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「ミンジャーって何ですか?」
物知りそうなクイズナー隊長に聞いてみると、微妙な顔をされました。
「サワガニの一種かな?」
「ふうん。じゃ、ワタリガニの唐揚げ的な感じかな? パリパリしてる?」
問い掛けたところで、ケインズさんがガタンと椅子から立ち上がりました。
「叔父さん!」
垂れ布の向こうに去ろうとしていたヒーリックさんが、抗議するようなケインズさんの呼び掛けに、にやり笑顔で振り返りました。
「美味いぞ? 刺激的な味でエールにピッタリだ。」
一瞬にして、何かヤバいものだということは分かりましたが、オンサーさんが溜息混じりにそのミンジャーを手に取って口に放り込みます。
「ま、確かにこの刺激がエールには合うんだけどな。硬いから口の中怪我しないように気を付けてな。」
そんな感想と共に咀嚼するオンサーさん、食べ終わった後にエールをそれは美味しそうに流し込んでいます。
それに勢いを得て、フォークでザクッとミンジャーを突き刺します。
端っこをちょっと齧ってみると、パリッと食感の後、プチッと何かが弾けてピリッと香辛料に似た辛味が来ます。
それがプリッとした身を咀嚼する度に絡まって、絶妙なバランスです。
「ん、何これ、予想外の美味しさ。」
口にしてからエールを飲んでみると、舌にほのかな甘みが残って驚く程の後味の良さです。
次の料理を運び込んでいたヒーリックさんがぷぷぷと下を向いて笑っています。
「レイカくんそれ、分類上はサワガニの一種に入れられてるけど、小さくても歴とした魔物だからね。」
思わず飲んでいたエールを吹きそうになりました。
「はい? 魔物って、食べても大丈夫なものなの?」
身を乗り出し気味にクイズナー隊長に詰め寄ると、ふふっと笑われました。
「何でも大丈夫な訳ではないんだけどね。ミンジャーみたいに普通に食材に出来る魔物もいるんだよ。」
そういうものなんですね。
「特にミンジャーは、外敵から襲われた時に自らの魔力を使って殻に硬度強化を掛けて、超高速で殻の内側に次々と卵を産んで抱えるんだ。」
「あのプチプチ食感は卵?」
あの香辛料並みの刺激と旨み、ただのカニには有り得ないものですね。
「そうだよ。刺激的な味だけど美味しかっただろう? でも、そう思うのは人間だけなんだろうな。大抵の捕食者は卵の味に驚いて逃げるから、残った卵は無事に守られるという訳だ。」
生きる知恵みたいなものなのでしょう。
ただ残念なことに、それがかえって人間には好都合だったってことですね。
「それじゃ、せめて美味しく食べてあげなきゃですね。」
言って、今度はちょっと大きめ一口で頂きますよ?
パリッと食感に次ぐプチプチ感とピリッとした刺激、そして咀嚼する程訪れるピリ辛の中の旨みと、エールを飲んだ後に広がる何とも言えない甘みに、うっとり顔になっていると、個室には温かな空気が広がりました。
「レイカくんは、美味しくない食事には遠慮なく文句も言うけど、美味しそうに食べる子だよね。食べる事が好きなんだろうね。」
クイズナー隊長のほんわかした感想に、緩み過ぎた顔を引き締めたところで、ヒーリックさんが垂れ布の向こうを覗き見て声を掛けて来ました。
「来たぞ。通して良いか?」
本日の目的、紹介してくれる護衛さん候補を連れて来てくれたようです。
「ええ、お願いします。」
クイズナー隊長が答えたところで、居住まいをただして、フォークもテーブルに戻しておきます。
「復習。ここから君はレイナード様だ。僕は先生だからくんで呼ぶけど、ケインズとオンサーに敬語禁止ね。それから、うっかり隊長って呼ばないように。」
言われなければうっかりをやってしまいそうでした。
「喋り方もレイナード風ですよね?」
「まあ、無理はしなくて良いよ? 見た目で女の子だとは疑われない筈だから。それから、きみは話しがつくまで黙っているように。絶対に話しをややこしくしそうだからね?」
クイズナー隊長の釘刺しには何と言うか納得出来ない気がしましたが、素の口調が楽過ぎて、気取った貴族の若君風の話し方は面倒だと思えてきたので、黙っておくことにしようと思います。
「はーい。」
返事をしたところで、ヒーリックさんが男性を2人伴って戻って来ました。
「護衛仕事の依頼だって聞いた。リックだ。」
前に出て来ていきなり話しを始めたのは、30歳前後に見える見慣れた筋肉質な上背のある体格の男性でした。
「クイズナーという。こちらの若君の旅の護衛が欲しい。」
やり取りはシンプルに始まるようです。
「何人雇う予定だ? そちらの同行者は若君とあんただけか?」
「護衛は5人程度欲しい。こちらは若君と弟君、魔法使いの私と若君の専属護衛の2人、道案内の神官が1人だ。」
「神官? 行き先と護衛期間は?」
「行き先はファデラート大神殿だ。あちらに滞在の期間は10日程を予定している。行き帰りを含めて1月程度の予定だ。」
そう説明すると、リックさんは一緒に来たもう1人の男性に目を向けました。
「リックの仲間のピードだ。護衛内容は、道中の盗賊や魔物から若様達優先であんた達を守ること、でいいか?」
似たような体格の男性でしたが、リックさんより抜け目無さそうな目付きをしています。
「そうだね。予想以上の魔獣クラスに襲われて退けてくれた場合などは、仕事の終了後に特別手当てを出そう。」
クイズナー隊長はそれに動じる事なく話しを進めていくようです。
「細かい報酬の話しに入る前に、雇い主は誰か聞かせてくれ。」
ピードさんも慎重にこちらから情報を引き出そうとしているようです。
こちらも詳しい事情は抜いての依頼なので、お互い腹の探り合い状態なのでしょう。
「それは、そちらの人員全てと顔合わせをしたら話そう。因みに報酬だが。」
そのまま報酬の話しになりましたが、提示した金額に2人が驚いた顔をしていたので、悪くない額だったのでしょう。
この件のスポンサーは、お父さん伯爵なのか王家かシルヴェイン王子なのか分かりませんが、金払いが良いことは間違いありません。
「本当に良いところの若様達なんだな。」
リックさんが何処か苦い口調で言って、2人の視線がこちらに来るのを感じます。
「まあそれは間違いないから安心してくれて良い。何よりも若君の安全が最優先だということと。これはお忍び旅になるので、若君は常に顔を隠して過ごすし、君達も若君との旅のことを言いふらさないで欲しい。」
クイズナー隊長が言いたいことをほぼ言い終えたところで、また2人は顔を見交わしました。
「・・・まあ、顔を晒して歩いてたら目立つだろうな。一度見たら忘れられないような美人さんだ。」
それにはピードさんも同意するように頷いています。
「では、護衛の話しは受けて貰える想定でいていいのかな?」
話しを纏めに掛かったクイズナー隊長に、2人は慎重に頷き返して来ました。




