167
長い回廊には様々な身なりの老若男女が行き来していて、それに静かな口調で応対する神官を始めとする神殿関係者の姿も見られました。
そこに、訳あり感満載でフードを目深に被った小集団が案内の神官に従って足早に通り過ぎる様は、やや目立ったのではないでしょうか。
神殿の恐らく貴賓向けの調度が豪華な個室に通されたところで、漸くホッと一息吐いた頃には、室内にはお忍び仕様のシルヴェイン王子と2人になっていました。
こちらに同行した王子専任の護衛騎士達は部屋の外で待機しているようです。
シルヴェイン王子の護衛騎士は、第二騎士団の業務外で他に護衛となる者が同行しない場所でのみ王子に付くように手配されているようですね。
この騎士達は大枠では王族護衛が任務の第一騎士団の人達らしく、顔馴染みのない人達でしたが、シルヴェイン王子の宮の執務室前で見掛けたような気もします。
因みに今日のお出掛け、コルちゃんはお留守番です。
流石に聖獣様連れは目立ち過ぎるのと、シルヴェイン王子としては神殿に連れて行って神獣扱いでコルちゃんの囲い込みが始まるのを避けたいのだと話していました。
シルヴェイン王子の宮で一晩過ごして、翌昼過ぎ神殿に向かう頃には、シルヴェイン王子の侍従さんがコルちゃんを手懐けていたのには驚きでした。
水をあげるついでに良く話し掛けた結果と、侍従さん本人は言っていましたが、動物に好かれる体質とかじゃないでしょうか?
ともあれ、シルヴェイン王子と神殿に行っている間、侍従さんとお留守番をコルちゃんが納得してくれたのは助かりました。
非常事態にでもなれば仕方ないかもしれませんが、もうコルちゃんを檻に入れるのは考えられなくなっています。
とそんな事を考えていたところで、シルヴェイン王子が応接椅子に座ったようです。
「・・・レイカは、もし仮に掛けられた呪詛が解けたら、やはり第二騎士団で女騎士になって身を立てる生き方をしたいのか?」
唐突に改まった声音でシルヴェイン王子が話し掛けてくるのに、キョロキョロしていた視線を慌ててそちらに向け直します。
「えっと? まあ取り敢えずそのつもりですけど。」
曖昧に答えてしまったのは、ちょっと最近色々と自信がなくなって来たことと、他の生き方が想像出来ないからという理由が不誠実な気がしてきたからでしょうか。
案の定、微妙な顔になったシルヴェイン王子に、正直不安な気持ちになります。
「気を悪くせずに聞いて欲しいのだが、正直なことを言うと、レイカは騎士には向いていないのではないかと思う。」
慎重に切り出された話しですが、やはりそこを指摘されたかと、気まずい気持ちになりますね。
「女性の身で騎士を目指す者は、大抵剣技に非常に興味があったり、騎士の家柄に生まれて子供の頃から当たり前のように剣を握って来たとか、そういった者が殆どだ。」
確かに、動機不純で適性がないって言われると、返す言葉がありませんね。
「確かに第二騎士団は他の騎士団とは違って特殊で、魔法持ちが歓迎される騎士団ではある。正直魔力量だけで見るなら第二騎士団としては是非欲しい人材だ。が、騎士は騎士だからな、戦って守るのが務めになる。」
「・・・クビって事ですか?」
言葉を選んでくれているのはシルヴェイン王子の優しさなのでしょうが、結論が一緒ならズバリと聞いてしまった方が精神衛生上有難いですね。
「採用して第二騎士団に迎えた以上、辞めさせようと思っている訳ではないが。これからやり難くなったり状況的に厳しくなったりするのは、レイカ自身ではないかと思ってな。」
少し気まずそうに、ですが目を逸らさずこちらを見て話しをするシルヴェイン王子は、誠実な人柄なのだと思います。
「・・・実際、任務中に敵対する何かと行き合ったとして、その対象の命を奪ってでも騎士としての使命を果たすことが出来るか?」
命を奪ってでも、というくだりで答えられない以上、結論は出てしまったようです。
「始めは、それでも魔法支援だけを割り当てて幸い第二騎士団初の女騎士でもあるから、そういう働き方をする者を置いてみるのも良いかと思っていたが。」
そこで一度言葉を切ってから、こちらをジッと見詰めるシルヴェイン王子は、少しだけ咎めるような顔付きになりました。
「レイカは、何かあれば魔法の行使を躊躇わないし、注意事項も守らないだろう? 危うくて放置も出来ないがいつも付いている事は出来ないし。ならば、危険のある騎士職に置いておくのはどうだろうかと考えてしまう。」
一々ごもっともな解説に、やはり返す言葉がないです。
「そもそもレイカが第二騎士団の騎士に拘るのは、誰かの完全な保護下に入る事でこの国で何らかの制約を受けることを警戒しているからだろう?」
正確に言い当ててくれるシルヴェイン王子には、嘘や誤魔化しは効かないようです。
「まあ、そうかもしれません。本音を言わせて貰うと、大事に家の中に仕舞っておかれる、みたいな生き方はしたくありません。」
「・・・なるほどな。確かに、自分の妻は家に囲って極力他人に会わせたくないという男もいるな。」
溜息混じりに相槌を打ったシルヴェイン王子が、また目を合わせて来ました。
「ならば、無茶は止めるが極力自由を奪わないと約束して、私の妻になるというのではどうだ?」
遂に、茶化す事なく直球で来た求婚には、やはり言葉に詰まってしまいます。
ジッとこちらを見詰めるシルヴェイン王子の視線を感じて、ふうと息を吸い込みました。
「怖いんです。」
ポツリと漏らしたその一言が、全てに繋がる本音です。
「殿下は、国王陛下が国として私を確保すると決めてから、そしてそれが王族との婚姻によるほうが好ましいと上の人達が言い出してから。私を価値ある結婚相手として意識して下さった筈です。」
確かめるように視線を返すと、シルヴェイン王子は瞬きをしてから頷き返してくれました。
「その価値の一つは、レイナードから譲り受けた規格外の魔力量。そして異世界転移特典の聖なる魔法を使えるという事。その上で一般の魔法も併用出来る事。それから、これまたレイナードの身体を譲り受けたことで王国でも有力な家柄らしいランバスティス伯爵家の血筋である事。もう一つ挙げるならレイナードの美形? まあこれは好みもあると思いますけど、結構広範囲で美人認定されそうな容姿だと思いますよ。」
列挙してみると、シルヴェイン王子は頷きつつも何処か話しが読めないような顔付きになりました。
「そういった付加価値は、神様の憐れみ転移者特典でしかないので、何かこの世界の不都合の修正によってある日突然失われるかもしれないものなんですよ。」
指人形の話しを聞く限り、それもゼロではないような気がしています。
「さて、もうそうなったら私は、この世界の常識に疎く王子の嫁として情操教育もされていない、庶民感覚で良いところなしな嫁になる訳です。政略結婚した相手がそんなことになったら、絶対後悔しますよ? 大体私は、マユリさんとは違って、世界が望んでこちらに招いた存在じゃなくて、レイナードが禁呪をもって無理矢理呼び込んだ存在です。だから、そうならないとは言い切れないと思ってます。」
真面目に求婚してくれたシルヴェイン王子には、こちらもきちんと考えられるリスクを伝えるべきですね。
「後悔されて手の平返されるのは嫌なんですよ。もうここで生きてくしかないのに。」
過去の出来事の所為でトラウマ化しているのかもしれませんね。
「誰だ、お前が自己評価を底辺まで下げてしまうような言動をしたヤツは。魔力とか聖なる魔法持ちとか家柄とか容姿? それが備わってれば、今のお前になれるのか? 違うだろ? 目を離すことさえ出来ないと思う程私の心を鷲掴みにしてるのは、お前自身だろ?」
少し粗野な口調になったシルヴェイン王子ですが、言葉の中身はジンと来る程優しいです。
「でも、勝手なことばっかしてって、いつも怒られるじゃ、ないですか。」
不貞腐れたふりの言葉を紡いだつもりが、声が震えてしまいました。
と、ポツリと前で握り締めていた手に振って来た水滴と滲みだした視界に、焦ってしまいます。
目元を拭おうと手を上げたところで、ふわりと大きな腕の中に包まれました。
「言っておくが、レイナードを抱き締める趣味も、同様にそんな機会があったとしてもマユリ殿をこうするつもりもない。中身がレイカだから、その涙を止めてやりたいと思う。」
耳元で囁かれた言葉に、更に涙腺が崩壊してしまいます。
「ちょ、でんか、止まらなく、なるじゃない。」
嗚咽の合間に抗議を漏らすと、ふふっと小さな笑い声が漏れ聞こえてきました。




