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「神殿で解呪して貰えば良いんですよね?」
問い掛けてみると、これまた無言で微妙な顔をされました。
「・・・出来ればな。」
はい? 思いっきり顰めっ面を作ってシルヴェイン王子を見上げますよ?
「術者が自らの命を代償にかける呪術は、解呪出来ない場合が多い。」
言ってチラッと部屋の奥に目をやったシルヴェイン王子につられてそちらに目を向けてしまいましたが、騎士さん達が鎖を緩めて老人の様子を見ています。
「ダメです殿下。事切れています。」
エセ賢者だと思われる老人の死亡確認でしたが、こちらの死亡宣告のように聞こえました。
騎士さん達の姿に隠れて老人の姿は見えませんでしたが、横たえられた床に赤い染みが広がっているのが見えて、ゾッとします。
ざわっと鳥肌が立つのを感じながらそちらからは目を逸らして、働きの鈍くなった頭を一振りしてみました。
とそこで、由々しき事態が発生した事に気付きました。
「え? それじゃ私、自分としては何一つ変わってないのに、皆さんにはレイナードに見えるってことですか? 一生?」
呆然とした呟きに、シルヴェイン王子が苦い顔で返して来ます。
「・・・とにかく神官に見てもらおう。呪詛によっては、解除条件が盛り込まれている場合もあるそうだ。」
「ああ、呪いを解くのは真実の愛、とかそういうのですか?」
お伽話の定番、愛する人からのキスとかでしょうか?
「・・・真実の?とかは知らんが。その条件というのは、大抵は叶えられないようなものだったり、相当な困難や苦痛をもたらすものだったりする事が殆どだな。」
確かに、自分の命をかける呪いの解除条件なら、あるとしても相当なものが設定されてそうです。
キュウッと鳴きながら身体を擦り寄せて来るコルちゃんの頭を撫でながら、これからの生活での問題点を割り出してみましたが。
「えっと、解けなかった場合、私ってどういう扱いになるんでしょうか?」
これには、束の間その場に沈黙が流れます。
シルヴェイン王子以外の騎士さん達の視線も感じますね。
「・・・もう一度、伯爵や陛下とご相談申し上げる必要があるな。」
長い沈黙の後に漸く口にしたシルヴェイン王子ですが、言及は避けたという返答でしたね。
「本当に、困りましたね。来週の例の。」
ランフォードさんが漏らすように呟いた一言が、静かな室内に思いの外響きました。
「ランフォード、その件は後だ。」
何やら知らないところでまだ他にも問題が燻っているようです。
「レイ、カ。取り敢えず、立てるか?」
そう言われて初めて、ここがエセ賢者の尋問が行われていた部屋の入り口だった事を思い出しました。
人の出入りも出来ず、邪魔でしたよね?
よいしょと床に手をついて立ち上がったところで、ハッと思い出して廊下の向こうを覗き見ます。
が、魔人の手らしき黒い手は、やはり跡形もなく消え失せていました。
指人形の囮だったというくだりが気になりますね。
契約者だったエセ賢者の最後の命令に従って魔人は撹乱作戦を行っていたんでしょうか?
と言うには何かすっきりしないもやもやが残りますね。
話しを聞きたくても、沈黙を守って呪詛の条件の為に自分の命を捧げたエセ賢者には、真実を問いただすことも出来ません。
寒気と共に釈然としない棘のようなものが喉の奥に引っ掛かっている気がします。
魔王の雛、つまりこの身体に入っているのは、結果としてレイカでも良いって言い方をしているように聞こえましたが、何にとって都合が良かったんでしょうか?
そして、命を賭けてまで呪詛をかけたとして、その本当の目的は腹いせという訳ではなさそうだったのですが。
「うーん。何で謎は更に深まるって展開になるかな?」
ムッと口元を突き出し気味にそう零すと、咳払いが聞こえて来ました。
振り返った先でシルヴェイン王子がそれは言いにくそうに口を開きました。
「あのな、本当に悪いとは思うんだが。レイカ、男装に見える格好に着替えてくれないか?」
は? と動きを止めてまじまじと見返してしまいましたが、そうでしたね。
超イケメンなレイナードが女子用の制服とか着てたら、物凄く残念な趣味の人みたいに見えますよね?
はいはい。
「じゃ、制服はレイカのサイズに合わせた男性用用意して下さいね。」
少しだけ冷たい視線と口調で返すと、痛そうな顔になったシルヴェイン王子が無言で頷きました。
「男装ねぇ。セイナーダお母さんが用意してくれた服って、スカートじゃなくてもヒラヒラ過多なんだよねぇ。今の容姿と年齢なら似合うかなと思ってたけど、もっとシンプルなの用意してもらおうかな。」
そんな事を言いながら廊下に出ると、後ろからシルヴェイン王子の小さな溜息が聞こえてきました。
「済まなかった。やはりレイカをここへ連れて来るべきではなかった。呪術師が何かを企んでいるともっと警戒しておくべきだった。」
悔いるように悔しそうに告げるシルヴェイン王子に仕方なく振り返ります。
「まあ普通はこの状況で、自分の命使って呪詛をかけるとは思わないですよね? しかも、男性化したように見せるだけって、嫌がらせの域を出ないような呪詛だし。訳が分かりませんよ。」
命でも狙った呪詛なら、逆に復讐かって納得出来たかもしれません。
「それに、私がエセ賢者見たいって言って殿下が叶えてくれた訳ですし。殿下の所為ばっかりじゃないですよ?」
だから、建設的じゃないやり取りはやめましょう。
「これからどうするか、そっちに目を向けて下さい。本当に色々困りそうなので。」
見た目がレイナードに戻ったなら、いっそレイナードとして生きればいいじゃないかと思う方もいると思うのですが、問題はそんなに簡単じゃないんですよ。
正しくはレイカのままなので、こちらに来た当初のようにレイナードとして過ごすことは出来ません。
単純に身体のことだけとっても、体格も体力も性別も違いますからね。
「・・・そうだな。済まなかった。早急に手を打つ事にする。」
沈鬱な表情のままですが、頭を振ったシルヴェイン王子がそう返して来ました。
「へぇ、本当に冷静な人なんですね?」
と、これはシルヴェイン王子の後から部屋を出て来たランフォードさんですね。
「ん? ランフォードさん、一度いきなり他人様の身体に無理やり放り込まれてみると良いですよ? 人生観とかガラリと変わりますからね? ちょっとやそっとじゃ騒いでも無駄だって思えるようになりますよ?」
「・・・済みませんでした。失言でした。」
素直に揶揄った事を謝ってくれたランフォードさん、空気読んで色々考えられる賢い人ですね。
「ランフォードさん、殿下の秘書官さんなんですよね? これから殿下ももっと忙しくなられると思うので、しっかり補佐して差し上げて下さいね。」
にっこり笑顔でそう付け加えておくと、引きつった曖昧な笑みを返されました。
「・・・色んな意味で侮れない人ですね。殿下、頑張れ。」
謎のエールをシルヴェイン王子に送ったランフォードさんですが、シルヴェイン王子には睨み返されていました。




