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午後の講義の時間を前に、クイズナー隊長を迎えに行った事務室で、待ち構えていた様子のシルヴェイン王子に行き合いました。
「レイカ、午後の陛下の政務の切れ目に謁見頂けることになった。これから政務区画に行って待機するつもりだが、しばらく時間がありそうなので、先に例の取り調べ中の呪術師の様子を見に行こうと思うが、構わないか?」
遂に、推定エセ賢者とのご対面ですね。
少し気合が入って拳を握っていると、苦い顔をされました。
「取り調べを覗き見るだけだからな。」
と、釘を刺されてしまいましたね。
まあ、声が聞けたらレイナードを陥れたエセ賢者かどうかは分かるかもしれません。
「はーい!」
大人しく返事をして、移動することになりました。
エセ賢者の勾留と取り調べを行っている第一騎士団の本部までは、コルちゃんを連れてのお散歩のような長閑な道中でした。
最近は何処にでもくっついて来るコルちゃんのことは、空気のような存在として周りも気にしなくなったようです。
が、シルヴェイン王子は気にしてないように見せながらも、今日もコルちゃんに合わせた速度でゆっくり目に歩いてくれているのが、時折振り返る時の視線で分かります。
チラッと見ながらついて来ているのを確認してるみたいなんですよ。
そんな訳でゆっくりお散歩状態も、中々良いものですね。
「殿下!」
第一騎士団の本部が見えて来たところで、シルヴェイン王子を呼び止める声が掛かりました。
前方から駆け寄って来たのは、先日シルヴェイン王子の離宮で紹介された秘書官さんですね。
「ランフォードか。」
答えたシルヴェイン王子はそちらに近付いて行きます。
「午後の取り調べが丁度始まったところだそうです。」
第一騎士団の建屋の方を向きながら微妙な表情のランフォードさんがそんな報告をしています。
「そうか。酷くなる前にチラッと覗いてみるか。」
言ってこちらを振り返ったシルヴェイン王子がやはり微妙な表情です。
「えっと、酷くなる前って・・・、ちょっと怖いんですけど?」
及び腰で答えてみたところ、シルヴェイン王子の眉が下がりました。
「やはり、止めておくか?」
そう気遣わしげに聞いてくれるところは紳士的だと思います、が遂にご対面のエセ賢者ですからこれを避けるつもりはありませんよ?
可愛げがなかろうと頑張る一択ですね。
「いえ、酷くなる前に、行きましょう!」
「そ、そうか。」
若干引き気味なシルヴェイン王子を、秘書官のランフォードさんが密かににやり笑顔で見ていたのは、取り敢えず気付かなかったふりをしておいてあげようと思います。
「それで? 午前の取り調べでも何も吐かずか? ファーバー公とリンドは?」
「呪術師は相変わらずだんまりですが、お二人の自供でほぼ20年前の件は明らかになって来ています。ただ、お二人の動機はともかく、呪術師の背後や思惑がはっきりせずで。」
そんな会話を交わす2人は、思い出したようにチラッとこちらを振り返りました。
「これは、レイカには直接関わりの無いことだったな。目の前で済まない。」
そんな言葉を掛けて気遣ってくれた様子のシルヴェイン王子ですが、そうじゃないでしょう?
「関わりない訳がないじゃないですか。私の入る事になったこの身体、魔王の魔力を集めて耐え切れる特殊仕様に作られたものなんですよね? 偶々、中身が異世界人の私に入れ替わったから、聖なる魔法を使う分だけ純粋に魔王に近付く魔力特化じゃなくなったってだけで。」
ズバッと切り込んでみると、シルヴェイン王子が痛そうな顔になりました。
「誰が何の目的で作り出そうとしたのか。私も知っておかないと、何に利用されるかも分からないし、安心して暮らせませんよ?」
言い切ってみせたところで、ランフォードさんがぷっと吹き出し笑いを漏らしたようです。
シルヴェイン王子と共にザッと向けた視線の先で、ランフォードさんが目尻を拭っていました。
「いや、面白い人ですね、レイカ嬢は。怖いもの知らず?」
「まあ、そんなところはあるな。次から次へと問題を起こすし首を突っ込んで行くからな。目を離せない。」
人を問題児みたいに言ってくれたシルヴェイン王子ですが、そのトラブルの殆どは、向こうからやって来るんですよ?
断じて喜んで招いてるわけじゃ無いですからね!
「人聞きの悪い事言わないで下さい。私だって平和に慎ましく、ストレスフリーでスローライフとか、送りたいですよ?」
「・・・異世界語では、慎ましいと平和の使い方が違うのか?」
大真面目に言い切って下さったシルヴェイン王子には、精一杯の睨みを返してやりました。
「今に見てなさいよ、いつか筋肉ムキムキの腕に鍛え上げて右フックで3メートルくらい宙を飛ばしてやるんだから。」
そしてボソリと小物感満載な呟きを漏らしてみせると、ランフォードさんがぶふっと大分堪えた上で堪え切れずの吹き出しをしていました。
ちょっと汚いですよ?
と、シルヴェイン王子も失笑止めましょう。
「ああそうだな、筋肉ムキムキ、な? ・・・可愛すぎて暴れるレイカを腕の中に抱え込んでしまいたくなるな。」
その上また熱っぽい視線付けるの止めてください。
「魔法で極限まで身体強化掛けること決定ですね。一瞬で沈めてあげますよ?」
「それは無しだ。私もレイカも死ねるからな?」
そんなやり取りの間も、腹を抱えっぱなしのランフォードさん、笑い上戸なんでしょうか?
腹筋死にますよ?
と、深呼吸を繰り返してやはり目元をグイッと拭ったランフォードさんが、にこにことこちらに目を向けて来ました。
「いやいや安心しましたよ。なんだかんだ言いながら、お二人共仲が良いんですね。息ぴったりですよ?」
「はあ?」
由々しき発言に声音も裏返ったところで、ぽすっと頭に手が乗りました。
「そうだろう? 実際悪く無いと思う。レイカは色々と考え過ぎてるようだが。まあ、私にはもう少し待つくらいの余裕はあるからな。気長にいくつもりだ。」
言葉よりも優しい手付きで髪を乱さないようにそっと撫で付けるシルヴェイン王子の手は、何故か思った程不快ではありませんでした。
とはいえ、恥ずかしい上に妙な勘違いをしそうなので、パシッと振り払っておくことにします。
それなのにチラッと見上げた先で、目を細めて口の端を柔らかく持ち上げているシルヴェイン王子には、目のやり場に困ってしまいます。
「えーそこは残念ですが、余り猶予はありませんからね、殿下。がんがん攻めて落として下さい。」
非情な宣告が落とされて来て、プイッと怒ったように目を逸らしておく事にしました。




