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「まあ事情は分かった。とはいえお前ら、ここは居酒屋だ。まさか飲み食いせずに人だけ紹介しろって事はないだろうな?」
そういえば、と顔を上げたところで、皆の視線がこちらに来ました。
「レイカさん、庶民居酒屋メニュー食べられる?」
ケインズさんに遠慮がちに聞かれて、思わず半眼になってしまいました。
「何言ってるんですかケインズさん。どんとこいですよ。多分。」
最後に微妙に自信なく付け足してしまったのは、こちらの庶民料理がどんなものか分からないからです。
ちょっと独特な民族料理寄りだったりしたら、ダメな食べ物もあるかもしれません。
「レイカくん、よく食堂のご飯に不満溢してたもんね。無難そうな料理と、つまみ系を頼むよ。」
クイズナー隊長がこちらににやり笑顔を向けてから、ヒーリックさんに注文してくれました。
「飲み物は? レイカさんは果汁水でも飲む? 他は皆んなエールで良いですか?」
ケインズさんがオーダーを取ってくれますが、ちょっと待って下さい。
「え? 私だけお酒ダメ? 成人してますよね?」
ここは声を大にして抗議しておきますよ?
「ダメだろ。レイカちゃんだし。」
すかさず上がるオンサーさんのダメ出しに、ムッときます。
「はい? それってどういう意味ですか?」
ブスッと低い声で返すと、クイズナー隊長のにっこり笑顔が来ました。
「居酒屋と聞いて殿下がレイカくんの同行を絶対に許さないって拒否したところを、絶対に飲ませないからって約束して許可を取って来たんだからね。今日は諦めようね?」
殿下の過保護が発動する意味は分かりませんでしたが、オンサーさんの発言はそれとは違う意味を持っていそうでした。
「何でですか? 私だけ休職中だから? 仕事明けの一杯も許して貰えないんですか?」
往生際悪く更に言い募ると、ケインズさんが困った顔になりました。
「いや、だって。女性が好むようなお酒はあんまり種類がないし。大衆居酒屋だから美味しい良いお酒がある訳じゃないし。」
気遣う言葉が色々と出て来ましたが、そうじゃないんですよ。
「何言ってるんですか。居酒屋の乾杯は生中からでしょ! 良いお店にコース料理食べに行ってる訳じゃないんですよ? 良いお酒なんか要りませんよ。」
「・・・なんか知らんが、居酒屋流儀は知ってそうだな。ならあんたもエールいっとくか?」
ヒーリックさんが取り成してくれて、それにコクコクと頷くこちらに、クイズナー隊長の目が挟まりました。
「レイカくん? 殿下との約束。」
「私はしてませんよ? それにバレなきゃ良いんですから、ちょっとくらい良いじゃないですか。」
すかさず言い返したこちらに、クイズナー隊長の溜息が聞こえて来ました。
「何でだかな、俺嫌な予感がして来たぞ?」
そこでボソッと嫌なことを言い出したオンサーさんの言葉は聞こえないフリです。
「まあ、一杯だけ飲ませてやれば良いんじゃないか? お嬢さんだ。庶民のお酒に興味があったんだろ? エールなら、口に合わなきゃ進まないだろ。」
ヒーリックさんの投げやり感満載な取り纏めが来て、仕方ないという空気が広がりました。
そのまま垂れ布の向こうに出て行ったヒーリックさんを見送って、他3人からのじっとりした目を向けられましたが、気にしないことにします。
「サークマイトを抱っこ紐で抱えたレイナードくんをお姫様抱っこ? 無理だな。重量的にも見た目的にも、是非遠慮したいところだね。」
クイズナー隊長が往生際悪く当てこすってくれますが、聞こえてませんよ?
「この場合、どうなるんでしょうね? 実質はレイカちゃんの重さのはずでしょう? 認識が裏切られる訳だから、レイナードの重量に感じるけど、実際には重くないから、意外と抱えられたなってなるのか?」
その話題に乗っかろうとするオンサーさん、やめましょうね?
「そうなったら、責任もって俺が抱えて送ります。」
ケインズさん、何故悲壮な雰囲気を出してるのでしょうか?
「いやいや、それ一番ダメなパターンでしょ。殿下が激怒した上で、君達旅の護衛役外されるよ?」
クイズナー隊長、そこで嫌味たらしくチラッとこちら見るのやめましょう?
とそこで、垂れ布を潜ってヒーリックさんが入って来ます。
「ほれ、エール4つお待ち。」
言いながらぶら下げて持って来たジョッキ4つをテーブルに置きます。
「何だお葬式みたいに静かになりやがって。」
にやにやと揶揄うヒーリックさんに、ケインズさんが乾いた笑いを浮かべて返しています。
「えっと、それじゃ、腹括って乾杯しましょう!」
誰も取ってくれそうにない音頭をとってしまうことにしようと思います。
わしっと掴んだジョッキは、しっかり大ジョッキサイズでしたが、それを掲げてみせると、他3人も諦めたようにジョッキを持ちました。
「それでは、良い旅の仲間を見つけられる事を願って! 乾杯!」
乾杯と取り敢えず返してくれた皆さんに気を良くして、一口飲んでみます。
何か果物のような香りが来て、味はまったり? ビールとは違う不思議な味わいです。
「へぇ、ビールとはやっぱり違うんだ。」
漏らした言葉に、ヒーリックさんが意外そうな顔になりました。
「ふうん? ビール飲んだ事あるんだな? あっちのがキリッとしてて苦くて辛いだろ? まあそれがクセになるんだけどな。」
「うーん。焼肉とか濃い系のお料理にはそれが合うんだよね。」
ついあちらでのことを思い出して語ってしまうと、ヒーリックさんには首を傾げられました。
「・・・やっぱ金持ちだな。この辺じゃビールなんか普通には手に入らないからな。遠方から取り寄せたのか?」
「あ、まあそんな感じ?」
これは藪蛇になり掛けてますね。
「あ、ヒーリックさんエールに合うおつまみは?」
「おう、持ってくるから待ってな。」
普通に居酒屋の店主と客の雰囲気で話すこちらに、他3人の微妙な視線を感じました。
「飲めるなら飲めるって言ってくれよ。焦った。」
オンサーさんがそう言い出して、それには困った笑みを向けておきます。
「うーん。この身体では初飲酒かな? あっちではアルコール分解酵素にはそんなに不自由してなかったけど。レイナードってお酒飲めたのか分からなかったから。試しときたかったし。エールならアルコール度数もそんなに高くないでしょ?」
「まあ、ものによるかな。叔父さんが軽いの選んで持って来てくれたんだと思う。」
ホッとしたように気を緩めたケインズさんに言われて、笑みを返しておきます。
「あっちでは、飲まされ過ぎない為に自分の酒量を知っとくのも、若い女の子にとっては大事なことだったんだよね。」
「へぇ、本当に女性が自立している世界なんだね?」
クイズナー隊長も興味深げに話しに入って来ます。
こちらでは、若い女性が居酒屋で遠慮なく飲んだりしないものなんでしょうね。
「ほい、まずは揚げ豆。それからミンジャーの唐揚げな。あ、お嬢さんは、ほい、フォーク使いな。」
用意良く渡してくれたフォークを手に、テーブルに置かれたお皿に向き合います。
揚げ豆は形や色はあちらのものとちょっと違うようですが、所謂炒り豆とかフライビーンズと似たような見た目ですね。
もう一つの皿には、キツネ色の衣に包まれた揚げたての小ぶりの唐揚げのようなものが積み上がっていました。




