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夕暮れの市街地をフードを目深に被って歩いて行くと、周りを歩く人々に混じって違和感なく溶け込んでいるように感じます。
夏場にフードと抱っこ紐で前からコルちゃんが顔を覗かせているという異様な格好なのですが、夕暮れ時って便利です。
「レイカさん重く無い?」
小声で気遣う言葉をくれるのはケインズさんです。
「はいはい。そろそろレイナード呼びに切り替えて。」
すかさず聞こえていた様子のクイズナー隊長が突っ込んできます。
「あ、そうですね。」
素直に頭を掻くケインズさん、何だか可愛いですね。
今日は市街で大神殿行きの護衛を頼む人達の勧誘と見極めの為にクイズナー隊長とケインズさんとオンサーさんと一緒にやって来ました。
コルちゃんをどうするかは色々と検討されましたが、一月お留守番は何が起こるか分からないので危険ということになり、どう連れて行くのかも頭を悩ませた結果、抱っこ紐でカンガルーのように前ポケット収納案が通りました。
始めは馬と並走させて自力で追って来させるとか言って下さった隊長がいましたが、キツネは瞬間的脚力はともかく、持久力はないので無理だろうと反論しておきました。
という訳で、試しに市街へのお出掛けに前ポケ収納で連れ出してみました。
トテトテ歩くコルちゃんを見るのは、個人的には癒しそのものなのですが、いかんせん目立つんですよね。
魔物だと騒がれるのも面倒ですし、聖獣となればお忍び仕様のこちらの正体が知れ渡る可能性があります。
お出掛け中はポケット収納に慣れて貰わなければならないのですが、これが意外に重いんですよね。
骨格が男子だったレイナード時代とは違い、今は明らかか弱い女子でしっかり鍛えてもいないので、ずっと抱っこは慣れるまで辛そうです。
それはさておき、本日これから向かうのは、ケインズさんの叔父さんが営む居酒屋です。
夕方頃からハンター兼護衛をしているような人達が居酒屋に顔を出すのだそうです。
仕事で街を離れていなければ、例のハザインバースの生態に詳しいハンターさんにも会えるかもしれないと聞きました。
一月の旅に向けて幸先の良いスタートを切れると良いのですが。
「あそこが叔父さんの居酒屋だ。」
ケインズさんが指差したのは、大衆居酒屋というのが相応しいような庶民が気軽に出入りするような肩肘を張らない店のようでした。
「大丈夫かな?」
これまた気遣うように聞いてくれたケインズさんですが、あちらでは大衆居酒屋くらい幾らでも行った事があります。
「勿論です。でも、コルステアくんにはお留守番してて貰って正解でしたね。激しく浮きそうですからね。」
そう笑顔で返事しましたが、囲む皆には微妙な顔をされてしまいました。
実は大神殿行きの同行者に、ランバスティス伯爵家と魔法使いの塔からコルステアくんの同行を絶対と押し切られています。
「性別云々は置いとくとして、レイナードでも十分浮くと思うけどな。」
オンサーさんに言われて、まあそう言えなくもないかと思い直してしまいました。
「フード取らないから大丈夫ですよ。」
「大丈夫、奥のカウンター側の半個室を用意して貰ったから、そこでならフード取っても問題ないと思う。」
用意の良いケインズさんの気遣いには感謝です。
そこでならコルちゃんも降ろしてあげられるでしょうか。
入って行った店内は夕暮れ時から中々盛況のようで、あちこちで出来上がった集団が乾杯を繰り返していたりします。
このざわっとした庶民的な感覚は久しぶりで、ちょっと嬉しくなってしまいますね。
一杯引っ掛けてから混ざりに行きたい誘惑に駆られますが、まあ、ダメでしょうね。
クイズナー隊長あたりに笑顔で首根っこ掴んで引きずり戻されそうです。
今日のところは大人しくしておこうと思います。
ケインズさんが接客の店員さんに話し掛けて、奥の方に案内されます。
通り過ぎる店内で、殆どの客は我関せずで飲み食いしているようですが、時折チラチラと鋭い視線を向けて来る人達がいるのに気付きました。
それも、奥で腕を組んでこちらを見ながら待つ店主に気付くと、直ぐに視線を逸らすようです。
「おうケインズ、良く来たな!」
先頭のケインズさんが店主の前まで来ると、厳つい手がわしっとケインズさんの頭を捕まえる勢いで撫でくりまわします。
「ちょ! 叔父さん! 俺もうガキじゃないから! やめてって!」
大慌てのケインズさんが可愛らしいです。
ほっこりしたところで、入り口に目隠し布が垂れている半個室に先頭から通されます。
それに続こうとしたところで、店主さんが上からジロッとこちらを睨む視線を感じました。
フードが怪しいってことでしょうか?
「これ、ストーカー避けなんです。中では脱ぎますから勘弁して下さい。」
「そいつは?」
次は前ポケに視線が落ちて来たようです。
「私の可愛いペットです。何処に行くにも一緒なんです。」
「魔法使いか?」
短い問いが続きます。
「一応、ケインズさんの同僚です。」
「ふうん。」
微妙な空気になったところで、ケインズさんが戻って来て間に入ってくれます。
「叔父さん! その人に絡まないで。格好はちょっとあれだけど、大丈夫な人だから。」
その微妙なフォローの仕方もどうだろうと思いますけど、頭を下げて垂れ布を潜って個室に入ります。
「おう、オンサーの坊や、元気だったか?」
後ろで続くオンサーさんへの扱いに、思わずぷっと吹き出してしまいました。
「ごめん。パワフルな叔父で。遠慮って言葉を知らなくてさ。時々困るんだけど、でも良い人だよ。」
こちらを追って来たケインズさんがそう取り成してくれました。
「そうですね。流石ケインズさんの叔父さんっていうか、良い人なのはよく分かります。」
ほろ苦い笑顔付きで返すと、肩を竦められました。
「座ろっか。」
ケインズさんに促されて奥に詰めて向かい合わせに座ったところで、垂れ布をチラッとめくった店主が渋面でこちらを見ました。
「何だあの、向かい合って座って良い雰囲気の男女みたいな空気感は。」
「・・・今はそっとしといてやって下さい親父さん。」
その店主さんとオンサーさんのやり取りに気まずさ百倍なんですが。
「はいはい。それじゃ失礼しますよ。」
それを割るようにクイズナー隊長が入って来て隣に座りました。
「ケインズ、お前だけ後で居残りで事情説明な。」
店主さんのその言葉には乾いた笑いが浮かびました。




