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「レイカさん!」


 シルヴェイン王子の宮を出たところで後ろから呼び止められて振り返ると、マユリさんと王太子が後を追って来ていたようでした。


 足を止めて2人が追い付くのを待っていると、途中で足を止めた王太子を残して、マユリさんだけがこちらに近付いて来ました。


「あの、レイカさん。2人で少しだけお話ししたいんですけど。」


 チラッとコルステアくんを盗み見たマユリさんの意図を察して、コルステアくんに目を向けると、黙って頷き返されました。


 そのまま王太子の方へ向かって行くコルステアくんを見送って、マユリさんに目を戻します。


「何か困った事でもあった?」


 両手を握って少し俯いていたマユリさんが、思い切ったように顔を上げてこちらを見ました。


「レイカさん、ですよね?」


 そう問い掛けて来たマユリさんは、レイナードに見える見た目と声に、惑わされてしまっているようです。


「うん。大丈夫、間違いなくレイカのままだよ?」


 と言ってみたものの、信憑性がないかもしれないと頭を捻りました。


「えーっと。最近第二騎士団ナイザリークの食堂の料理長にこっちの豆で豆腐を作って貰ったんだけどね。出来上がった豆腐の上にベリーソースが掛かってて、デザートになっててね。あれは無かったわぁ〜。まあ、醤油と生姜も鰹節もネギもないからさ。こっちも何で食べるとは言いそびれてたんだけど。しかも、豆になまじちょっとだけ甘みがあったからね、デザートだと思ったみたいなんだよねぇ〜。」


「・・・それは、不味そう意外ないですね。」


 小さく顔を歪めて笑みを作ったマユリさんでしたが、思った以上に何か思い詰めているようで、元気がないですよ?


「そうなのよ。色々作って欲しい料理はあるけど、まずは調味料と食材を把握するところから始めないとダメだなって思った。」


 殊更に優しく明るく話題を切り上げると、マユリさんがまた少しだけ笑みを作ってくれました。


「何だか、レイナードの声と姿形でこんな風に優しく言われると、レイナードルートに入った時のレイナードみたいですね。」


 何か気不味そうに溢したマユリさんに、首を傾げてみせますよ?


「あの、レイカさん。レイカさんは本当はアーティと結婚したいと思った事はないんですか?」


 唐突にそう問われて、目を瞬かせます。


「えっと? 王太子? それはないよ、全くカケラも。」


 力を込めて全力否定をしてみると、マユリさんは複雑そうな顔付きになりました。


「本当に?」


「うん。嫌われてるの分かってるし、あの人とは絶対に性格合わないし。同じ王子様なら、シルヴェイン王子の方が圧倒的に好みかな?」


 これまた全力でシルヴェイン王子推しを宣言してみせると、マユリさんはホッとしたように身体の力を抜きました。


「そうなんですね? て、こんなこと聞いてしまって申し訳ないって思ってるんですけど。アーティとレイカさんの話しが持ち上がってから、色々考えてしまって。」


 確かに、マユリさんからしてみれば、思い詰めても仕方がないような有り得ないお話しでしたよね?


「ここは、ゲームの世界でも私がヒロインでハッピーエンドが必ず約束されている訳でもないんだって。」


 漸くその事実に気付いて、実感が湧いて来たようですね。


「同じように、私がやった事で傷付けた人も居たはずだって。」


 目元が潤み出したマユリさんに、小さく溜息を溢してしまいました。


「まあ、そうかもしれないね。」


 現実と向き合う努力をし始めたマユリさんには、辛いかもしれないけど、嘘をついて慰める訳にはいきませんね。


「私、本当はここがゲームの世界だって気付いてから、攻略対象者を1人ずつ確かめて、その中からアーティを選んだんです。」


「それはまあ、そうなるよね?」


 そこは、知っていればそうしようと思って普通だと思います。


「その中でも、攻略対象者の中で一番綺麗だって言われてたレイナードの事は凄く気になってて。わざわざ探してそれとなく会う機会も作って、つい思わせぶりなことも言っちゃったりして。でも、ヤンデレ監禁ルートが怖くなって、中途半端に関わって放置したみたいな状態になってたんです。」


 うーん、そこはちょっとレイナードが気の毒かもしれませんが、でも彼の内心を覗き見た身としては、逃げて正解だと思います。


 惹かれたのは事実でしょうが、魔王化から救ってくれる異世界人だからこその執着がかなり強くあったのは、間違いありません。


「ハザインバースの卵の事件の時、レイカさんに言われた言葉の意味が最近になってやっとわかって来て。・・・ごめんなさい!」


 言いながら涙ぐみだしたマユリさんに、こちらも慌ててしまいます。


「や、あのね? あの時はちょっとこっちも一杯一杯で、大人気ない酷い言い方しちゃって、こっちこそごめんね?」


 ブンブンと首を振るマユリさん。


 少し離れた王太子の居る辺りから、鋭い咎めるような視線を感じるのは気の所為です!


 知りませんよ? 気付きませんからね?


「私、傷付けた人達に謝りたくて。攻略対象者じゃない人達も含めて、1人ずつ謝りたいってアーティにお願いしたんです。」


 何とか嗚咽を堪えて続けるマユリさんは、精一杯頑張ってるのが分かって、応援してあげたい気持ちになりますね。


「でも、一番迷惑を掛けたかもしれないレイナードは、もうここには居なくて。」


 そこから心細そうな顔になったマユリさんに、何となくどうすればいいのかわかったような気がします。


「あのね。レイナードは今、私と入れ違いであっちの世界で暮らしてて、何と私の親友と恋に落ちちゃった挙句、外国で性転換手術受けて来ますって宣言して、男になったみたいなんだよね? きっと幸せになってるよ?」


 慰めになるかどうかは分かりませんが、そう明かしてみせると、マユリさんは驚いた顔になっていました。


「えっと、それは何だか、レイカさんは複雑?」


「まあね。けど、もう戻る事もない訳だし。責任持ってあっちで暮らしてくれればまあいいかなって。割り切ってきた。」


「・・・そうなんですか。」


 返して来たマユリさんは、それでもパッとは割り切れないようです。


「じゃ、このレイナードの顔使って、区切りを付けようか?」


 言ってから、フードを背中に落とします。


 なるべく穏やかな優しい顔付きを心掛けて、イケボで行きますよ?


「もういい。私も新しく歩み始めたから、君ももう振り返らなくて良い。王太子と幸せになれ。」


 こんな感じでどうでしょうか?


 と、何故か更にポロポロと涙を溢し始めたマユリさんに慌てそうになりますが、ここは平常心で顔付きを変えませんよ?


「ほら、王太子が心配して待ってるから、行ってやれ。」


 コクコクと頷き返してから、マユリさんは踵を返して王太子の方に向かいます。


 目を向けた先で、厳しい顔付きの王太子が睨み返して来ますが、ここも頑張って顔を保ちますよ?


「王太子殿下、マユリ殿を頼みます。くれぐれも幸せにしてあげて下さい。」


 レイナードならこんな風に喋るかなと使ってみましたが、当たりだったようです。


 王太子が目を見開いて驚愕の表情で固まっています。


 ついでに、顰めっ面で嫌そうにこちらに戻ってくるコルステアくんにも行っときますか。


「コルステア、これまで迷惑かけて悪かったな。ロザリーナのことを頼む。・・・お前のこと、嫌いじゃなかったぞ。」


 途端に目を見開いたコルステアくんが立ち止まって固まっているところで、パサっとフードを被り直して踵を返します。


 そのままコルちゃんと一緒に歩き始めると、しばらく経ってから後ろからコルステアくんが走って追い掛けて来ます。


「あんたさ!」


 直ぐ後ろから呼び掛けて、続きを口に出来ない様子のコルステアくんに、口角を上げます。


「そろそろ、おねー様にあんたはやめて欲しいかな?」


 いつもの口調に戻して返しつつ少しだけ振り返って見ると、コルステアくんがガクリと肩を落として脱力していました。


「そういう悪戯止めろよ! 本当性格悪いよな! おねー様!」


 口惜しそうに声を荒げて返して来たコルステアくんは、やっぱり可愛いですね。


「はいはい。」


 軽く受け流して耳まで真っ赤のコルステアくんをこっそり堪能することにしました。

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