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美味しい筈のシルヴェイン王子の宮の晩餐が、喉に詰まりそうなのは、漂う空気の所為でしょう。
「あら、このソース美味しいわ。流石シルヴェイン王子の宮の料理人ね。」
そんな呑気なクリステル王女の言葉が上がり、隣のサヴィスティン王子がにやりと笑いました。
「全くな。何だか知らないが、神殿に行って来たシルヴェインとレイカルディナ嬢の様子がおかしいし。本当美味しい晩餐だねぇ。」
本当に他人の不幸は蜜の味っていうとんでも王子ですね。
「そういえば、昨晩は残念だったね。レイカちゃん。」
「馴々しく呼ばないで下さい。ちゃん付けとか許してませんよ。」
そこはすかさず突っ込んでおくことにします。
「あれ? ダメなの? キスがダメとなるとちょっと工夫が必要だけど、僕なら呪いが解けなくてもシルヴェインみたいにあんな不機嫌になったりしないよ?」
「何のことか全く分かりませんけど、私とシルヴェイン王子の事情に他所様が口を突っ込まないで頂けませんか?」
パシッと不敬罪覚悟で突っ込んでみると、クリステル王女にくすくすと笑われました。
シルヴェイン王子と神殿にお出掛け中に、押し掛け晩餐の申し出をして来ていたサヴィスティン王子とクリステル王女に付き合う形で、晩餐の席には王太子とマユリさんも座っています。
が、このお二人は、シルヴェイン王子の様子に空気を読んで余計な話題に踏み込もうとはしなかったのですが。
「あーうん。サヴィスティン王子は明日は私と騎士団の見学だったな。マユリはクリステル王女と一緒にお茶会だったか?」
と、微妙な話題を変えにかかっている王太子も、この2人の殿下のことは持て余し気味のようです。
「ノイシュレーネ姫主催のお茶会でしたわね。シルヴェイン王子の婚約者候補が従兄弟の姫に売り込み活動をするお茶会ではなかった?」
「え? あの?」
マユリさんが焦ったように言葉に詰まっています。
「ふうん? そんな副題が付いたお茶会なんだ。何だか面白そうだなぁ。」
「ええ、前回はそんな雰囲気だったわよ?」
また2人が微妙な話題に踏み込んで行くのに、王太子の顔が引きつり気味です。
「いや、そんなお茶会では無いはずだ。出席の令嬢達もシルヴェインの婚約者候補ばかりではないし。第一ノイはあからさまなごますりは好きじゃないからな。」
乾いた笑いと共に取り成した王太子とは対照的に、シルヴェイン王子は終始無言のままです。
何なら、神殿の帰りの馬車の中からずっとそんな様子なのですが、原因を作った自覚はあるのでこちらもつついたりしませんよ?
「そうなの? でも、そうならレイカルディナ嬢も参加しましょうよ?」
「ダメです。」
とそこで、即行で断ったのは何とずっと無言だったシルヴェイン王子です。
これには晩餐テーブルを囲む皆さんが驚いたようでした。
「え? シルヴェイン、束縛系? そういうの良く無いよ? 僕的にはレイカ嬢がシルヴェインを嫌うのは大歓迎だけどさ。」
「そういう話しではありません。」
絶対零度な口調で返したシルヴェイン王子は、張り詰めた空気を発散したまま、晩餐にも殆ど手付かずの様子です。
「あの、シルヴェイン王子? ご飯の間は考え事は止めませんか? 空腹で色々考えると、思考はマイナスの方向にしか向かいませんよ? 身体と頭脳回転の活力の為にも、考えるのやめて無心で食べましょう。」
どうせ後でお説教コースは避けられませんからね。
空腹の所為で更に短気になってる王子のお相手はごめんです。
「・・・そうだな。」
言ったシルヴェイン王子の鋭い眼光がこちらに来て、びくつきそうになった事は内緒です。
「ふうん? レイカ嬢って度胸があるのね? シルヴェイン王子に群がるその辺の令嬢達とは違いそう。案外シルヴェイン王子、本気だったりして。」
クリステル王女が面白がるような口調で突っ込んできますが、笑えませんよ?
「クリステル、それ面白く無いよ? 僕の付け入る隙、残しておいてくれないと。」
「お兄様の? どっちが本命になったの?」
迷惑兄妹のそれは微妙な話題が展開されていますが、相手にしない事にして晩餐に集中する事にします。
クリステル王女が褒めたソースですが、少しクセのある白身の魚、もしかしたら川魚とかかもしれません、のすり身と刻んだ野菜を混ぜ込んでゼリー寄せにしたような料理にかかっているソースなのですが、魚の味と良く合っていて、ちょっとクセになる美味しさです。
チラッと見るとマユリさんは少し苦手そうにちょっと食べて残したようです。
日本人の味覚にはちょっと難しい味かもしれません。
身体がレイナード譲りな所為で、そのまま転移したマユリさんよりは少し抵抗感が薄いのかもしれませんね。
「それは今なら断然レイカ嬢でしょ。呪いが解けてない方が僕は好みだし。それに、今ならどさくさで2人とも連れて帰ることも出来るかもしれないよ?」
「成る程ねぇ。レイカ嬢はお兄様のシルヴェイン王子は私のお相手として。」
聞くに耐えない言葉が耳に入ってしまって、流石に黙っていられなくなりました。
「寝言は寝てから仰ってほしいものですねぇ。」
視線はあくまでも料理に向けて、誰にともなく言った言葉ですが、この席に着く誰もが対象を正しく理解した筈です。
「そう? そういえば昨日の眠りは深く安らかだったよ? たまに夜寝付けずにいる日もあるからさ、そういう時に昨日みたいに良い眠りに着かせてくれたら凄く助かるなぁ。」
「そうですか? 前の晩も良くお休みになれてたようですよ? あれ前の晩の眠りの再現みたいなものですからね。」
これまた下を向いたまま答えておくと、サヴィスティン王子はくすくすと笑ったようです。
「ホント、レイカ嬢って面白い。これで実際は女性だけど男に見えるって、僕にとっては最高な状態なんだよね。真剣に求婚しても良いかな?」
と、ここでシルヴェイン王子が少し荒っぽくカトラリーをテーブルに戻した音が響きました。
「良い加減にして頂けないだろうか? レイカは私の婚約者だと言っている筈ですが?」
本当に室内の温度がぐっと下がったような冷たい声音でした。
「まだ正式なものではない上に、呪いが解けなければ実現しない婚約なのではないかな? だけど、僕の求婚は今この状況でも可能だ。未来に不安を覚えるレイカ嬢を、僕なら今すぐ安心させてあげられる。」
余りなお話しに、こちらも手にしたフォークとナイフをテーブルに戻しました。
「では、今すぐ言及しておきましょうか? 絶対にお断りだと。それから、解呪されてからで無ければ、絶対に誰とも結婚しませんから。」
力を込めた宣言に、晩餐室には種類の違う微妙な苦笑いが満ちたようでした。
この鬼畜なご兄妹から逃げる為にも、一刻も早く世界一の解呪者に会う旅に出た方が良いんじゃないでしょうか。
そんな事を考えながら進んだ晩餐でした。




