
「どうぞ道中くれぐれもお気を付けて。やはり不自由がございましたら、すぐに知らせをお送り下さい。このハイドナー、最速で追ってレイカ様に合流致しますので。」
いつの間にポケットから取り出しのか、ハンカチを潤んだ目元に当てながら言うハイドナーには、乾いた笑いが浮かびます。
「あ、あのね。一泊、お試しお泊まりだから、明日には帰ってくるんだから、不自由なんかある訳ないでしょ?」
大袈裟なハイドナーのお見送りに引き気味になっていると、荷物を乗せた馬を引いて近付いてくるシルヴェイン王子の姿が見えました。
そして、それについてくる最近少々食傷気味な騒がしい人物の声も近付いて来ます。
「あ! レイカ嬢! 遂にお試し外泊なんだってね! ここ最近シルヴェインと仲良く乗馬訓練してると思ったら、実家の領地に帰るんだって? 療養は我が国に来てくれれば良いのに。いつでも大歓迎だよ?」
「どなた様かが煩いから実家に逃げるんですよ。」
ボソッとお台本通りにサヴィスティン王子に呟いてやりました。
「私の婚約者に勝手に絡まないで頂きたいと申し上げているはずですが? もうしばらくしたら私も今年の遠征が入りそうですからね、その間貴方の居るここに置いておけないから仕方なく実家の領地に帰ることを許しているんです。」
こちらもサヴィスティン王子達に対するお台本通りの台詞ですね。
「そう邪険にしなくても良いだろうに。僕達ももう少ししたら国に帰るのに、僕としては1日でも長くレイカ嬢と過ごしたかったのに、残念でならないよ。」
「おねー様日が暮れるから早く出発するよ?」
その台詞に被せるようにいつの間にか合流していたコルステアくんが言い放って乗馬を促します。
「うん、そうだねぇ。」
そこは乗っかっておくことにして、シルヴェイン王子の心配するような視線を感じながら馬の鞍に乗り上げます。
サークマイトだった頃のサイズに戻って貰ったコルちゃんは聖獣様サイズよりも軽いのですが、抱っこしたまま馬に乗るのはやはり少しだけ負担になります。
でも、それはおくびにも出さず馬上で体勢を整えると、前を走る予定のコルステアくんに準備okと頷き掛けます。
頷き返してくれたコルステアくんがゆっくりと馬を進めだすのに合わせてこちらも歩かせ始めます。
馬での初外出、初外泊は、色々検討した結果、街外れの第三騎士団の営所に泊めてもらうことに決まりました。
ヒヨコちゃんを連れ帰った当初、託児場所として検討されたことのある場所です。
今回の外出外泊には、シルヴェイン王子もついて来てくれることになりました。
ここで、1人で出して大丈夫と許可が出なければ、大神殿行きも延期される可能性があるそうです。
が、そうなると、次の許可がいつ出るかもそもそも二度と出ない可能性すらあるかもしれません。
それは困るので、こちらも必死です。
無駄口は慎んで、コルステアくんの走らせる速度に合わせて追って行きます。
城門を抜けるまで軽快な速度で駆け抜ける練習と、城門付近で速度を落として歩かせる練習、街中では歩くと軽く駆けさせるを繰り返して、馬車や人を避ける操作もコルステアくんを真似てこなしていきます。
一番の難関は、魔物に遭遇したなど馬が動揺して制御を失った時の対処法ですが、こればかりはそうなった時に何とかするしかありません。
その為に有効な魔法の発動練習もしてきました。
あとは毎日馬の世話をして友好関係を築いてきた成果が出ていることを祈るしかありませんね。
街中から遠去かり馬車や人や馬の通行が減って来たところで、街の防壁の側に背の高い塔を備えた営所らしきものが見えて来ました。
カダルシウス王国王都ダームフェルを囲む防壁の内側には東に第三騎士団の営所がある他、詰所が数ヶ所点在しているそうです。
防壁に立つ歩哨はそこから出されているのだとか。
王城を出たことすら数回、王都を出たことなどない身としては、ちょっと防壁の外を覗き見てみたい誘惑に駆られますね。
そんな事を考えつつ、コルステアくんに続いて入って行った営所の玄関前で馬を降りると、旅の友ナシーダちゃんの首を撫でて労いの言葉を掛けてあげます。
ナシーダちゃんはシルヴェイン王子が選んでくれた王家所有の馬の一頭です。
今回の大神殿行きの間、シルヴェイン王子のご好意でお借りしている体裁になっています。
それから、コルちゃんのことも抱っこ紐に入れたままで撫でてあげますよ。
抱っこ紐に入ったまま揺られているのもそれはそれで大変なのではないかと思いますからね。
「シルヴェイン王子殿下、ようこそお越し下さいました。」
第三騎士団の階級の高そうな騎士さんが出迎えてくれているようです。
「ああ、この度は突然済まなかったな。一泊世話になる。」
「いえ、何もないところですが、どうぞごゆっくりご滞在下さい。」
そう歓迎の言葉をくれた騎士さんに頭を下げて、馬を厩舎に連れて行くことになりました。
その全ての行動を後をついて見守ってくれるシルヴェイン王子の視線がくすぐったく感じます。
「馬の操作は問題無さそうだったな。短い間によく頑張った。」
そう労いの言葉をくれてから、頭をポンポンと撫でられるのは気恥ずかしいですが、どうにも心配されているのだろうと分かるので、邪険にもしづらくなります。
「殿下が付き合って下さったお陰です。」
これは事実で、忙しい中毎日乗馬レッスンの時間をきっちり取ってくれたシルヴェイン王子には感謝しかありません。
秘書官のランフォードさんの神スケジュール組みもあったのでしょうが、このご恩は何がどう転ぶにしてもいつか何かの形でお返ししたいと思います。
「そう思うのなら、とにかく無事に帰って来て欲しい。」
そう切実に返されて、少しだけ苦い笑みが口元に浮かびました。
「はい。殿下も、帰ってくる前に遠征に出ることになるかもしれませんし、どうぞお気を付けて。」
「・・・そうだな。」
少しだけ間を開けて答えたシルヴェイン王子は、複雑そうな表情です。
そんな微妙な空気の中、厩舎を出て営所内に入っていくことになりました。




