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「答えろ!」


 激しい叱責の声と、ジャラリと鳴る鎖の音に、瞬時に顔が引きつります。


 何かがぶつかる鈍い音と何かが倒れるような派手な音。


 まだ視界には何も入っていないのに、その音だけで身体が震えそうになりました。


 争いは映像の中でしか知らない現代っ子、舐めてましたね。


 尋問風景とか、耐えられないかもしれません。


「やめておくか?」


 本日、何度目になるか分からないそのシルヴェイン王子の問いに、思わず頷いてしまいそうになりつつ、涙目で首を振りました。


「女の子にこれはキツイですね。ちょっと今だけ止めるように声を掛けて来ますよ。」


 そう言って足を速めて去って行くランフォードさんの言葉が天使の声に聞こえて来ます。


 シルヴェイン王子の方は苦々しく溜息を落として来ました。


 ひ弱な女子で済みません。


 確かに争いごと元から好きじゃなかったです。


 血の出る格闘技とか見るのちょっと苦手で、目を逸らしたりとかしてました。


「騎士は、・・・いや、他の騎士団には間違っても転属願いを出すな。」


 上から降って来たシルヴェイン王子の言葉が胸に刺さる気がしました。


 何も答えられずにいる内に、ガシッとシルヴェイン王子に手を取られて、ズンズンと取り調べ室に向かって引っ張って行かれます。


 後ろから追って来るコルちゃんをチラッと振り返ると、静々と何かを気にすることなく歩いていて、自分だけが情けないような気分になってしまいました。


 部屋の扉が見えるところまで来ると、先に入って行ったランフォードさんの要請で、部屋の中からの大きな物音がしなくなって静かになっています。


 ランフォードさんが入って開いたままになっている扉の向こうから、第一騎士団の騎士さん達が2人出て来ました。


 シルヴェイン王子に礼を取った2人は、そのまま扉の両脇で待機するようです。


 近付く扉の向こうからは、先程よりも穏やかな声で問い掛ける言葉が聞こえて来ます。


 とはいえ、覗き見ればかなりショッキングな光景が広がっているのは間違いないでしょう。


 遂に扉の前に立ったシルヴェイン王子は、中に入らずに立ち止まりました。


 手を引かれて後ろを歩いていたこちらも当然立ち止まる事になります。


「ここから、私の後ろに隠れてそっと中を覗くだけでいいな?」


 そう口にしてこちらを振り返ったシルヴェイン王子は、眉下がりの酷く気遣わしげな顔になっています。


「え?っと。」


 答えられずに口籠ったところで、空気を飲むようなヒュウっという音が聞こえて来ました。


「だれ、だね? きょうの、きゃくは。」


 苦労して口から出したような掠れ声でしたが、その話し方の感じや裏返った高い声は、例のエセ賢者の声と似ている気がします。


 シルヴェイン王子の背中の横からそっと覗き見ると、ギョロリとした飛び出したような目と目が合いました。


「ひひ、待っておったよ、我らが可愛い魔王の雛。中身が入れ替わったと知った時は絶望したものだが、なんの立派に育っておるではないか。」


 突然、滑らかな口調で話し出した老人の頰はこけ、ギョロリと飛び出した目は喜びに輝いていますが、その目の下には黒々とくまが出来ています。


 色んな付着物が付いて赤黒く汚れた口元は、やはり喜色を浮かべているようで吊り上がり気味です。


 正直に言って、異様な顔付きと釣り合わない格好に、身が引けてしまいます。


 両手に鎖が取り付けられて両側に広げられているので、何か身動きが出来る状態ではないのでしょうが、一歩でも離れたくなるような拒否反応が起こりますね。


「ああ、そうよな。仕上げに取り掛からねばならんな。待っておるが良いぞ? 愛し子よ。」


 気の触れた人間の発言そのままに吐き出される、相手の反応など気にしてもいない言葉が異様に響きます。


 無意識にジリっと一歩下がったところで、側にピタリと張り付くように座っていたコルちゃんが小さな声でキュウッと鳴きました。


 それが気になって振り返った先で、廊下の横合いから伸びて来た黒い手にハッとします。


『レイカ様!』


 切羽詰まったような指人形の声が聞こえて、咄嗟に後ろに下がってその手を避けましたが、その手から伸びる黒い細い帯が背中を向けたままのシルヴェイン王子に向かって行きます。


「殿下!」


 叫びながら、その帯の先に還元魔法を掛けて分解を試みますが、距離が近過ぎます。


 コルちゃんが立ち上がって真っ白な毛を逆立てて黒い手の方を睨んでいます。


「レイカ?」


 驚いたように振り返ったシルヴェイン王子には、やはり呪詛の帯は見えていないようですね。


「殿下下がって!」


 言いながら帯を回り込んでシルヴェイン王子を部屋の中に押し込むように室内に踏み込みます。


 驚いたような目をこちらに向ける騎士達の中で、シルヴェイン王子だけが真面目な懸念顔になっています。


「例の魔人か?」


 抑えた声音で問い掛けて来るシルヴェイン王子に答える余裕もなく、コルちゃんに恐らく手伝われている筈なのに魔力を削られる還元魔法を使い続ける内に、今度は背後から老人の裏返ったような歓喜の声が聞こえて来ます。


「ふはは。裏切りに絶望を、役に立たぬ神々に恨みを。求めよ!強き力を!」


 叫び始めた老人の声が途絶えた途端、ゾッとするような寒気が背後から忍び寄るのを感じました。


『レイカ様! そっちは囮です!』


 後ろから袖を引かれながらの指人形の切羽詰まった声に振り返ったところで、視界がブラックアウトしかけます。


「レイカ!」


 シルヴェイン王子の慌てた声と、騎士さん達の叫び声や物音が、真っ暗な視界の中で飛び交って、支え切れない程の圧を身体に感じて膝から力が抜けます。


 そのまま床に座り込んでしまったところで、ふっと身体に掛かっていた圧が消えると共に視界が戻って来ました。


 見渡した先で、こちらを驚いたように見詰める幾つもの目が見えます。


 小首を傾げてみせると、シルヴェイン王子がポツリと呟きました。


「レイ・・・」


 ん? 何故そこで止まる?


 パチパチと目を瞬かせていると、シルヴェイン王子が何か気まずそうに咳払いしました。


「呪詛か?」


 そのまま振り返って後ろから覗き込んでいるランフォードさんに問い掛けていますが、皆さん微妙な顔です。


「・・・恐らく。とにかく、神殿から人を呼びましょう。」


 そんな会話が交わされ始めたところで、ふわりと真っ白な毛が擦り寄って来ます。


「キュウッ。」


 頭を下げて腕に擦り寄せて来るコルちゃんですが、鳴き声が何だか心配そうな心細そうな切なそうな細い声です。


「あの? 呪詛なら私が解呪すれば良いですか?」


 そう言ってみましたが、今自分に何か呪詛が掛かっているようには見えません。


 いつものように黒い靄も呪詛の文言もどこにも見えないのですが。


「・・・いや。聖なる魔法の使い手でも、自らに掛けられた呪詛は解呪出来ない。」


 成る程、そんな仕掛けがあったとは。


「ところでその。お前は、君は、レイカ、か?」


 ??何言ってるんでしょうこの人、と思いましたが、嫌な予感がしますよ?


「逆に、何か違うものに見えるとでも?」


「・・・そうか。いや、隠しても仕方がないな。落ち着いて聞いて欲しい。」


 何やら慎重に前置きをしたシルヴェイン王子ですが、ここまで来たらちゃっちゃと話して欲しいですね。


「我々には、君が、レイナードに戻ったように見える。」


 あれ? 何でここ、振り出しに戻るみたいな話しになってるんでしょうか?


 でも、眺め回してみた自分の身体に変化はないんですけど、これは見た目の認識齟齬的な呪詛に掛かったって事でしょうか?


「あれ? ってことは? まさかの女装してるレイナードに見えてるんですか?」


「・・・まあそうなる。だが、レイカの身体の大きさに合わせた服が、今見えるレイナードにもぴったりだということは、認識齟齬の呪詛。つまりレイカはレイカのままだという訳か。」


 溜息混じりのその発言に頷き返しておきます。


「・・・困りましたね、これは。」


 後ろからランフォードさんが何やら悩ましげな顔で口を挟んで来ました。


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