152
「というわけで、レイカお姉様のお茶会デビューは、ノイシュレーネ様主催の王弟殿下の離宮でのお茶会に決まったんですって!」
大興奮のロザリーナさんですが、昼時の食堂に響き渡るようなその声はもう少し落としましょうか。
「へぇ。そうなんですか? ノイシュレーネ様ってイオラートお兄様の婚約者さんですよね?」
「そうですの! 以前から、レイナード様をそっと愛でる会の活動もご容認下さって、暖かく見守って下さる寛大な方なんですよ?」
いやいや、何でしょうか?その怪しげな会は。
てゆうかロザリーナさん、婚約者だったくせにそんな怪しげな会に入ってたんでしょうか?
「ええと。じゃ、その会もレイナードさんがいなくなったので解散したんですよね?」
「それが、レイナード様の美貌のまま女性になってしまったレイカお姉様をそのまま応援しようって会に移行したみたいで。」
いや、そこは移行しなくて良かったですよね?
「存続しつつ、レイカお姉様に接触出来る機会を皆様待ってらっしゃるみたいですよ? それでこの度のお茶会に招待された一部の令嬢が大騒ぎしているみたいなんです。」
なんというか、知りたくなかった前情報ですね。
「そ、そーですか。」
乾いた笑いと共にそんな返事を返しつつ、昼食を摘みます。
「ですから、お姉様の味方も沢山いらっしゃるお茶会ですから、安心なさって下さいね!」
なるほど、結論そこでしたか。
「あ、有難うございます?」
少し腑に落ちない気もしつつ、にこにこと昼食を食べている隣で見守ってくれるロザリーナさんに、お礼を言っておきました。
「それで? シルヴェイン王子殿下とはどうなんですか? お茶会でもそこが話題の中心なんじゃないかって話しでもちきりで!」
「ん? シルヴェイン王子殿下と? 何がどう? いや、上司としては良い人なんじゃないですか? これ、話題の広がりはあんまりないと思いますけど? 女騎士は珍しいって話しですか?」
思いっきりはぐらかしておくと、ロザリーナさんに良い笑顔を返されました。
「ノイシュレーネ様のお茶会ですよ? 仲の良い従兄弟のシルヴェイン王子殿下のお相手様の事は以前から案じていらっしゃって、この間の夜会ではこれで一安心とホッとしてらっしゃったと伺いましたわ。」
ここでも外堀が埋められようとしていませんか?
「はは。殿下とは仕事上のお付き合い以上のものはありませんよ? 怖いなぁもう。シルヴェイン王子狙いのお嬢様がたに睨まれたくないですよ?」
「そうなんですよね、王太子殿下にマユリ様がお決まりになってから、シルヴェイン王子殿下が今一番人気で。レイカお姉様も気が気じゃないと思われますけど、ご心配には及びませんわ! 殿下のレイカお姉様を見る目と言ったら、もう熱っぽくて、見ているこちらが暑くなってしまう程ですもの。」
あれ? ロザリーナさんの中で、レイカのお相手はシルヴェイン王子に確定してるような話しになってませんか?
「あー、あのね。ロザリーナさん? 何か誤解があるみたいなんだけどね? 私、シルヴェイン王子とは本当に何でもないし。殿下も私のことは部下プラス政略結婚の相手に名前が上がり掛けてるくらいの扱いだからね?」
シルヴェイン王子の時々向けて来る熱量多めの視線ですが、本音が何処まで入ってるのか分かりませんが、ロザリーナさん達が誤解してそうな恋に落ちましたってお話しじゃないのは間違いありません。
国家として必要な政略結婚、どうせなら疑似恋愛を楽しみつつ仲良くしましょうって、そういう意図だと思うんですよね。
ということなら、こちらも同じ温度で乗ってあげる必要はないと思うんですよ。
恋にドンばまりした挙句、迂闊にも谷底に突き落とされた身としては、慎重になりたいんですよ、今は。
どうしても必要で断れない縁談なら、相手が本当に後悔しないような人か、その人との性格的な合う合わないも見極めたいじゃないですか。
そしてこの縁談、本当に避けられないものなのかも、突き詰めて追求したいと思ってます。
「レイカお姉様。不安なんですのね? 王子殿下のお妃様ですもの、それもそうですわね。お心の準備期間が必要な事は分かりましたわ。何かご相談に乗れそうなことがありましたら遠慮なく仰って下さいませね!」
そう締め括ったロザリーナさんには、取り敢えず逆らわずに話しを終わらせようと思います。
とそんな微妙な区切りが付いたところで、見計らったように近付いて来るケインズさんとオンサーさんの姿が見えました。
「ちょっと良いか?」
話し掛けて来たオンサーさんは、ロザリーナさんをチラッと見ながら気遣わしげな表情です。
やっぱり話しが食堂中筒抜けだったでしょうか?
「あ、はい。大丈夫ですよ。」
そう返しているとロザリーナさんが席を立ちました。
「それじゃあレイカお姉様、わたくしこれで失礼致しますわ。」
仕事の話しだと気遣ってくれたんでしょうか?
去って行くロザリーナさんを見送ってから、隣に座ったオンサーさんとケインズさんが改まった目を向けて来ました。
「その、殿下との話しは更に具体化して来たのか?」
ケインズさんの躊躇いがちな少し落とした声音に、苦笑いで肩を竦めて見せました。
「いえ、そんなことないんですけどね。外堀埋められてる感っていうか、周りがそうなんでしょう?って聞いてくる感じになってきて。殿下が演出家っていうか、上手にそういう空気作ってるから。」
苦め口調で溢してみると、ケインズさんが眉を寄せましたが、口に出しては何も言いませんでした。
「うーん。まあ、上には上の都合が色々あるんだろうな。」
代わりにオンサーさんがそう返してくれましたが、スッキリしない顔を突き合わせる事になりました。
「まあそれは置いとくとして、ハザインバースの件な。ハンターを探して聞き込みしてみた結果、話しが聞けそうな奴を見付けたぞ。」
一転にやりと良い笑顔になったオンサーさんに、こちらも身を乗り出します。
「凄いですね! 魔物専門のハンターは極少数だって聞いてたのに、見付けたんですか? 凄い的中率。」
こちらも興奮気味に返すと、オンサーさんは少し照れ臭そうに笑いました。
「実は、知り合いに今は引退してるけど、元魔物ハンターって奴がいて、そいつからツテを辿ったんだ。」
なるほど、オンサーさん元からアテがあったんですね。
「因みにそいつ、ケインズの叔父さんな。」
「え? 世界狭くないですか?」
ケインズさんに目を向けてみると、苦笑いしてました。
「騎士団とハンターは、時折現場で仕事が被って衝突することがあって。ここでは大っぴらに言い難いんだ。」
少し声を落としたケインズさん、そういう苦労もあるんですね。
「俺の父親は下級貴族の次男で、騎士になった人なんだけど、その弟の三男がハンターになった叔父なんだ。どちらも魔物討伐が仕事で、やっぱり現場では気まずい思いをする事があったらしい。俺は2人よりも魔力が多くて、だったらいっそ第二騎士団に入れって2人共に勧められて。」
ケインズさんにはそんな事情があったんですね。
「へぇ。でも、クイズナー隊長から聞いたんですけど、ハンターで食べて行くのって相当大変だったんじゃないですか?」
「うん、そうだな。叔父もいつまでも続けられる仕事じゃないって割り切ってたみたいで。若いうちに荒稼ぎして、今は引退して居酒屋を営んでる。」
なるほど、そういう生き方もありですよね?
「という訳で、外出許可が取れたら、叔父さんの居酒屋でそのハンターと会ってみるのはどうだろう?」
「是非お願いします。」
そこで、チラッとそのハンターさん、卵だったヒヨコちゃん誘拐犯じゃないかなと思った事は黙っておく事にしました。




