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「店主さんにはこのまま事情を聞いておいて貰おうか。その上で、相応しい人達を紹介して貰った方が良さそうだね。」
クイズナー隊長がそう言葉を挟んで、皆が驚いた顔になりました。
そのままポケットから魔石を取り出したクイズナー隊長がテーブルの上に乗せました。
「盗聴防止の魔石、置かせてもらうね。暴れ熊のヒーリック。ケインズの叔父さんだったとは世界は狭いねぇ。」
何やら二つ名が出て来ましたが、店主さんの現役時代のあだ名でしょうか。
途端に店主さんの目が鋭く挟まります。
それを意にも介さず魔石にチョイっと魔力を流して魔石を発動させたクイズナー隊長、流石は修羅場潜ってる人ですね。
「おいおい上司の家庭訪問は、事前に連絡を入れとくもんだぞ?ケインズ。」
「叔父さん、落ち着いて。この人は確かに上司だけど、騎士団の仕事絡みとはちょっと違う用件なんだ。」
慌ててフォローに入るケインズさんですが、残念、ガッツリお仕事絡みだと思います。
「クイズナー隊長、もうちょっとそっち寄って下さいよ。コルちゃん降ろしてあげたいので。」
という訳で、ガス抜き入れていこうと思います。
「ああ、ごめんね。降ろしてあげて。」
途端に空気を緩ませたクイズナー隊長が横にズレて椅子にスペースを空けてくれます。
抱っこ紐からコルちゃんを出して椅子に降ろしてあげると、スリっとすり寄って甘えて来ます。
可愛くて真っ白なモフ毛を撫でてあげます。
「・・・やっぱり、サークマイトだよな? てゆうか通常よりデカくて白いのは、変異種か何かか?」
店主ヒーリックさんがこちらを覗き込んで来ます。
「コルちゃんのはこれが巨大進化で。私から聖なる魔力を取り込んで聖獣化したんですよ。」
「はあ? サークマイトが聖獣化? 聞いたこともないな。」
呆気に取られているヒーリックさんも、先ほどの張り詰めた空気がいつの間にか解けているようで良かったです。
「まあ、という物凄く特殊な事情持ちの彼女の旅の護衛を探してるんですよ。」
「彼女?」
サクッと流そうとしたクイズナー隊長の言葉に、きちんと正しくツッコミを入れてくれたヒーリックさんに、オンサーさんが説明を挟んでくれました。
「親父さん、レイカちゃんは男に見える呪いを掛けられてる正真正銘女の子なんだよ。」
と、ここらでフードを降ろしておくことにします。
こちらを凝視しているヒーリックさんの前で麗しのレイナードの顔を晒してみせると、一瞬固まりました。
「こいつは、確かに変質者避けにフードは必須だな。これで本当は女の子って、危なくて外を歩かせられないだろ。」
「そうなんだよな親父さん。お陰でケインズが気が気じゃなくて。」
「ちょっとオンサーさん!」
お向かいでケインズさんが真っ赤な顔で抗議の声を上げています。
「いやケインズ、悪い事は言わない。その子はちょっと高望みし過ぎだ。どうせ貴族のお嬢さんなんだろ? お前には万が一もないだろ。」
「だから! 分かってるから叔父さんは黙ってて下さいって!」
ここまで慌ててるケインズさんは貴重ですが、そろそろ誰か救ってあげて欲しいです。
「まあ、呪いが解けないことには恋愛や結婚も不可能なので、その辺りは今追求されても困ります。そんな訳で解呪の為にファデラート大神殿に行く事になったんです。」
話しを進めて行くことにしますよ。
「ケインズの話しによると、こちらには旅の護衛を引き受けてくれそうな人達が出入りしていそうだということだったのでね。」
クイズナー隊長が後を引き取ってくれてやっと本題に入れました。
4人で囲むテーブルの脇に立って腕組みをしているヒーリックさんは何か考え込んでいるようです。
「行くのはその子だけなのか?」
「いえ。私とこの2人、神官が1人と彼女の弟の魔法使いが1人ですね。」
そう返したクイズナー隊長に、ヒーリックさんは何故かじっとりした目を向けました。
「第二騎士団のあんた隊長の1人だろ? それと騎士2人が護衛に就くって、何者だそのお嬢さん。」
やっぱりそう来ますよね?
チラッとクイズナー隊長を窺ってみると、にっこりと笑顔を浮かべてこちらを見返して来ました。
「何処まで話しても良いのかな? ケインズくんがまさか告白済みだとは知らなかったよ。満更でも無さそうだし。」
その微妙な話しはスルーしようとしたのに、ここで突っ込んで来ますか?
「クイズナー隊長、前から思ってましたけど、ちょっと性格悪いですよ?」
なのでムッとした口調で返してみると、クスッと笑われました。
これ、どちらかと言うと隊長からシルヴェイン王子サイドとしてのケインズさんに対する牽制だったようですね。
「ウチの団長殿下が求婚してるんですよ。まあ、この調子で返事は貰えてないそうですが。」
含んだ言い方をしたクイズナー隊長は、こちらにもう一度意味ありげな笑みを向けてから、ヒーリックさんに向き直りました。
「彼女には現段階で王家として公表を控えている色々な事情があってね。ヒーリックを信用して言っておくけど、特に他国に彼女の存在を気取られたくない。だから、今回の旅は貴族の若君が大神殿を訪ねるというお忍び旅の体裁を取る。私は彼女の魔法の先生、彼ら2人は家から出された護衛、神官は知り合いの道案内ということになる。雇った者達にもそれで通すので、口裏を合わせておいて欲しい。」
真面目に締め括ったクイズナー隊長に、ヒーリックさんの眼光がまた鋭くなりました。
「厄介な仕事を甥に振りやがって。ことによっては見た目以上に危険な仕事じゃないか。」
低い声で言ったヒーリックさんは少しお怒りのようです。
「叔父さん、この護衛任務に声を掛けて貰ってなかったら、俺志願してでも同行させて欲しいって頼んだと思う。レイカさんは、冗談抜きで俺の命の恩人でもあるんだ。」
言われてそんな事もあったなと思い出しました。
「前の討伐任務で、従軍してた神殿の治療師が匙を投げるような大怪我をしたんだ。魔物の毒まで喰らってて、王宮まで運ばれたところで、レイカさんが聖なる魔法で癒してくれたんだ。後から駆け付けた神殿一の治療師が、自分なら助けられなかっただろうって言ってた。」
焦って色々やり過ぎた感のあった治療でしたが、何とかケインズさんを助けられて本当に良かったです。
「成る程な。それが、王家が独占したい能力の一つって訳だ。」
ヒーリックさんが皮肉げに溢してから肩を竦めました。
それからケインズさんに目を向けて一言。
「ケインズ。命の恩人に報いようとするのは良い心掛けだ。だがな、それと恋心を混同するな。その辺りをこの旅で見つめ直して来い。」
厳しいお言葉でしたが、確かにそういうこともあるのかもしれません。
個人的にはケインズさんは自分には勿体無い程良い人だと思うし、正直結構好みのタイプだと思います。
それでも、容姿を含め、他人の土俵で相撲を取ってる感があって、どうしても前に進むのを躊躇ってしまうんですよね。
それと、傷付いた前の恋愛の事が、と思ったところで、ふとシルヴェイン王子の顔が浮かびました。
不思議な事に、この間の神殿でのシルヴェイン王子とのことがあってから、元カレのことを思い浮かべてもズキリと胸が痛むことがなくなっているのに気付きました。
「分かったから、叔父さん。もうそのくらいにしてくれよ。」
弱りきったケインズさんの返事を遠く聞きながら、少しだけショックを隠せない自分を自覚しました。




