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「成る程、これは厄介な呪いにかかっていますね。」
そう何か悩むような顔つきで返して来たのは、フォーラスさんと一緒に部屋に入って来た解呪の専門家と紹介のあったソライドさんです。
「二つのかなり強力な呪詛が、妙な形で混ざり合っています。一つは呪詛の一部が壊されて不完全だったのが、もう一つに上手に絡み付いて強化されたような状態になっていますね。」
指人形やフォーラスさんの見立てと似たような解説が来ます。
「問題はと言うべきか幸いと見るべきか、解呪条件が複雑化した代わりに、完全なる犠牲なき解呪が可能な条件が存在するかもしれない。」
神殿で解呪の専門家と言われるだけあって、手慣れた様子の分析でしたが、解呪条件についてはやはり曖昧な言葉で纏められてしまいましたね。
「それで? その複雑化した解呪条件は? 実現可能なものなのか?」
なかなか結論の来そうにない分析を遮って、シルヴェイン王子が答えを急かしました。
「うーん。それがですね、一つの呪詛に掛かる解呪条件ならば大抵迷う事なく読み取れるのですが、二つの呪詛の解呪条件が中途半端に絡み合っているので、どう作用するのか読めないんですよ。」
「ん? では、結果として解呪条件ははっきりしないという事か?」
突っ込むシルヴェイン王子に、ソライドさんは困ったような顔になりました。
「説明が難しいのですが、まずはそもそも呪詛についてを詳しくご説明してから、我々が呪詛の解呪を行う手法についてお話ししても宜しいでしょうか?」
指人形からのかなり雑な説明を聞いただけでも、解呪条件にきっちり当て嵌めるのは難しそうでしたが、神殿ならではの技的なものがあるのでしょうか?
「まず、呪詛というのは、それを行なった者の魔力の大小には関わりなく、命に類する代償を払って条件を揃えることによって、誰でも行うことが出来るものです。中でも人を殺害するなど、非常に大きな呪詛にはそれに相応しい大きな代償が必要となります。簡単に言うと、人を1人呪い殺そうとするなら、その代償にはどんな殺し方をするかにもよりますが、通常何倍もの命の代償が必要と言われています。そして、それだけの代償を支払っても、完全な状態で対象に呪詛を届けることが出来なければ、発動しないとも言われています。」
ソライドさんの説明に、あれ?と小首を傾げてしまいます。
「ですから、複数の呪詛を同時にかけるということは普通はしないのだそうです。一つの呪詛の仕込みに時間を掛けて、そこに色々な効果を盛り込んでおく方が重ね掛けよりも意図した効果が現れやすいのだそうですね。」
これには成る程と納得してしまいます。
「ですから、今回のように中途半端な呪詛が他の呪詛と絡まって発動するようなケースは珍しいのです。」
頷きながら聞き入っていると、それに気付いたソライドさんが少し歪めた笑みを返してくれました。
「恐らくですが、素人ではないかなり腕の良い呪術師がかけたものなのだろうと予想します。」
亡くなったあのエセ賢者は、腕が良いのかどうなのか、これまでも色々な呪詛を複数の対象にかけて来た疑惑のある呪術師だったのは間違いありません。
「そもそも、呪詛の解呪条件というものは、実は全ての呪詛に自動的に盛り込まれてしまうもののようで。まあ、自然の摂理とは別のところで無理やり対象の命運を歪める行為なので、それを容認する代わりに神が用意した救済措置といったところではないかと思います。」
神様の作為的な何かが働く現象というのは、無神論者として育って来た身としては、気持ちが悪いもののように感じてしまいます。
「但し、解呪条件は何某かの非人道的な代償を求めているものが殆どで、実際にその条件を揃えるような解呪を行うと、人としてどうかという論議を呼ぶような状況になる場合が殆どだと言われています。」
この辺りも指人形の解説通りです。
「それって、本当の意味での神様の救済措置とは言えないんじゃないですか?」
つい口を挟んでしまうと、ソライドさんには苦笑を返されました。
「まあ、我々神殿関係者としては、これは神々の試練という見方をしています。解呪条件という多大なる犠牲を伴う悪魔の囁きに惑わされずに解呪を試みよと。」
そうなるわけですね、とこちらも苦い笑みを浮かべてしまいました。
「さて、ではそういった呪詛を神殿で解呪する際の方法ですが、当然聖なる魔力をぶつけての相殺解呪を目指す訳ですが。強くない呪詛ならば迷う事なく聖なる魔力をぶつけるだけで相殺解呪を行います。では非常に強い呪詛の場合はどうするかと言いますと。一か八かで少しずつ時間をかけて部分解呪を行っていきます。ところが、この方法は非常にリスクが高いのです。何十年もかけて解呪を進めた結果、部分的に解呪を進めたお陰で中途半端に分解した呪詛が被呪者に牙をむく場合もあり、解呪の途中で命を落とされる方も実際いらっしゃいます。」
これも納得です。
恐らく呪詛を可視化出来ない神殿の解呪者には、今現在呪詛のどの部分を解呪しているのか分からないからということでしょう。
「それでも、我々の中でも解呪を専門とする者達は、これまでの経験に基づいて、聖なる魔力をぶつけた際に返ってくる抵抗感などで、何となくこのまま進めてはならない等の勘が働くものなのですよ。」
「その勘を働かせた結果、どの角度から行ってもこれ以上は無理となったら、どうするんですか?」
気になって言葉を挟むと、見事に困ったような笑みを返されました。
「被呪者の方と要相談となる訳です。何が起こるか分からないと説明した上で、続けますかと。」
それは、ソライドさん並みの熟練者が解呪にあたっていればということなのではないでしょうか。
「えっと、もしかして解呪中の事故って、呪詛の重軽度に関わらず実は結構あることなんじゃないですか?」
これにも苦めの笑みを返してくれたソライドさん、これは思った以上に難関ということですね。
「解呪のご経験があるレイカルディナ嬢には隠しても仕方が無いので正直に申し上げますが。実際その通りです。ですから、呪詛の強制解呪にはリスクがあると申し上げたのです。」
ここでチラッとシルヴェイン王子に目を向けてみると、腕を組んで難しい顔になっています。
「・・・では、レイカにかかっている呪詛を解呪するとなったら、少しずつ手探りで時間を掛けて解呪していく方法しかないということか?」
「それか、はっきり作用が分からない解呪条件を試してみるかですが、これは試せば犠牲が出る事を覚悟する必要があるかと思います。」
そこから皆様の長考タイムに入ってしまい、室内は唸るような声だけが上がる静かな空間になりました。
「・・・こう言っては何ですが、結果としてレイカルディナ嬢にかかった呪詛は、見た目の認識齟齬と、命に別状のないものです。お立場を考えれば非常にお気の毒な状況だとは思いますが。下手に解呪を試みるよりもそのまま生きる道をご検討してみられるのは如何でしょうか?」
結果、勧められたこの結論に、シルヴェイン王子と顔を見合わせて苦い顔になってしまいました。
「そう言う訳には、いかないのだ。」
ポツリとシルヴェイン王子の口から力無い呟きが溢れ落ちました。
「今の段階で私から申し上げられることは、以上となります。しっかりとご検討頂き、神殿で解呪を求められる場合は、改めてまたお申し出下さい。」
つまり、ソライドさんとしても解呪条件がこうだと断定する事は出来なかったということでしょう。
そして、そうである以上、解呪条件を決め付けて試してみるのは、悪手だと言いたかったのだと思います。
「・・・解った。手間を取らせて悪かったな。神殿としての見立てを持ち帰って、検討させて貰う。」
苦い口調のシルヴェイン王子が、どの方向にどう考えているのかは分かりませんが、来る前よりも思い悩んだ様子なのは申し訳なく思います。
「検討の必要はありませんよ。」
だから、口を挟む事にします。
「ここではどうにもならない出来ない。それははっきりしました。それじゃ、ソライドさん。この世界で今一番の聖なる魔法の使い手、解呪の権威って言ったらどなたになるか教えて下さい。」
「え?」
驚いたように聞き返したソライドさんに、にっこり笑顔を向けます。
「その人に相談して、やっぱりどうにもならないと結論が出たら、その時に諦めるなり何かを試すなりをしようと思います。ですから教えて下さい。」
きっぱりはっきりと告げると、ソライドさんは目を見張ってこちらを見つめ返して来ます。
「私自身の人生がかかってるんですから、国とか王家とか関係ありません。そこで検討された決定に従う義務もないってことです。」
「な! レイカそれは余りに横暴な考え方ではないか?」
これには流石にシルヴェイン王子の少しだけ咎めるような言葉がかかります。
「これまでの国側からのお話しからも、先の展開に私の意思は反映されないだろうって分かってるからですよ。殿下がどうとかではなくて。だから、私は私で納得出来るところまで追求して、それからお世話になったこの国に幾許か恩返しする生き方をしてみようと思います。」
「・・・やろうと思えば、全てを振り切って国を飛び出すくらいやって退けるつもりなのだろうな。」
溜息混じりのシルヴェイン王子の苦い言葉に、申し訳ないながら頷き返しました。
そのまま頭を抱えるシルヴェイン王子と、困った顔のソライドさん、フォーラスさんは面白がるような顔をしています。
「・・・分かった。その人物を訪ねる許可を何とかして父上からもぎ取る。だから、許可が出るまで先走らないでくれ。」
やっと顔を上げたシルヴェイン王子の結論にソライドさんとフォーラスさんもホッと息を吐いたのは少し意外でした。




