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「あら、いいじゃない? このデザインならレイナードにもピッタリよ?」
セイナーダさんの満足気なお言葉にホッと一息です。
朝から大荷物を抱えた従者やメイドさん達を連れてやってきたセイナーダさんに、着せ替え人形にされていました。
昨日の晩、とにかく背格好を誤魔化せて顔を隠せるフード付きローブのようなものが欲しいと相談していた結果なのですが、セイナーダさん気合い入り過ぎです。
こういった催しには強制参加?立会い?のコルステアくんの表情が最早消えていますね。
「そ、そですか。じゃ、これで良いですか? 良いですよね?」
フード付きローブ、色はセイナーダさんのこだわりで青系統の微妙な色違いが5、6着でしたが、選ばれたのはブルーグレーの丈長めのフード浅めなローブでした。
「ええ。これにしましょうね? このしっかり隠してるように見えて、動くとチラッと横顔が覗く瞬間があるっていう仕様が良いのよ。」
両手を握って力説して下さるセイナーダさんですが、ちょっと待ちましょうか?
「あの、お母さん? チラッと見えてちゃダメですよ? 隠すの主目的ですからね?」
「ええ? せっかくのイケメンなのに? チラッと見せるのもダメなの?」
イケメンって、段々自動翻訳機能の語彙が壊れて来てませんか?
「どんな呪いにかかってるのかは、なるべく秘密にする方向で殿下や隊長達は調整してくれてますからね?」
「そうなの? 少しくらい良くないかしら? 減るものでもないし。しっかり見せなくても雰囲気で。すれ違った時、あれ?さっきの人凄く格好良くなかった?って振り返られるような。素敵じゃないかしら?」
セイナーダさん、何を目指してるんでしょうか?
何処にそんなシチュエーションが生まれるのか、ルイフィルお父さんとそこはしっかり話し合って貰えると助かります。
「母上、そろそろ僕は塔に出勤の時間なので、行きますね?」
と、そこで一足先に逃げようとしているコルステアくん、ずるいですよ!
「あ、私もローブはもうこれで良いので、ヒヨコちゃん親子のお出迎えに行って来ようかな?」
「あら、もう行くの? これだから男の子は素っ気無くてつまらないのよね。」
と、返してしまってからセイナーダさん、あっしまったみたいな顔になりました。
「レイカちゃんはほら、性格は男前で割り切ったところがあるでしょう?」
なるほど、確かに女の子らしい言動ではなかったかもしれません。
セイナーダさんとしては、それが物足りなかったのかもしれません。
「騎士団にも中々お顔の良い殿方が揃っているのに、そういう浮ついた発言もないでしょう? それは、やっぱり中でも一番だって誰もが認めるシルヴェイン王子殿下からあんなに熱烈に迫られているんだもの。他は目に入らないのかもしれないけれど。それでも少し寂しいじゃない? 色々迷ってるなら相談してくれても良いのよ?」
ん?? お母さんとして娘と恋バナしたかったんでしょうか??
いやでも、お母さんとそういう話しって、あっちでもなかったですよ?
だからこそ、レイナードがあっちで男の子になるってウチの両親に押し切れたんじゃないでしょうか?
でも、乙女なセイナーダさんを無碍には出来ない雰囲気ですよね?
チラッと見たコルステアくんが、面倒だからあんたが折れとけって目で語ってますね。
「それにね。わたくし、少し嬉しいのよ? レイカちゃんがレイナードになってくれたおかげで、こうしてレイナードとも漸く親子になれた気がするの。せっかく連れ歩いて自慢したくなるくらい男前のレイナードと、これまではどうしたって近寄れなかったから。少しだけで良いから、親子がしたいのよ。」
複雑な表情のセイナーダさんを見ると、何とも言えなくなってしまいますね。
「あ、勿論。ずっとこのままが良いっていう意味じゃないのよ? 呪いは解いて、レイカちゃんはレイカちゃんに戻って幸せになって欲しいもの。」
そう結論が来て、ちょっとホッとしたことは内緒にしておこうと思います。
「まあ確かに、滅多にないレベルのイケメンさんですからね、レイナードさん。中身は私ですけど、ちょっとくらいならレイナードで親子しましょうか?」
途端にセイナーダさんの目が輝きました。
「本当?嬉しい! 色々、この際だからやってみたかった事、考えておくわね!」
弾けるような笑顔で宣言してくれたセイナーダさんに、早まったかとチラッと思ったりしましたが、こういうのは流されて楽しんだ方が勝ちということで、考えるのは止めることにしました。
宣言通り、コルステアくんと部屋を出ようとしたところで、ボソリと一言。
「お疲れ人身御供、精々頑張って?」
労ってるのか皮肉ってるのか、相変わらず素直じゃない反抗期男子は可愛いもんですね。
そんなコルステアくんと何となく一緒に玄関に向かっていたところで、廊下の向こうから騎士さん達が向かって来ます。
「ヒヨコちゃんとお父さん、どうするんだ? レイカちゃんは相変わらず部屋に篭ったままだろ?」
「部屋の外から声掛けてみるか。」
「ハザインバースだからなぁ。レイカちゃんが来なくて痺れを切らして暴れ出されでもしたら大事だからな。」
「カルシファー隊長が団長を呼びに走ってったらしい。」
そんな会話が聞こえて来ますが、近付くこちらのことは誰も気にも留めません。
「コルステアくん、何かしてる?」
そう問い掛けてみると、肩を竦められました。
「軽い認識阻害魔法を刻んだ魔石を発動させて、存在感を薄めてる。」
「何それ、物凄く便利な魔石じゃない。」
やっぱり魔石は中々使える便利道具みたいですね。
「普通は王城内での使用は禁じられてるけど、特別にシルヴェイン王子殿下から使用許可付きのを貸して貰ってるから。あんたの付き添いの時限定ってことで。」
あれ? それってどういう意味でしょうか?
「ん? 付き添い?」
「そ、今日の僕の仕事。あんたのお守りだから。」
ん??
「はい? これから塔に出勤って言わなかった?」
「何? 母上にもっと弄り倒されたかったの? どうせ、ハザインバースの親子が来る時間だったでしょ?」
さも当たり前のように言ってくれるコルステアくん、それなのに何故かこの子相手だと仕方ないなって気分になるんですよね。
「はあそーですか。お願いしまーす。」
とはいえ面白くはないので半眼で返してみると、コルステアくんも小さく肩を竦めました。
「殿下が付きっきりって訳にはいかないから、僕に試してみて欲しいって。これがあれば、しばらくでもおねー様がこっそりここで暮らせそうかどうか。」
溜息混じりに本当の事を話した様子のコルステアくんは、少しだけ不本意そうです。
「あんたさ。殿下はかなり本気だよ? いつまでも待たせてる訳にはいかないでしょ? そろそろ真面目に向き合って考えてみなよ。過去に囚われ過ぎ。」
続いたコルステアくんの言葉にはぐうの音も出ませんね。
「ま、まあそうだけどね? でも、今こうなんだよ? どう転ぶかも分からないのに。無責任なこと出来ないよ。」
ボソボソと答えたところで、兵舎前広場に辿り着きました。




