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フードを被ったローブ姿の怪しさ満載なレイナードの姿で兵舎前広場に出て行きましたが、魔石のお陰で誰にも呼び止められる事はありませんでした。
コルちゃんが付いて来ているのに誰にも気付かれない辺り、かなり効果が高いと言えるでしょう。
王城では使用禁止とか、許可制とか、それもその筈という代物ですね。
シルヴェイン王子の許可付き魔石には感謝しつつ、やはり何にも惑わされずこちら目掛けて降りて来るヒヨコちゃんとお父さんを迎えました。
「誰だあれ?」
「レイカちゃんの弟が一緒だから、魔法使いか?」
「あからさまに怪しいな。」
そんな会話が玄関ホールの中から漏れ聞こえて来ます。
と、そんな空気も気にせず、降り立ってからダダダッと競うように駆け寄って来るヒヨコちゃんとお父さんに、手を突き出して待ての合図をしますよ?
が、そんな意思の疎通が利かないのがお父さんです。
「ピュルルルー」
「ピュルピ!」
構わず突っ込んで来そうな気配だったお父さんに制止の声を上げたのは、姿形も日に日に立派に育っているヒヨコちゃんでした。
「ピュルル。」
「ピリュピ!」
短い鳴き交わしの後、ゴオッとヒヨコちゃんの口から小さな火炎放射があって、お父さんの進路を遮ります。
と、それを横ステップで躱してあちらも控えめ火炎放射をヒヨコちゃんに向けるお父さん。
どうでも良いですが、広場の草が燃えるんですよ。
是非ともここで戯れ合うの止めてください。
「あのさ、スプリンクラー発動させるよ? 止めてくれる?」
その言葉と共に、2匹の上空に特大水溜りを生成して、バシャンと被せてあげました。
あ、因みに、こちらも飛沫がかかってずぶ濡れです。
フード被ってて良かったですね。
「ちょっと!何すんの!」
後ろからコルステアくんの抗議が聞こえたような気もしますが、非常事態です、聞き流すことにしました。
「「プキュピ」」
ぼやくような小さな鳴き声と共に2匹がプルプルッと身を震わせて、その飛沫まで浴びることになったのは余談です。
お陰で火炎放射の戯れ合いは終了したようですが、広場にこべりつくように生えていた雑草は全滅ですね。
まあこれで、ヒヨコちゃん達が暴れても草から木に延焼する心配だけはなくなったようですが。
「キュウッ」
足元で今度はコルちゃんが身を震わせて水玉を飛ばした後、すりっと擦り寄って来ます。
お父さんが降りて来ている広場ではそんなことはした事がなかったのですが、雑草の小火を怖がっていたのかもしれません。
コルちゃん、凶悪な魔物のサークマイトだった筈ですが、すっかり性格も大人しくなって、中身まで聖獣様になってしまったようですね。
「ピヨピ」
ヒヨコちゃんがトテトテ寄って来て、コルちゃんに呼び掛けるような鳴き声を立てています。
「キュウッ」
魔物語の翻訳機能はないので、どんな意思疎通を図ってるのか分かりませんが、先程の小火についてヒヨコちゃんが謝っているような雰囲気ですね。
と、お父さんがトテトテと近寄って来て、バフっといつものように翼の中に囲われます。
やっぱり魔物には認識齟齬の呪詛は効いていないようですね。
いつも通りルンルンなお父さんにスリスリされて、苦笑いすることになりますが、これ騎士団の人達にはレイカだってバレバレですよね?
その辺りの事情説明はシルヴェイン王子にお任せしようと思います。
ヒヨコちゃん達が毎日通って来る所為で誤魔化せる筈がないですからね。
お父さんにヒュルルールと、何か説得するような調子で鳴かれていますが、中身が分からないので、首を振りつつ後退しますよ。
ボディランゲージって、何処まで有効なんでしょうか?
知りませんが、後退したところで、お父さんは諦めたように包み込むように広げていた翼を背中側に戻して畳みました。
と、そこへ外から広場に走り出て来る人影が見えます。
「貴方下がって! 今助けてあげるから!」
え?と、凄く嫌な予感がしつつそちらを向いたところで、魔法発動の気配がします。
真っ直ぐこちらに向かって来るのは、引き裂くような鋭い風の魔法です。
「ちょ! ちょっと待って!」
何か誤解があるのか、レイナードと歳の変わらなさそうな若い女性がお父さんを鋭い瞳で睨んでいます。
それでも発動してしまったものは仕方ないので、お父さんが反応する前に、魔法障壁を築くことにします。
向かい来る風の魔法に向けて手を翳して、魔法障壁を作る傍ら、お父さんに拳を向けます。
「お父さん落ち着いて! ほらそこで口開かない! オイタするなら身体強化付きパンチでまた沈めるよ?」
もう黒いアゲハ蝶の魔人はいないんですから、後は宜しく出来ないんですからね!
とはいえ、お父さんと意思の疎通が図れたことはなかったんでしたね。
お父さん、普通にタメを作った大きめ火炎放射の準備してますよ。
「だぁかぁら! やるなって言ってるの!」
ここは遠慮なく至近距離から身体強化付きパンチを横っ面にお見舞いします。
ズザッと足が地面を滑って、頭をふらつかせたお父さんの口から溜めていた火炎が不発のままぷすっと立ち消えました。
「おぉ、嫁強し。」
この無責任な鑑賞モードのボソッとコメントは、コルステアくんです。
魔法障壁は、結界魔法が得意なコルステアくんに任せれば良かったですね。
「ちょっとそこ! 他人事感満載の、止めてくれる?」
つい言い返してしまってから、お父さんに向き直ると、それはしょぼんと肩を落として項垂れ加減です。
「プキュピ。ヒュー。」
拗ねたような呟きを漏らして踵を返すと、ヒヨコちゃんの方へ歩いて行きます。
そこから2匹仲良く飛び立って行きましたが、その背中にはそこはかとなく哀愁が漂うような。
とまあそんなことは置いとくとして、勘違いな闖入者に向き直ると、首を傾げた女性に駆け寄って来る集団がいます。
「クリステル王女殿下!」
その先頭で呼び掛けているのは王太子です。
その王太子と目が合った途端に固まられて、嫌な予感がしますよ?
「レイ、ナード?!」
裏返った驚愕の声音で、この人事情知らなかったんだなと確信出来ました。
確かに、この人にレイナードネタは色々と説明が面倒でしょうから、シルヴェイン王子も慎重になってたんでしょう。
「どうしてレイナード様?」
その隣からマユリさんの声も聞こえて、波乱の予感しかしませんね。
いつの間にかハラリと落ちていたフードを今更ながらささっと被り直します。
やっぱり浅めのフードはダメでしたね、セイナーダさん。
「コルステアくん、ここは敵前逃亡でOKだよね? シルヴェイン王子に一緒に怒られてくれるよね?」
「は? そこは遠慮、かな?」
冷たく逃げの言葉を返されましたが、これは不可抗力でしょう?
と、その王太子とマユリさんの後ろから、またキラッとした目立つ男性が出て来ました。
「ハザインバースを手懐けてたのは、女性だって話しじゃなかったかな?」
しれっと目を逸らしつつ、玄関に向かってじりっと後退を図ります。
と、後ろから肩に手を置かれて、これまたいつの間に駆け付けたのか、シルヴェイン王子が前に出て隠してくれました。
「サヴィスティン殿下とクリステル殿下。ご到着は来週と伺っていましたが? 随分とお早いお着きでしたね。」
そう口にしたシルヴェイン王子の声音がかなり冷たいです。
「ああ、ゆっくり後数日掛けて来るつもりだったんだが、ハザインバースが降りて来るって話しを聞いて、是非とも巣立ちの前に見てみたくてね。日程を繰り上げて急いで来たんだ。」
「・・・左様でしたか。それはようこそお越し下さいました。両殿下。」
明らかに形ばかりの歓迎を口にするシルヴェイン王子ですが、あちらの王女様と王子様は気にせず笑顔ですね。
「それにしても貴方! 凄い魔法の腕ね! 詠唱なしの完璧な魔法遮断膜? あんな完成度高いの初めて見たわ!」
「いやいや、ハザインバース相手に身体強化付きで殴るって、凄い度胸と精度だよ。」
勘違い王女様と傍迷惑感満載な王子様に続け様に言われて、どうしたものかとシルヴェイン王子を見上げてしまいます。
「来週お越しの際に、殿下方にはきちんと紹介させていただくつもりでいました。この者は私の大変大切で優秀な婚約者です。どうぞお見知りおきを。」
絶対零度の視線のままでこちらを向く事もなく言い切ってくれたシルヴェイン王子ですが、何か事情がありそうですね。
仕方ないので、はあ? とここで反論するのは止めておく事にしました。




